60話 さようなら
その後も穏やかに過ごし、昼前にアネスト卿と屋敷に戻った。
待ち構えていた老医師になかば拉致されるように、アネスト卿は部屋へと連れて行かれた。
俺たちが出立するまで部屋で休養をとるそうだ。
俺も荷造りをするために、客間へと戻っていった。
そしてがっつりと昼食をとり、執事さんから領地のお土産をたくさんもらい、荷造りが終了した。
とうとう出立のときが来たのだ。
屋敷の入り口に、使用人たちと押し車にのったアネスト卿が見送りをするために並んでいる。
俺はアネスト卿に駆けより、手をとって頬ずりをした。
「クライン、またいつでもおいで。」
「…はい!」
アネスト卿の穏やかな声に涙がにじみそうになるが、笑顔でわかれたくて必死でこらえた。
俺はふと思い出す。
「じいちゃんの名前、聞いてなかった。なんて言うんですか?」
アネスト卿はきょとんとし、頬をかきながら目をそらした。
やけに赤い耳が目に入る。
え、なに? 照れてるの?
「えっとな、…クライル。」
「へ?」
「クライル・アネストだよ。…似ているね。」
「…似てますね。」
そこでお互い照れ笑いをしあった。
俺の「クライン」て名前はシスターが決めたものだ。
たまたま似通った名前になったのだろうが、なんだか俺は嬉しかった。
「そうだ、クライル様!」
俺はおどけた声で口に手をそえ、内緒話のポーズをとった。
「ふふっ、なにかな?」
アネスト卿もそれに応じて俺に顔をよせる。
頬に軽くキスをした。
アネスト卿は頬をおさえて驚いて俺を見た。
「えへっ、今の幼女姿だからこそできるってとこですね!」
俺はしてやったりと笑ってみせる。
アネスト卿も好々爺の顔で笑った。
「こりゃ、最後に一本とられたな!」
そこで二人して声をあげて笑いあい、しっかりと抱き合い、別れをつげた。
途中で宿をとりながら一行は王都を目指した。
俺は領地に咲いていた花をたくさん摘み、花束をつくっていた。
そして、事故のあったヤブのところで花束をささげ、おやっさんと一緒に弔いの祈りをした。
俺はその場で大きく深呼吸をした。
ここから崖下に落ちた赤ん坊が、俺でも俺じゃなくても、元気に生きていることを願いながら。
一日半をかけて王都の傭兵団本部まで無事に帰りついた。
またもや俺は荷車の中で寝てしまい、起きたときには皆が解散して荷車の荷物を降ろしているときだった。
「お~い、この厳重にくるまれたやたら重い荷物は誰のだ?」
布で何重にも巻かれた、大の男が両腕でかかえても手が届かないようなでかい荷物があった。
「あ!それ、わたしのです!」
俺は慌てて荷物に駆けよる。
「お前、これ何だよ?」
「乙女の荷物を訊いちゃだめですよ?」
俺はかわいらしくはぐらかす。
乙女の荷物の中身は、おみやげの巨乳本30冊だ。
前領主さんよ、よくもここまで集めたものだ。
「俺が運んでやるよ。お前は自分の荷物を部屋に運んで、もう寝ていいぞ。」
おやっさんが巨乳本のやまを抱え上げる。
もちろんおやっさんも中身は知らない。
「えへへ、ありがとうございま~す!」
巨乳本への期待からはしゃいでぶりっこしまくる俺を、おやっさんはうさんくさげに見て黙ったまま荷物を持っていってしまった。
ちょっと調子に乗りすぎたかな。
「あ、クラン坊、お前がいない間に手紙が届いてたぞ!」
浮かれていた気持ちに、冷水を浴びせられたような衝撃があった。
俺に手紙をだすような相手はサルバンしかいない。
駆け寄って手紙を受け取る。
差出人は…やはりサルバンだった。
俺は震える手をごまかしながら荷物をかつぎ、慌てて部屋に入った。
部屋のすみにはすでに本の山が置いてあり、おやっさんの姿はもうなかった。
机の上のランプをともし、椅子に座るのも忘れて封を開いた。
静かな部屋に、唾を飲みこむ音がやけにひびくような錯覚を覚える。
とうとう元に戻れるのか…!
『
親愛なるクラインへ
王都のジルド服飾店に、伝説の「小さな淑女」シリーズの新作ドレスが入荷されたと噂にききまし た。僕はあのシリーズのドレスを愛でることで、幼女になる研究を成功させることができました。
お願いです。あとで代金は払うので「小さな淑女」の新作ドレスを買って、僕に送ってください。
君が新作ドレスを着て、僕に見せてくれるのもいいですね。
そうしたら、元に戻るための研究が成功するような気がします。
君の保護者になりたいサルバンより
』
~~しばらくお待ちください~~
「ただいま、ベティちゃん!」
ベッドの上で貞淑に俺を待ち続けていたベティちゃんに声をかける。
ベティちゃんはそのつぶらな瞳で俺を見つめた。
「会いたかったぜぇ!!」
俺はベッドにダイブすると、ベティちゃんを抱きしめて頬ずりをした。
あぁ、この柔らかい感触、たまらない…。
いままで離れていたぶんを取り戻すように、しばらくスリスリしまくった。
俺は一度ベティちゃんから体をはなすと、ベッドを降りて服などをくるんでいた布からあるものを取り出した。
それは、羊の毛でできたふかふかした手触りのリボンだった。
ベッドに戻ると、リボンをベティちゃんの耳に飾ってやる。
「うんうん、やっぱりよく似合っているな!」
俺はベティちゃんを満足げに眺めると、一度机に戻りランプを消した。
ランプの周りには、衝動にまかせて燃やしたカスが散らばっていた。
火事になる可能性もあったのでバレたら退寮処分をくらってしまう。
明日こそっと掃除しておこう。
ベッドに戻り、ベティちゃんを抱き寄せて一緒に眠った。
最近は抱き寄せられることばかりだったので、自分が抱くのは久しぶりだなぁ…と思いながら。
そうして、俺の日常は戻ってきたのだった。




