アリス・クラーク
茶褐色の重たいドアの前に立つ。
この部屋は父の書斎だった。だったと言うのも今では母の仕事部屋になったからだ。幼い頃、レンを家から連れ出してはこの書斎で共に時間を過ごした。膨大な量の本。レンはその本を全て読破する勢いで読み続けたのだ。でもその目に疲労や他愛なさは欠片も見えずただ只管に好奇心に満ち満ちていた。レンが本を読んでいる間は彼に放置される事もあったが、それでも屋敷の中で軽蔑の視線を向けられるよりかは幾分マシだった。寧ろレンの読書中の顔をジッと眺めている方が心に安らぎを持てた。
彼の目は無垢ながらに輝いていたのだ。御伽噺を目にしているかのように。その本は全部魔術が記された書物だったのにも関わらずだ。
私は憧れを抱いた。たった一人の空間を自分で創り出していくその彼に。
それからと言うもの私はレンを毎日この部屋に招いた。勿論お父さんは快く許諾してくれた。
だが、母はそうは行かなかった。平民に対する抵抗感や嫌悪感を禁じ得ない母は私とレンを引き剥がそうと画作した。レンだけが唯一無二の幼馴染みで大事な人な私にとってそれは到底容認出来る事態では無かった。
だから私は更に母を拒んで離れた。別に自分を産んでくれた母を嫌った訳じゃない。腐っても母は母だ。その事実に変わりは無い。
そうして私は父の援助の下レンと関係を続けることが出来た。
だが、これからレンと共にこの先の時間を過ごすだろう。それは母やその他の家族と一線を引く行為である。恐らく父は許してくれるかもしれないが姉や長男が許すとは微塵も考えられない。
――だからこそ今、決別を告げないといけない。
乱雑した心の中で私は一筋の光を抱えドアを開いた。
◆ ◆ ◆
同時刻の午後十一時。普通の民家のリビング。
「おい、レン。その……いつ頃戦地に行くんだ?」
そう質問を投げ掛けたのは父マックスだ。寝る準備をしていたのか寝間着姿のままだが、真剣そうに訊く内容と格好が相反して笑みが溢れてくる。
「アリスが戻って来たら直ぐに出発するよ」
哀しそうに「そうか」と父は言う。
隣にいるユリとその正面――父の隣――にいる母も同様の顔を浮かべた。
自分の事を大切に想ってくれるのは大層有難いが決定事項にイチャモンを付ける事は出来ない。第一俺は戦士となった身で、魔剣士部隊グラムウォルフの隊員なのだ。明日の開戦式を遅れる事は許されない。無論逃げ出す事もだ。
「そうか、ならせめて何かしてやらないとなあ」
「……お兄ちゃん、これ……あげる」
父が顎に手を当て思考を巡らしているうちに突如ユリが何かを手渡した。
目を向けると小さな箱を両手で持っている。木製で素朴ながらも丁寧に角を削ってある。可愛らしい鳥と花が精巧に彫られており露店で販売されていても文句は無い程の逸品だ。
「これは……ユリが?」
「ああ、昨日誕生日だったにも関わらず俺の仕事部屋に籠ってそれ作ってたんだぜ」
俺の問いに木箱を作った口数の少ないユリでは無く、淀みなく喋る口の達者な父が返した。我ら兄妹の会話に横から入ってくるなと辛辣にも思ってしまったが、それはさておき。
父が喋ったから思い出したが昨日はユリの誕生日だった。何故忘れていたのだろうか。しかもプレゼントも用意すらしていない。そんな至上の問題を忘れていた自分を問い詰めたくなる。
「……中、見て……」
ユリに促され「分かった」と頷いてから木箱の蓋を開けた。
中には小さなペンダントが綺麗に収められていた。
チェーンは銀色に輝き、ペンダントトップは朱色の小さな鉱石だ。
この鉱石は……。
見覚えのある鉱石に俺はユリへと質問をした。
「これは以前洞窟に行った時にあげたやつか?」
「……うん……」
俺の勘は的中通しアリスの洞窟に遊びに行った時に拾ったものだった。
だが、それだけで無いらしい。
ユリが俺の顔をジッと凝め続ける。
「……お兄ちゃん、まだある……」
「え……?」
他に仕掛けが施されているのか。それともただ単に褒めて欲しいのか。皆目見当もつかない俺は数秒の間、黙り込みありとあらゆる方法で模索した。
その結果。
「ああ、《魔力補強》か!」
「……正解……」
いぇい。脳をフルで回転させた甲斐があった。愛する妹からの激励である。
「……でも遅い……」
「うっ……」
「……アリス様の時は、早かった……」
まだ覚えていたのか。三ヶ月以上前の事だから頭からすっかり抜けていた。
そもそもである。何故俺に対するプレゼントはいつも《魔力補強》されてるんだよ!! 可笑しいだろ!!
