61話 秘密の花園
「…いいのですか?」
キースのためらう声が俺の耳をくすぐる。
俺もキースを見上げて小声で囁き返した。
「キース…何度も言ったでしょ…。わたしも覚悟はできてるの。傭兵団のなかで、…キースが一番上手そうだから頼んだの…。何があっても、キースにはなんの責任もないから…」
あたりは静まりかえっており、二人のひそめた囁き声だけがそっとお互いの耳に届く。
キースは俺の小さな体になかば覆いかぶさるようにして、俺の服の襟元を握っている。
その手は、少し汗ばんでいた。
「…しかし、こんな小さな体のあなたに、無体なまねは…」
「いいから…、早く!」
キースのほうに顔を突き出すと、キースの前髪が俺の顔をなでた。
俺たちは、至近距離で見つめあった。
キースの戸惑った瞳に、こわばった幼女の顔がうつっている。
俺の服をつかむキースの意外とたくましい腕に触れ、あえぐように懇願した。
「…こういうことは、じらされたほうがよけい…怖いです…。…思い切り…して、ください…」
「…わかりました…」
キースは何かをこらえるように固く目を閉じ、息を大きく吐いた。
その吐息が俺の耳にかかり、おもわず身震いをしてしまう。
そしてキースは決心をしたように目を開けて俺を見つめると、えりもとにかけた手に、ぐっと力をこめた。
そして…
キースは俺の襟元をつかんだままその場ですばやく反転し、俺の小さな体を背中に担いだ。
そして、そのままの勢いで俺を前に投げ飛ばした。
「ふぅおりゃぁぁああ!!」
俺は気合を入れて叫びながら、受身をとり着地した。
「さすがクラン! 完璧な受身だ!」
立ち上がって服についた泥をはらう俺に、エアリアスの賞賛の声と拍手があびせられる。
今日もエアリアスは貴族の男物の服を着ていた。
ここは傭兵団の裏庭で、俺はエアリアスに体術の指導を受け、それをキース相手に実践しているところだった。
「なんで私が幼女のあなたを相手に、こんなことをしなくてはいけないのですか…」
俺がすり傷ひとつことを確認して安心したキースが、不満げにこぼす。
「だから何度も言ったでしょ? エアリアスさんには私がちゃんとできてるか、見てもらわないといけないんだから。そうなると別に組み手をする相手がいるし、傭兵団のなかでちゃんと体術の教育を受けたのはキースさんしかいないんだもの。」
「そもそも、幼女であるあなたが体術を獲得する必要なんてないでしょう?」
「いや、いつ何事が起きてもいいように、鍛えておくことは必要だと私は思う。とくにか弱い女性は狙われやすいものだ。男に頼るだけではなく、自分で自分の身を守ろうというクランの考えを、私は好ましく思うよ。」
エアリアスは腕を組みながら、キースの横に並び言った。
「それはわかりますし、私も勉強になるのですが…。やはり見た目上、良心が痛みますね…」
キースはため息をつきながら、そばに戻った俺の首元に手を伸ばし、乱れた襟元をなおしてくれた。
エアリアスは女だてらに男どもに混じって訓練をしている。
俺もキースもなまじ力のある男のため、力に頼ったやりかたが多い。
そこで幼女の体でも使えるような、力に頼らない体捌きの技術をエアリアスに教えてもらっていた。
「今日はここまでにしようか。これ以上はクランの体によくないだろうからね。まだ夕暮れまで時間はある、一緒にお茶をしにいこうか。」
エアリアスはニコニコしながら俺とキースに声をかける。
「では、私はここで失礼いたしましょう。エアリアス殿、有意義な時間をありがとうございました。またよろしければ、ご指導いただきたく思います。」
そう言ってキースは、胸に手をあて頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、お付き合いいただきありがとうございました。一度、キース殿にお手合わせをお願いしたいものです。では、失礼いたします。」
エアリアスも同じく胸に手をあてて頭を下げ返す。
…なんだろう、この俺の場違いな感じ。
一応ここって傭兵団のなんの飾りもない裏庭なのに、まるで王宮の花が咲き乱れる園庭のような雰囲気だ。
もちろん見たことないからただの想像だけどな。
建物に入っていくキースを見送り、エアリアスは俺に手を差し出した。
またエスコートしてくれるつもりなのだろう。
「あの…一緒にお茶に行きたいんですけど、もうへとへとで…。」
情けない話だが、エアリアスもキースも全く息を乱さないなか、俺だけはもう歩くので精一杯だった。
「それはすまなかった! つい楽しくて君に無理をさせてしまったようだ。申し訳ない。」
「いや、私も楽しかったので…。だから、頭を下げないでくださいって!」
もう何度か顔をあわせているのに、エアリアスはあいかわらずだった。
「では、姫君をお部屋までお連れしよう。」
そう言ってエアリアスは俺を、いわゆるお姫様抱っこをして部屋の前まで運んでくれた。
「ありがとうございました。…あの…ここまでで…」
お姫様抱っこの状態で、ためらいがちに声をかける。
「わかっているよ、秘密の花園に踏み込む気はない。」
エアリアスはゆっくりと俺を床におろしてくれた。
秘密の花園か…。
なんか響きがえろいな…。
ちなみに俺の秘密の花園だが、先日もらってきた巨乳本がむき出しのままベッドの横にたくさん積んである。
うん、…秘密の花園だな。
「しかし。女の子の部屋なのに、鍵をつけなくていいのかい?」
エアリアスが部屋の扉を眺めながら眉をひそめた。
「う~ん。ここで鍵をつけると、何か隠してるって皆からよってたかって鍵を壊されて、部屋を荒らされるのが習慣だから…。それにもともとこれクラインの部屋だから…」
「なに!? ここはクラインの部屋なのかい!? ぜ、ぜひ中を見せてくれないか!!」
「うわぁあぁああああ! 見ちゃだめぇぇえええ!」
俺は興奮して暴走しだしたエアリアスをなんとか阻止し、今度の練習の約束をしてわかれた。
傭兵団の入り口まで見送ろうとしたが、もう休みなさいと優しくさとされたので、言葉に甘えて廊下で見送り、部屋のベッドにそのままダイブした。
そして夕飯も食べずに眠ってしまった。




