5階:執着
著者より:今後の章について
読者の皆様へ
今後の章には、過激な暴力描写、流血表現、極端な「ヤンデレ」的行動、そして殺人へと発展するような執着心が含まれます。
これらの章では、執着の暗い側面――愛が独占欲へと変貌し、執着が危険なものへと変わり、相手をそばに置いておきたいという願望が恐ろしい暴力行為を引き起こしてしまう様子――を描いていきます。
人によっては、不快感や嫌悪感を抱くような描写が含まれる可能性があります。
閲覧には十分ご注意ください。ご自身の心身を大切になさってください。もし内容が合わないと感じられた場合は、無理をせず、該当する章を読み飛ばしていただいて構いません。
いつも読んでくださり、この物語に付き合ってくださってありがとうございます。皆様の応援に感謝いたします。今後の展開も楽しんでいただければ幸いです。
――ルーク(著者)
その安全な隠れ家は、古いポンプ室だった。
それは崩落した配管のジャンクションの奥にあり、錆びついた金属の複雑な絡み合いによって完全に隠されていた。キラは何度もそこを通ったことがある者の慣れた動作で、細い隙間をすんなりと潜り抜けていき、カイルもパイプの下を潜り、ボイラーの脇をすり抜けながら彼女の後に続いた。
その障害物を越えた先で、視界が一気に開けた。
思ったよりも広い空間だった。天井が低く、乾燥した石床で構成された円形の部屋。四隅ではいくつかのランタンが静かに火を灯しており、ここの空気は驚くほどに澄んでいた。
部屋の中央では、二人の男が木箱の上に腰掛けていた。
そのうちの一人が、ふと顔を上げた。
「へぇ。戻ったか」
男は痩せており、頬骨が鋭く尖っていて、髪は短く乱雑だった。その口元には軽薄で素早い笑みが浮かんでいたが、その両眸は常に何かを計算しているかのように、せわしなく動き回っていた。
もう一人の男は、大柄だった。がっしりとした広い肩幅。だがその顔立ちは穏やかで、どこか落ち着いた雰囲気を醸し出しており、微動だにせずじっと座り込む姿が印象的だった。
「おまけに、連れを連れてきたな」と、大柄な男が言った。
「この子はカイル」キラが二人に紹介した。「戻る途中で見つけたの。危うく酸の池に真っ逆さまに落ちるところだったんだよ」
「よぉ」と、カイルは少し気まずそうに手を挙げた。
「カイル」キラが男たちを指し示した。「こっちがフェグラで、こっちがオベサ。私が第一階層から第四階層までをクリアするのを手伝ってくれた人たちだよ」
(第一階層から第四階層まで……)
カイルは軽く頭を下げた。
「はじめまして」
彼は一歩、前へと踏み出した。
「俺の名前はカイル・レンフォール。十八歳です。ここに来たばかりで……まだ、色々と状況を把握しようとしてる最中なんですが」
「フェグラだ」痩せた男が言った。「二十二歳」
「オベサ」大柄な男が続けた。「二十歳だ」
二人はしばらくの間、カイルを観察するようにじっと見つめていた。
すると突然、フェグラの視線が上へと滑り、カイルの頭上の空間へと向けられた。
その瞬間、男の口元の笑みが、さらに下卑たものへと大きく広がった。
「おいおい……」彼は声を漏らした。「こいつは傑作だ。奴らの一味じゃねぇか。こりゃあ面白くなりそうだぜ」
「フェグラ」オベサが窘めるように、穏やかな声を出した。
「いや、見ろよ」フェグラは楽しそうに身を乗り出した。「今気づいたんだがよ、青のアイコンだぜ。本物の青のマーカーだ」
カイルは不機嫌そうに眉をひそめた。
(なんでこいつはそんな言い方をしてやがるんだ?)
