レン・ジェラルド
帝国戦開戦日午前深夜。馬車にて。
幼馴染みの頬に一粒の涙が伝っていた。
長い付き合いの中で一度たりとも目にした事が無かった彼女の涙は哀切この上なく流れ、頬を濡らした。
「……」
無責任な俺は何も出来ず黙ったまま。
何で泣いているんだ……。どうしたらいいんだ。
頭の中で絡まった糸が上手く解けない。
そしてアリスが急に俺の膝に頭を置いた。
「あ、アリス?」
「……」
話し掛けても返事は来ず馬車の中に啜り泣く声が響くだけだった。
暫く沈黙が続き、俺はアリスが喋り出すまで待ち続けた。
静寂の末落ち着いたアリスはゆっくりと緊張を吐き出す様に唇を開いた。
「……私、お母さんに嫌われたわ。レンから離れなさいって」
妙に冷静だった俺はここで気付いた。恐らく俺の所為なんだと。
当たり前だ。貴族であるアリスと俺が一緒にいるだけでもクラークの名は恥をかく。養子や分家、或いは他の貴族の者ならまだしも名もない家から這い上がって来たような俺では共に過ごすこと自体あってはならないのだ。
アリスは俺の膝から上半身を上げて座り直した。
「そうか俺が入隊したから……」
「別に貴方の所為じゃないわ。寧ろ私は母を拒絶したのよ」
その時の出来事を思い出したのか、アリスの顔がより一層の暗くなる。
「大声で叫んで……。本当に怖かったわ。お母さんの顔すら見れなかった」
「それで、アリスは何で泣いてるんだ」
「……え?」
アリスの目の下が赤く腫れているのが見えると俺は胸を撫で下ろし息を吐いた。
「それは、後悔の涙か? それとも恐怖への涙か?」
「……後悔よ」
「お母さんとの決別に対する?」
俺は教えるように再度問い掛けた。
「ええ」
「でもお前さ、行く時にこう言っただろ『覚悟を見せないと』って。それはお母さんと絶縁することじゃなかったのかよ」
「……」
アリスは目を曇らせると逸らしまた俯く。
「これはお前が決めた事だろ。確かにそこに俺は居たかもしれない。でも本当は最初から母とは別れたかったんじゃないのか?」
「ち、違うわよ……」
自信なさげにションボリとした表情で俺の言葉をアリスは否定した。
「お母さんと別れて死んでも悲しまないようにしたかったんだろ」
「……」
話し掛けていた声はいつしか一人事のように次第に変わっていった。
「何で貴方が、寄りにもよって貴方が」
心を見透かされたアリスは地団駄を踏む子供のように潤んだ声でそう言う。
「お前優し過ぎるから、分かりやすいんだよ」
そう言うとアリスは再び涙を流した。
◆ ◆ ◆
同時刻、アルベルトの元書斎にて。
アロディの書机の真っ直ぐ先にある扉から三度ノックが響いた。
「あら、貴方お帰り」
扉が開くとそこにはクラーク家当主アルベルトが気配を消して立っていた。
気配をしているのだけならまだしも今の彼は迷彩魔法でその姿を消している。それを軽々とアロディは見破った。
「ただいまアロ」
魔法を解き姿を現したアルベルトはそう発した。
そしてアロディの瞳を見ると共に見透かしたように言葉を繋げた。
「そのようだとアリスとは別れたんだな」
「仕方が無いわ。あの子がレン君と一緒に居たがるんだもの」
「……そうか。貴族故の悩みだ」
アロディの哀しそうな表情を見てアルベルトは同情するようにため息を吐いた。
「ええ、私がアーチボルド家じゃなければレンとアリスを繋げても良かったわ」
「アリスはレンと共に過ごすといつも楽しそうだったからな」
アルベルトはその光景を思い出すかのように虚空を覗いた。
「そうね。とても……楽しそうだったわ」
「さて、これでアリスを縛る物はなくなったな。代わりに君はアーチボルド家への報告やら何やらで大変になるだろうが……」
「別にいいのよ。こんな私でも何か一個ぐらいは手伝ってあげたかったもの」
アロディは欺瞞に満ちた表情でアルベルトに笑いかける。
だが、その笑顔を見てアルベルトは奇しくも心苦しく思ってしまった。
「すまないな。俺が不甲斐ないせいで。もっとアーチボルド家に圧力を掛けられれば良かったのにな」
「だから〜、貴方が気を負う必要は無いと言っているでしょう? これは私なりのけじめよ。それに……」
そう言うとアロディは暖かな目で冷たく凍える夜空の月を覗いた。
「あの子の将来に幸せがあれば母としてはそれで良いのよ」
◆ ◆ ◆
やっぱり親子共々だな。
俺は感動的な場面を実際に目に映したかのようにそう思った。
時刻は午前零時三十分頃。丁度馬車が奔り出して二十分が過ぎた時間だった。俺は真相を明らかにする為に発動していた魔法を中断した。
