帝国戦開戦前夜
帝国戦開戦日はいよいよ明日。目と鼻の先に迄迫っている。
三日前に長蛇の列を成して続々と向かったセンテルズ軍、同盟国のエルフェイム軍とゼルメガン軍。そして、ミスティルテイン隊とオルダー隊。戦争準備は滞りなく進められ開戦地とされる西の盆地には両対戦国の天幕等が運び込まれているらしい。無論、今は全軍が既に開戦地にて待機中だ。
戦争関係者からしたら全てが変貌する一日となるだろう。
だがこの街は何一つ変わらない。変わる素振りすら見えない。商店や露店が開かれている南部メインロードはいつも通りの賑わいを見せ、お得意さんのクラープ屋は当然の様に繁盛していた。
傍観者となる者には他人事の様に思えるのも訳ないだろう。それは数年前の戦争時の俺も違わないからだ。恐らくここに居る人たちもそんな気持ちなのだ。
だが、それでも時は進む。後悔はそこから産まれるのかもしれない。
だからこそ俺らは開戦地には向かわずに故郷にもどっているのだろう。
「なぁ、アリス。本当に着いて来て良かったのか?」
金髪ロングの美少女が振り向きその美しいぐらいに輝く髪がフワリと宙を舞う。
「別にいいのよ、私もお母さんに挨拶ぐらい言わないと失礼だから。それに……覚悟を見せないと」
「……そっか」
俺は正反対の椅子に腰掛けるアリスから眼を逸らし再び窓の外を凝めた。
そのまま視線を合わせずに俺はまたアリスに話し掛けた。
「明日、大丈夫だと思うか?」
「……いいえ、怖気付いて逃げてるかもしれないわ」
同様にアリスも顔を向ける素振りも見せずに口を開いた。
「どうせ貴方も同じなんでしょ」
そう言ってアリスは人の悪い笑みを浮かべる。
俺は何も言わず瞼を閉じて俯いた。
無言の肯定。
「――ただ、何が怖いのか分からない」
そして俺は茶色い天井の向こうに広がる蒼空を仰ぐように顔を上げた。
「死ぬのが怖いのか、手を汚すのが怖いのか」
アリスの身体がピクンと反応し、訝しげに俺を凝める。
恐らく先程の問い掛けは誤魔化す為の挑発だったに違いない。
「何だよ」
勘違いを真面目に受け止められその上、長々と見られては気恥しい。
「別に、貴方にしては随分と弱気かなって」
「……」
アリスは両肩を上下させ「分からないわ」とジェスチャーで示した。
「そっか」
俺はそう言って失笑する。
柄にもなく不安を吐き出した俺らはここで会話が止まった。
〇 〇 〇
太陽はとっくに沈み、不安と恐怖を生み出す闇の中。
俺は一睡もせずに村を今か今かと待ち侘びている。
それはどうやらアリスも同じで頬杖をついて瞬時に横へ流れていく真っ黒なままの窓の向こう遠望していた。
最後の会話から約六時間。馬車は延々と続く舗装済みの路上を駆け抜けていた。この道は舗装されてから真新しい。それもその筈この道は一ヶ月前に工事が終わったばかりの道路だ。小型の魔結石が組み込まれた街灯が等間隔で設置され夜の道を幽かながらも照らしている。
「あ、見えた!!」
「え、もう着くのか!?」
アリスが急に目を見開くかと思えば窓を開けて闇の向こうに輝く一点の光を指差した。
「ええ、お父さんのだもの。速いでしょ?」
領主であり、貴族でもあるアリスの父アルベルトは仕事が多い故に移動時間が長い。その無駄な時間を可能な限り削減する為に創られたのがこの馬車だ。車体の軽量化に地面との摩擦を無くすため車体を浮かし、馬車を曳く馬は、帝国兵から奪った技術を用いり作られた魔結石付きの首輪が巻かれている。
これも王国では随一の最新技術でそう簡単に貸し出せる代物ではないのだが……。流石はアリスである。
「は、速い」
「降りるわよ。直ぐに用事を済ませて即帰らないと行けないんだから」
「お、おう」
俺はアリスに促されるまま既に止まった馬車から降りた。
「二ヶ月ぶりとはいえ懐かしいな」
最後に家に帰ったのはグラムウォルフ入隊が決定し、それを親に直接伝えに来た時以来だった。季節が変わり木も畑も枯れていたり、道路が整備されているが元の村のままだ。
俺は忍び込むように実家へと歩み寄る。アリスも「馬鹿ね」と罵りながらも行動を真似てくれた。
家の前に着いて、ドアをノックするも上手く手を動かせない。腕を見やると震えていた。息を止めれば心臓が早鐘を打つのが聞こえてくる。やはり何かに脅えている。だが、それは現段階では知る由もなかった。
せっかく帰ってきたのだから伝えないと。
その気持ちだけを胸に決め力強くドアを叩いた。
「こんな夜中に誰かしら」
「さあ、な。俺が出てくる」
マックスとマリーの会話がドア越しに聞こえてくると、ドアノブがガチャっと回りゆっくりと開く。たった一瞬、それも何でも時間が長く引き伸ばされたかのように感じた。
「誰で……」
父が俺の姿を見てハッと息を飲みそのまま硬直した。
「――レン!!」
すると母が家から飛び出して俺を強く抱き締めた。
う……。胸が当たる。自然と頬が弛んだ。
おっと不味いこれではマザコン認定されてしまう。
アリスからの注がれる軽蔑の眼差し。
ち、違う!! これは不可抗力だ!!
