1階:ボーンアーチャー
骸骨が振り向いた。
ケイルは、それが何を目撃したのかを確認する間も惜しんだ。
全力で駆けた。
脇扉から外へ飛び出し、薄暗い灰色の光の中へと滑り込む。そしてその瞬間、彼は最初の過ちを犯した。
直線に走ってしまったのだ。
ドスッ。
左肩のてっぺんを、白い熱が引き裂いた。
凄まじい衝撃に身体が回転する。瓦礫の山の背後へと転がり込み、地面を滑りながら、彼は片手で傷口を強く押さえた。奥歯を噛み締めすぎて、顎の骨が軋む。
「あ……くそ、この……ッ!」
続く罵声を強引に飲み込んだ。
【警告:ダメージを検出しました】
【残機:17 / 18】
矢は彼の肩の肉を荒々しく削り取り、背後の壁に当たって跳ね返っていた。数インチ低ければ、そのまま撃ち抜かれていただろう。
自分の手を見つめる。赤かった。
(十七――)
(あと少しで、十六になるところだった)
(俺が馬鹿みたいに真っ直ぐ走ったせいで)
心臓が激しく鐘を鳴らし、その鼓動が耳の奥で直に響く。
この状況を整えるために、一時間も費やしたのだ。石を投げ、秒数を数え、塔の周りを這い回った一時間。それなのに、パニックに陥ったせいで、わずか二拍子の間にすべてを台無しにしかけた。
(もう二度と御免だ)
(もう一つだって失うわけにはいかない。特に、あんな奴相手には)
息を吸い、吐き出す。
それから、今日一日ずっと続けてきた行動をとった。
耳を澄ます。
「弓兵」は今、出入り口に立っていた。灰色の背景に、背の高い黒い影が浮かび上がっている。塔から足を踏み出すたび、骨が石に触れる硬い音がカチリと鳴った。骸骨の頭が、ゆっくりと左へ、それから右へと振られる。
捜索しているのだ。
瓦礫の影に隠れた彼を見失ったらしい。
(動かなければ、あいつには見えない)
背中を石壁に押し付け、目測で距離を数えた。
扉から瓦礫まで。八歩。いや、七歩か。
(射撃の間隔は七秒)
(俺たちの距離は七歩)
思わず笑いが込み上げそうになった。
(タイミングさえ合わせれば、タダで一発殴れるような距離じゃないか)
そのとき、システムが提示したヒントを思い出した。
【ヒント:ボーンアーチャーは、対象が3歩以内に接近すると短剣を抜く】
笑みが消え失せる。
(そうだ。それがあった……)
市場の露店で計算でもするように、彼は一つずつ、じっくりと思考を組み立てていった。
遠くにとどまれば、撃たれる。
近づけば、刺される。
もし、奴が矢を放った直後に接近すればどうなる? 奴の手には弓があり、つがえられた矢はないはずだ。弓を放り出し、短剣に手を伸ばす。
その一秒こそが、確実に計算に組み込める隙だ。
それこそが、彼に与えられた唯一の一秒だった。
視線を落とし、スキルウィンドウを確認する。
【瞬歩:使用可能】
【効果持続時間:1.2秒】
「一点二秒……」
彼は低く呟いた。
(距離を詰めるためには使うな。それは走れば済む)
(あの刃を避けるために使うんだ)
(その後で、奴が反応する前に叩き込む)
口の中がカラカラに乾いていく。
(丁半博打だ)
(だが、手持ちのコインはこれしかない)
彼は右手を動かし、錆びた鉄棒をきつく握り直した。
* * *
放たれる瞬間を待つ。
それは、まさに予想通りのタイミングで訪れた。
弓兵は瓦礫に向けて弓を持ち上げ、一瞬だけ躊躇した後、ケイルの左側にある何もない壁の隙間に向けて矢を放った。
ドスッ。
(一)
ケイルはすでに地を蹴っていた。
(二)
石の陰から飛び出し、全力で疾走する。右手には鉄棒。左腕はだらりと垂れ下がり、焼け付くように痛む。
残り、七歩。
(三)
弓兵の頭骨が、鋭く彼の方を向いた。
気づかれた。当然だ。犬に追われる子供のように、なりふり構わず走っているのだから。
奴が矢筒へ手を伸ばす。
(四――ッ!)