これは……伝えない方が良いか。
彼女の覚悟を無下にするのは憚られる。
俺は一息吐いてから視線を下に向けた。
アリスがまたもや俺の膝を枕にしている。枯れるほどの涙を深紺の瞳から流して疲れたのか今のアリスはグッスリと眠っている。
まるで可愛らしい子供のよう。それが第一印象だ。
外は暗く視界が闇に呑まれているのに馬車の中はこんなにも微笑ましい。帝国戦前夜だと言うのに心癒される風景に俺は若干の後ろめたさを感じながらも今の状態を楽しんだ。
「……なんか懐かしいな」
ふと、そう思った。
俺がアリスに連れ出されて数年。アリスの父の書斎で本を読み漁っていた時の事だ。その日もこんな侘しげな夜で、本に没頭していた俺はいつの間にか床で涎を垂らし眠っていたアリスに気付かなかった。
集中が途切れて目を動かすと横たわっているアリスが居て、あまりにも心地良さそうだったので頭を床から俺の膝に移して眠らせたのだった。
確かその日もアリスの母アロディはアリスを見兼ねて無視するような態度を取っていたがホッコリとした笑顔を浮かべていた。相変わらず自分の娘にもツンツンな人だと思った程だ。
「にしても……重たくなったな……」
当時はまだショートが似合う元気で明るいアリスが今では知性と美貌を兼ね備えたロング美少女だ。畏れ多くも感じるがこれも幼馴染みの特権である。
俺はそっとアリスの髪を撫でた。
髪、と言っても変態的な眼差しでは無い!! 猫の頭を撫でるような感覚である。
「……変態魔剣士」
「――――えっ!?」
突如侮辱の声が聞こえた。
どこからだ!! と言う誰何を投げ掛ける必要も無く俺はその声の発信者に視線を向けた。
「あ、アリス起きてたのか!?」
「何よ起きてちゃいけないかしら」
「そんなことはナイデスヨ」
頭のネジが外れたかの如く口調が可笑しくなる。
「それで……『重たくなった』ってどういう事かしら。事情を説明して貰える?」
「い、いやいや。そう言う意味じゃなくて、こう……昔のアリスと比べて堅くなったなっていう意味合いであって……」
「それは私が頑固になったって事?」
思考回路が極端過ぎる。賢くなったとは思うがお茶目は抜け切れていないようだ。とは言えそこも可愛らしい要素の一つでもある。
「違う。と、兎に角だ。軽視的な意味は無いから心配するな」
「ふ〜ん、あっそう。なら許す」
「アザマス」
そう言うとアリスは俺の横から移動し正面に座った。
暫くの静寂が訪れる。俺は意味不明な緊張感に襲われ時間感覚が狂い、数分の時を十分ぐらいに感じた。
「ねぇ、レン」
沈黙を破る突然の呼び掛けに俺は視線を向ける。
「その……さっきはありがとう。励ましぐらいにはなったわ。でもお礼は言わないから。まだクラープも奢って貰ってないんだもの」
「あははは……」
虚空に消える苦笑い。俺は「今ありがとうって言ってるじゃん」と心の中でツッコミを入れて正真正銘笑顔を浮かべた。
はい皆さんおはようございます。
5日?ぶりの伏綸子です。
急にこの平日が忙しくなってしまいまして投稿が遅れた次第です。
いや、本当は暇な時間を割いてでも描きたかったんですよ? でもね、眠りのオバケが寄って集って私をイジメに来るのです。
そのお蔭でグッスリと眠れました!!
いや〜快適な睡眠だった!
因みに昨日寝たのは11時で今日起きたのは8時です。
ええ、9時間の睡眠ですね。
それはさておき
今回の題名がレン・ジェラルドという事で主人公が主人公らしくしております。
アリスにとってのレンは大切や幼馴染みであり憧れ。それをより心情的に描いた24部目です。
とは言えアリス視点は無くほぼレン視点でしたがね。
どちらかと言うとレンとアリスの関係がより一層深くなった1話ですよね。
これはこれで良い感じのハッピーエンドだなと思っています。勿論まだ続きますよ!? エンドでは、ありませんからね?
さて、
次回はいよいよ帝国戦開戦式で戦争が始まりますね。
かなり先延ばしにして来ましたがもう逃れられませんね!! ワタクシ!!
さ〜て、バトル表現をどうするか悩み所ですが今回はここまでとしましょう。これ以上言うとツマラナソウナノデ。
では、
読者の方々最後まで読んで頂きありがとうございました!!
またこれからも私――伏綸子の「魔術侯爵家の幼馴染み」をどうかよろしくお願い致します!!
それではまた次回お会いしましょう。
good bye(* ̄▽ ̄)ノ