「アリス様も……。レン、明日行くのよね」
母がアリスを見やると一礼してから再び視線をレンの目に戻した。
「レン、こうなる事は分かってたけど決して無理はしないでね」
「そうだぞ、レン。よそはよそ、うちはうち。嫌になったらいつでもどんな時でも帰って来い」
父が俺の頭を撫でる。十四歳になって父に撫でられるのは気恥しかったが自然と嫌悪感は消え寧ろ心地よく感じた。
そして母が肩を掴み俺の前へと立つ。
「まだ言ってなかったわね。レン、お帰りなさい」
母が涙目になって作った笑顔でそういった。
◾︎ ◾︎ ◾︎
目の前でレンが家族と居るのを観るのは初めてだったかも知れない。
以前にもレンの両親と会ったことはあるがレンと抱き合って泣きそうな顔をしているのは、いや。そもそも人が泣いているのを見た事自体が人生初の体験だった。
多分だけど、これ以降無いと思う。これが一般的な平民の家族。両親が貴族である私にとっては縁遠く空想上の物で、物語のワンシーンだ。
「じゃあ私行くわね」
「ああ。ありがとうアリス」
「そんなのはクラープにして返しなさい」
私が冗談を言うとレンが笑う。優しい顔だ。その笑顔もレンにしか出来ない。レンと私は奇跡の幼馴染みであるからこそ、こうした関係を持てたのだろう。
「また後でね」
私はそう言って一人で道の先を、屋敷への帰路に着いた。
五分程歩いた先に見覚えのある年季ありげな屋敷があった。
「ここも久しぶりだわ」
古びた屋敷のゲート前に立つと自動的にゲートが開く。見慣れた光景だが新鮮に思えた。
そのまま屋敷のゲートを越える。庭に植えてあったミモザ、リナリア、マーガレット等の好きな花は季節の波に負けて生気を失っていた。
「やっぱり枯れちゃってるか……」
寒波が徐々に姿を露呈しているのだから当たり前だ。そう割り切っているがそれでも僅かながらに淋しさを禁じ得ない。
「さぁて、さっさとお母様に会いに行かなきゃ」
私はそう呟き歩みを速めた。茶褐色の玄関ドアが私を待ち構える。ドアノブに手を掛けようとした途端、ドアが勝手に開いた。
「お帰りなさいませお嬢様」
ドア越しに待っていたセトディンが恭しく一礼すると言葉を付け加えた。
「奥様が部屋にてお待ちしております」
「……ねえ。セトディン」
「はい」
一向に視線を向けてくれないセトディンにアリスを疑心を抱いた。
「お母様は何て言ってたの……?」
母とは産まれてから殆ど関わりが無い。故に母をよく知らない私はセトディンに掠れた声で恐る恐るそう訊いた。
「自らお確かめ下さい。お嬢様」
そう彼は私を引き剥がすかのように告げた。
もう誰も頼れない。
広い屋敷の中で孤独感に苛まれながら私は長い廊下を渡りその突き当たりにある母の仕事部屋のドアをゆっくりと開いた。
文量少なめの3000文字です。
文字少ない方が読みやすいんじゃない?と友人に告げられ減らしました笑。
確かにそうですよね。皆さん暇な時間を割いて読んで頂いているのだったら1部1部の文字数を減らして部数を増やした方が読み易さは良いですよね。
という訳で!!
今回は3000文字程で書いてみました。
読んで頂いた皆さん。これどうですか?
私的には8000文字で今まで書いてきたので若干少ないとは感じておりますが……。
まあ、これに関しては読者の皆さん優先ですからね。
これからは3000文字前後で書いて、投稿ペースを早めようと思います。
てか、全く本文に触れてないじゃん。
はい笑
今回の帝国戦開戦前夜ですが、二人の家族について語っています。
レンの温かく固い家族の絆。
がメインですが、最後の方で頭を出したアリスの家族事情。あちらの方が私としては凝っていきたい所ですね。
何せアリスは他の貴族と違って平民との関わりを許される程、家族の中で見放されていますからね。
つまり、貴族の令嬢として重要視されていないという事になります。
やばいやばい。
レンとは正反対な家族事情を次回は絡ませていこうと考えております。
帝国戦開戦が長引いてしまいますが、どうか御付き合い頂けますよう精一杯努力しようと思います。
では、皆さん最後まで読んで頂き有難う御座いました!!