残り四歩。あと四歩。
弓兵の手が、途中でぴたりと止まった。
矢を掴むのをやめたのだ。
指先から弓がこぼれ落ち、石の床に激しい音を立てて転がる。
代わりに、奴の袖口から白く長いものが滑り出てきた。
短剣だ。刃は黄ばんだ骨でできており、針のように細く、その倍は鋭そうだ。
【警告:近接戦闘に突入しました】
残り、三歩。
弓兵が一歩踏み出し、鋭い突きを放つ。
ケイルの心臓が跳ね上がった。
「――瞬歩!」
【瞬歩が発動しました】
* * *
世界の動きが止まった。
完全に止まったわけではない。引き延ばされたのだ。まるで、すべてが蜂蜜の中に沈められたかのように、じっとりと遅くなる。
脇腹を目指して突き出される短剣が、白い光の線となって虚空を這う。
ケイルにはそれが見えていた。
はっきりと、その軌道が見える。
弓兵の手首が返る瞬間。腕に走る微小な震え。刃のすぐ横にある、自身の肩幅ほどの、がら空きの空間。
(動け)
彼の足が横へと滑る。
短剣が脇腹をかすめて通り過ぎた。あまりの近さに、シャツの生地が裂け、腕の産毛が逆立つのが分かった。
すぐそこに、弓兵の顔があった。
手を伸ばせば触れられる距離。
骨に刻まれた細かなひび割れさえ、数え切れそうなほど近い。
弓兵の空ろな眼窩が、スローモーションの中でゆっくりと彼へと向けられる。
(今だ――)
鉄棒を振り抜いた。
錆びた鉄の塊が、水平に、速度と全体重のすべてを乗せて空間を裂く。
それは、骸骨の側頭部を正確に捉えた。
――バキッ!
凄まじい音が響き渡った。
頭骨が真横へと弾け飛ぶ。骨の破片が、白い紙吹雪のように宙を舞った。
ケイルは止まらない。
軸足を鋭く旋回させ、腰を捻り、弓兵の肋骨に向けて真後ろからブーツを叩き込んだ。
バキバキと不気味な音が響く。
弓兵の身体が宙を飛んだ。
骨の砕ける音を立てて塔の壁に激突し、あり得ない方向に手足を折り曲げたまま、地面へと崩れ落ちる。
【瞬歩が終了しました】
世界の流れが、一瞬で元の速度へと引き戻された。
ケイルはよろめき、辛うじて踏みとどまった。胸を激しく上下させ、鉄棒をぶら下げたままその場に立ち尽くす。耳の奥で、風のような轟音が鳴り響いていた。
弓兵が再び立ち上がることはなかった。
* * *
【魔物を討伐しました:ボーンアーチャー】
一瞬の間、誰も動かなかった。
やがて、ケイルの口から咳のような乾いた笑いが漏れた。
「やったぞ……」彼は喘ぐように言った。「本当に、やり遂げたんだ」
鉄棒に目を落とす。先端の近くの錆が剥がれ落ちていた。凹んだ部分には、小さな骨の破片がこびりついている。
「よし。今の動きは悪くなかった」
(最高に、最高に格好良かったじゃないか)
新たなウィンドウが開いた。
【武技を習得しました】
【武技熟練度:5%】
ケイルは瞬きをした。
「武技?」
(今の戦いのことか。あのステップ、スイング、そしてキック――)
(なるほど、こうやって戦い方を学んでいくわけか)
胸の奥に、少し間抜けで、誇らしげな温かいものが込み上げてくる。
だが、その温もりは三秒ほどしか持たなかった。
今度は、彼の肩が負傷を思い出したのだ。
冷水を浴びせられたかのように激痛が戻ってくる。左腕が急激に重くなった。視界が目まぐるしく揺れ、彼は壁に背を預けて激しくへたり込んだ。
【警告:失血を確認しました】
【推奨:試練ポイントを消費し、緊急治療ポーションを購入してください】
【Yes / No】
「おいおい……」ケイルは弱々しく呟いた。「これは不味いな」
下を見る。
袖は血を吸って黒く重く変化していた。細い血の筋が腕を伝って手首を通り、石の床へと絶え間なく滴り落ちている。以前、ハスクに付けられた古い傷まで再び開き始めていた。
(かなりの量が出てるな……)
(本気でどうにかしないと死ぬぞ)
「Yesだ」彼は言った。「Yes。当然Yesに決まってるだろ」
【試練ポイント×1を消費しました】
彼の右手に、親指ほどの小さなガラスの小瓶が現れた。中には、かすかに緑色に輝く液体が満ちている。
【アイテム:緊急治療ポーション】
(これ、どうやって使うんだ?)