「あ、ありがとうユリ」
「……どういたしまして……」
ユリの頭を優しく撫でる。ユリは猫のように目を細め、微かながらも柔和な笑みが浮かべた。
俺の妹はいつ見ても可愛い。ふと、そう思ったのだった。
◆ ◆ ◆
「アリスさん。御足労頂きありがとうございます」
心情を読めない無表情な顔で母は言った。
「いえ、滅相もありません。お母様」
母に気圧され自分も他人行儀に至る。
「それではアリスさん――」
話し始めた母アロディは表情を変えないままだ。
冷徹で私を気にも留めない。そんな顔。
その顔を見る度に自分に嫌気が差してくる。この関係を作ったのは自分で手の打ちようが無い。それを頭で理解出来ているからこそ自己嫌悪に陥ってしまう。
もとに戻さないと。母との関係を終わらせたくない。
そんな本心が自分の心を漂っている。
「レン・ジェラルドとの関係についてですが……」
「……はい……」
言わないで欲しい。聞きたくない。
要領を得ない葛藤が自分を駆け巡る。
「別れて下さい」
「……いや……です」
気付けば私は、か細く掠れた声で拒絶していた。
「何ですって?」
「――嫌だっ言ってるんですッ!!」
「……」
母の目が軽蔑の眼差しへと変貌した。
「では、出て行って下さい。この家にただの平民を受け入れられるほど名は墜ちていません」
「……はい」
母――いや、アロディに促され再び茶褐色のドアを開く。
今度は引いて、私は部屋を後にした。
◆ ◆ ◆
久しぶりの家族団欒が弾んでから約十五分後。
玄関扉からノックの音が響いた。
「あ、俺もう行かないと」
「レン、頑張れよ。死にかけても最後まで踏ん張れ」
「ちょっとアナタまず窮地に陥らないように願うのが普通でしょ!」
父の励ましに横から突っ込みを入れる母。
「それはさておき、レン確かにお父さんの言う通りどんな時でも油断をせず最後まで全力で立ち向かいなさい。ユリを守る気持ちでね」
優しくも真面目な顔。それは何も手伝えない母なりの元気付けだ。
俺は「当たり前だよ」と笑顔で返す。
「……お兄ちゃん、帰ってきてよ……」
「それも当たり前だよ」
憂わしげな顔で哀しそうに言うユリの頭を再び撫でる。
ユリは安心したのか何も言わずに小さく「……うん……」とだけ呟いた。
「それじゃ、俺行ってくる。必ず戻ってくるから!!」
「行ってこい!」
「行ってきなさい」
「……お帰り……」
「うん、まだ早いね」
ユリの突然の冗談に俺は足を止められツッコんでしまった。
不味い不味い。こういうのって普通は家族みんなが涙を流して送ってくれるものだと認識していたのだが?
気を逸らされた俺は再び足を動かす。すると――。
「……あ、お兄ちゃん。待って……」
「ん? どうした」
またもやユリに呼び止められてしまった。
呼び止めた理由を訊ねる。
「……花冠持って行かないの……?」
「ああ〜。どうしようか、アリスからのプレゼントだが毎年。いや、毎日のように貰ってて有り余ってたからな……」
迷いに迷った末、今まで貰った花冠の一つをユリにプレゼントする事にした。流石に誕生日プレゼント無しで出て行く訳にもいかない。
俺はちょっとした小細工をしてからユリにその花冠を渡した。
「それじゃ、気を取り直して。行ってきます!!」
〇 〇 〇
家を出て馬車に戻って来た俺はアリスの曇った表情に違和感を覚えた。
先程とは全く違う暗い表情だ。
とても気になる。何かあったのだろうか。
顔を背ける事も出来ず俺はアリスに訊いてみた。
「……何か、あったのか?」
「別に何でもないわ」
一向に顔を合わせないアリス。俺は益々不安になる。
「何でもない訳ないだろ。だってお前――」
「ちょっと触らないでよ!!」
俺はいつの間にかアリスの肩を掴み無理矢理振り向かせていた。
そして遂に露になった顔を見て、一言。
「泣いてるじゃないか」
その言葉を発した途端アリスは緊張が解けるように泣き崩れた。
嗚咽を洩らしながら泣くアリス。
恥ずかしくも何も出来ない俺はただ話し続けるだけだった。
一日遅れの投稿です。
本当は昨日投稿する予定だったのですが、月曜日の方が始まりが良いかなと思い予約転載で投稿致しました!
さて、本文ですが
前回の方が後書き通りアリスの家族事情を入れてみました。こう、貴族と平民の壁ってやっぱり作ってしまうものなのでしょうね。
動物の群れで言うリーダー格とその他って感じでしょうか? ここの場合、貴族は強い子孫を残し続け権力を未来永劫掴み続ける貪欲な設定なのですが……。
想像以上にアリスの父のアルベルトが邪魔をしてきますね笑
あいつはただの親バカ的なキャラに成り果てていて貴族らしさが微塵も感じられません。どうしてやりましょうか。
それはさておき、
次回ですが引き続きアリスの家族事情にプラスしてレンをカッコよく見せて行ければ良いなと思っております。
また、帝国戦開戦ですが二部ぐらい後になると思います。期待していた方々すみませんm(_ _)m
では最後に!
読者の方々最後まで読んで頂きありがとうございました!!
これからも引き続き「魔術侯爵家の幼馴染み」を読んで頂けると嬉しいです。
ではまた、次回お会いしましょう!




