25話 貴族の魔導士
その日俺は依頼もなく、昼寝後に傭兵団の広間を掃除していた。
「クラン、緊急依頼だ。」
おやっさんが俺の前に立ち依頼書を振って見せた。
広間に小さなどよめきが起こる。
緊急依頼とは、その名の通り通常の依頼と違い緊急を要する依頼のことだ。
たとえば商店や民家に強盗が入ったとか、王都外に野盗が現われたとか、大体衛兵からの手助けの要請が多い。
つまり自然と命をはった依頼が多いということだ。
「緊急依頼を私にですか?」
「あぁ、ロイス卿のお宅だ。」
「あぁ、あの馬鹿貴族の…」というあきれ声が広間のあちこちで上がる。
「あぁ…。」
それで緊急依頼を俺に振られた理由を納得する。
馬鹿貴族と呼んでいるがロイス家自体は由緒正しい上流貴族で、間違っても俺たちが「バカ貴族」と呼んでいい家ではない。
だがあそこの次男坊に問題があった。
名前をユーベルト・ロイス、上流貴族でありながら魔導士、それも野良魔導士になったかなりの変わ者だ。
実家の金で、あろうことか貴族街に研究用の建物を作ってしまった。
その研究内容は「美しいバラをつくること」である。
植物や作物の品種改良などは国家魔導士も行っており、ユーベルトの研究内容からすれば国家魔導士になってもおかしくないのだそうだが「私のこれは芸術を極めるためであり、これを仕事にするつもりはない」とのことだそうだ。
俺たちからすれば作物のような食えるモノでなく、ただ観賞するためだけの花が研究対象ってところでお貴族様だなと思うし、国家魔導士になれば給料も出るのに道楽で済ませるところがアホ息子や馬鹿ボンボンと呼ばれる理由だった。
そして馬鹿貴族と呼ばれる理由がもう一つ、ユーベルトの馬鹿は研究で失敗をちょくちょくしては研究用の建物や裏庭を植物だらけにしてしまう。
その失敗の後始末である草むしりを緊急依頼として傭兵団に頼んでくるのだ。
こうなると魔導士の「他者に迷惑をかけない」というお約束に反したことになり、国家魔導士にしょっぴかれてもおかしくない。
だが奴が失敗して大量発生させる植物は、たまに綺麗なバラが大量発生することがありそのときはご近所の貴族にわけたり、なかには成功して城に献上したバラも何種類かあるためその功績により『愛すべき馬鹿』として周りの人々から生暖かい目で見守られていた。
「つまり草むしりに行けばいいんすね。」
「あぁ、さっき鳥便で来た。よろしく頼むぞ。」
俺はいったん自室に戻ると、土で汚れてもいいようなズボンとワンピースを選ぶ。
どちらもレースとかついてなくてシンプルなのに、ふんわりとした形が女の子らしい奥さん特性の服だ。
外で作業をするための帽子をつかむと広間に戻る。
「グレン、髪をまとめてくれ。帽子をかぶるのに邪魔になんねぇやつな。」
「あいよ。それならお下げ団子だな。」
グレンとは前に俺に『二つの尻尾』をした奴だ。
グレンの前に俺が座ると、慣れた手つきで手早く俺の髪を二つに分けそれぞれ編みこみ、それを丸めて飾り紐で結ぶ。
自分でするよりもグレンにしてもらったほうが確実なので最近は頼んでいる。
「んじゃ行ってくら!」
「おう、当たりがあるといいな!」
俺は傭兵団の連中に見送られ、本部をあとにした。
簡単な乗り合いのロバ車に乗り貴族街に到着する。
「お邪魔しマース。」
案内する者もいないロイス家の研究邸に勝手に入る。
研究の邪魔だとかいって、食事の時間など以外は使用人はおらず奴ひとりで過ごしている。
「ん?ユーベルトの奴いねえな…。裏庭のほうか?」
俺は建物を出て裏庭に出る。
「おぉぉ、こりゃまた見事だな。おい。」
裏庭は俺の背丈をゆうに越した大輪の赤いバラがわさわさと覆いつくしていた。
振り返ればじゃっかん建物の外側にもまとわりついている。
その建物の横に、ぼ~と突っ立っている男を見つける。
伸ばし放題のダークシルバーの髪、常に眠そうなダークブルーの眼、ローブをまとった少し猫背の長身痩躯の姿は間違いなくユーベルトだ。
貴族らしいどことなく品のある顔なんだが、そのぼ~とした印象が全てを台無しにして冴えない貴族のボンボンといった風体にしていた。
「え~と、ご依頼いただきました傭兵団のクランです。」
どこを見ているのかわからない、もしくは立ったまま寝ているんじゃないかといった感じのユーベルトに声をかける。
奴は少し間をおいて俺のほうをゆっくりと向いた。
「…君が…?」
やっぱコイツ半分寝てるんじゃねえの?ってくらい生気のない声が返ってくる。
「こう見えても傭兵団からの派遣ですのでご安心を!」
俺はクラインのときは絶対することのなかった営業スマイルを見せる。
やっぱり女は子どもだろうと愛嬌がなくっちゃな!
…ん?……俺、この身体に慣れすぎてねぇか…?。
無意識にとった営業スマイルに気付いたとたん、背中を寒いものがはしり身震いをしてしまった。
い、いや、今は仕事に集中だ!
「素晴らしいバラ庭園ですが、私は何をいたせばよろしいでしょうか?」
「…この裏庭を占領している、…バラもどきを、退治してほしんだ…。」
「はい、かしこまりました!」
…ん?バラもどき?退治…?
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