(飲むのか?)
システムは、親切にも何も教えてくれなかった。
直感が「飲むな」と告げていた。
どちらにせよ、彼の両手はすでに動いていた。
小瓶の首を指先で挟み、手の付け根に叩きつけて強引に砕く。
温かい緑色の光が、彼の指先から溢れ出した。
それが、皮膚へと染み込んでいく。
ケイルは息を呑んだ。
血管の中に熱湯を注ぎ込まれたかのような感覚だった。熱は腕を駆け上がり、肩へと流れ込む。引き裂かれた肉が、一針ずつ縫い合わされていくのが生々しく伝わってきた。前腕の古い傷が塞がる。矢が穿った傷の縁が、引き締まるように閉じていく。
眩暈が消えた。
痛みも引いていく。
彼は震える息を、長く吐き出した。
【体力回復:67%】
「六十七パーセントか」彼はぼやいた。「全快じゃない。まあいい、十分だ」
(それでも、この場所に来てから一番マシな気分だ)
* * *
さらに別のウィンドウが滑り出てきた。今度のものは、一段と輝きが強い。
【ドロップアイテムを検知しました:2】
ケイルは顔を上げた。
弓兵の砕けた肋骨から、二つの小さな光が浮かび上がっていた。一つは、青白い銀色。もう一つは、淡く澄んだ金色。
それらは彼の元へと漂い、目の高さで静止した。
【スキルを検知しました:アーチャー】
【階級:I+】
【アーチャーを獲得しますか?】
【Yes / No】
「Yes」
【スキルを獲得しました:アーチャー】
暗闇の遥か後方で、ガラスの重なるような音が響いた。
【スキルを検知しました:鷹の目】
【階級:I+】
【効果:「アーチャー」装備時、視界の範囲を広げる】
【鷹の目を獲得しますか?】
【Yes / No】
「Yes」
【スキルを獲得しました:鷹の目】
再び、ガラスの音が響く。
(二つのフラスコ。二つの新しいスキルか)
(まるでお祭りの子供みたいに、色んなものを集めてるな)
にやりと笑みを浮かべ、それから次のウィンドウに目をやった。
【使用するための熟練度が不足しています】
【必要な経験値:5】
【現在の経験値:1】
笑みが引きつった。
「おい、待て。なんだこれ?」
もう一度読み直す。
「五ポイント必要なのに、一ポイントしか無いってことか?」
(つまり、まだ使えないのかよ)
(もっと魔物を倒すまでは)
無事な方の手で、彼は顔をがしがしと擦った。
「まあ、そうだよな。条件がないわけがない」
(簡単に手に入ったら、面白くないもんな)
壁に頭を預け、彼は紫色の空を見上げた。
アドレナリンが急速に抜けていくのを感じる。足はスープのように力が入らず、口の中は鉄の味がした。ゆっくりと、だが大きく響く自分の心音だけが聞こえる。
(今、別の魔物が来たら確実に終わりだな)
(これ以上は戦えない。こんな状態じゃ無理だ)
スキルのクールダウンを確認する。
【瞬歩:クールダウン 12秒】
(残機は十七。肩は動くようになった。満たされたフラスコが一つと、新しいのが二つ)
(上出来だ)
(これ以上、無理をするのはやめよう)
彼はゆっくりと立ち上がり、鉄棒を拾い上げると、聖遺物保管庫への長い帰路につき始めた。
* * *
中へ足を踏み入れると、壁がかすかに脈打つように鳴った。
暗闇の中でフラスコが光を放っている。今や三つが満たされ、無数の空のボトルの間で、寂しげな小さな星のように吊り下がっていた。
ケイルは冷たい床の上に身体を横たえ、大の字になった。
まるで、世界で最高のベッドに横たわっているかのような心地だった。
「よし」彼は天井に向けて話しかけた。「一眠りするぞ」
目を閉じる。
「一時間だ。俺を食べようとする奴が来たら起こしてくれ」
システムは何も答えなかった。
(最高だな)
(本当に役に立つシステムだよ)
彼は小さく笑みを浮かべた。
そして、眠りに落ちた。