彼は二人の男の頭上へと視線を向けた。
彼らの頭上には、それぞれ一本の細くて禍々しい赤いマークが、妖しく発光していた。
カイルの心臓が、ドクンと嫌な音を立てて冷たくなった。
(おい……)(そりゃあマズいぞ)
彼の目の前に、パッとウィンドウが開いた。
【 赤のアイコンを冠する個体は、神による罰を執行されている者です 】
(やっぱりな)(俺は覚えてる。あの場所で神様が言っていたはずだ)
あの真っ白な空間で聞いた、穏やかで優しい声が脳裏に蘇る。
『中には青いアイコンを持つ者がいる。彼らは貴方と同じように、私の慈悲によってそこにいる。そして、中には赤いアイコンを持つ者がいる。彼らは罰を与えられるためにそこに落とされ、そして最後の一度のチャンスを与えられているのだ』
(赤は、罪人への罰)(青は、試練を与えられた者)(そして、赤いアイコンの持ち主であっても、本人が望めばこのダンジョンを登ることができる……)
ウィンドウがパチリと点滅した。
【 左様です 】
カイルは驚いて瞬きをした。
(また答えやがった)(よし、システム。お前とは後でじっくり話し合う必要があるな)(だが、今はその時じゃない)
彼はキラの方へと向き直った。
「なぁ、キラ」彼は声を落とした。「ちょっと二人だけで話せるか?」
「ええ、いいよ」
彼女はカイルの後に続き、部屋の隅にある木箱の山の陰へと移動した。
「お前、あんな奴らと一緒にいて何をするつもりだ?」カイルは囁き声で問いかけた。
「あんな奴らって?」
「赤のマーカーだよ。あいつらは赤だ。神様から罰を受けてる罪人なんだぞ」
「知ってるよ」
「分かってて、なんで一緒にいるんだ?」
キラは特に悪びれる風でもなく、ひょいと肩をすくめた。
「私を助けてくれたから」
「助けてくれた?」
「ううん、どちらかと言えば……私が使い潰した(・・・・)、って感じかな?」彼女は甘ったるい、無邪気な笑みを浮かべた。「似たようなものでしょ?」
カイルは言葉を失い、彼女を凝視した。
「使い潰した、だと?」
「うん」
「どうやってだよ?」
「私なりのやり方があるんだよ」
彼女の声には、どこか軽薄で、それでいてひどく心地よい響きがあった。しかしその響きが、かえってカイルの首筋の毛をゾクリと逆立たせた。
「あぁ……」カイルはゆっくりと言葉を絞り出した。「そのやり方については、これ以上深く聞かない方が良さそうだな」
「正解」
彼女はカイルのコートの袖をポンポンと親しげに叩いた。
「ほら、戻ろ? みんなで座って話そうよ」
* * *
四人は木箱の上に腰掛け、緩やかな円陣を組んだ。ランタンの炎が、彼らの長い影を床の上へと不気味に引き延ばしていた。
キラは膝の上に両肘を乗せ、少し身を乗り出した。
「それで」彼女は口を開いた。「私が助ける前、君は何をしていたの?」
「手がかりを探してたんだ」カイルは答えた。「どの入り口を選ぶべきかっていうな」
「どうして?」
「間違った扉に入って、死の罠に引っかかりたくねぇからな」
キラは驚いたように両目を見開いた。
「マジで?」彼女は言った。「君、その違いが見分けられるの?」
カイルは首の後ろを少し引っ掻いた。
「多分……な。確証はねぇ。だが、三つ目の入り口を調べて、それから二つ目を調べた。そして最初の一つ――他の二つを調べる前に一度通り過ぎたあの扉に向かおうとしたところで、あの酸の池に落ちかけたんだ」
「扉に隠されたヒントを見つけ出せる、か」フェグラが再び口元をニィと歪めた。「そりゃあ面白い能力だな」
「まぁ、少しはな」
「よし」オベサが自分の膝をポンと優しく叩いた。「なら、まずは君が向かおうとしていたあの最初の扉のところまで移動する、ということでいいな?」
「あぁ。そうしてもらえると助かる。もう一度あの目で確認して、観察したいんだ。そうすれば、どれが正解のルートなのかを完全に割り出せる」
カイルは手を軽く挙げた。
「三つの入り口はそれぞれ全く異なる性質を持ってる。だから、どれが正しいのかを見極めるのは一筋縄じゃいかねぇはずだ」
「私も手伝うよ」キラが言った。「実を言うとね、私もこの階層のボスとは戦いたくないんだ」
カイルはニカッと笑った。
「名案だな」
* * *
四人は古いポンプ室を後にした。
キラが先頭を進み、フェグラがその一歩後ろを歩く。オベサとカイルが最後尾を固め、カイルのブーツが床に転がる細かな砂利をジャリジャリと踏みしめていた。
そして――二つ目のジャンクションに差し掛かったその瞬間、モンスターどもが姿を現した。
三体の『配管の這い寄り(パイプストーカー)』が、ぬめり気のある無数の足を激しく蠢かせながら、天井から滝のように降ってきた。
最初に動いたのは、キラだった。
彼女は逃げなかった。左足、右足と、わずか二歩だけ滑らかにステップを踏んだ瞬間、その手が閃光のように一閃した。握られていたのは一振りの短いナイフ。キラはストーカーの一本の足を正確に切り裂くと、そのまま流れるように反転し、まるで何千回も同じ動作を繰り返してきたかのように、一息でその喉元を掻き切った。
もう一体が跳躍して襲いかかる。彼女はその巨体の下を滑るように潜り抜け、相手の外殻プレートの隙間へと的確に刃を突き立てた。
無駄がなく、効率的で、そして美しい身のこなしだった。
カイルはそれを取り残されたように眺め、呆然と口を開けていた。
(速すぎる……)
(なんて奴だ。とんでもねぇ強さだぞ)
その時、三体目のストーカーがカイルを目がけて突進してきた。
彼は白い光のフラッシュとともに、空間のポータルから短剣を引き抜いた。手首から一気に鉄鎖が解き放たれ、鋭い刃が風を切って鳴り響く。
頭で考えるよりも先に、身体が動いていた。
短剣は綺麗な放物線を描いて大気を切り裂き、ストーカーの脇腹へと深く突き刺さった。カイルがクッと鎖を引くと、刃は完璧なカーブを描いて彼の手元へと戻ってくる。彼はそれを手首で一回転させ、間髪入れずに再び前方へと放り投げた。
ストーカーは、わずか二秒で沈んだ。
彼は少し荒くなった息を整えながら、短剣を下ろした。
ふと顔を上げると、全員が言葉を失ったように自分を凝視していることに気がついた。
「……何だよ?」彼は言った。
「お前……」フェグラが声を漏らした。
「それは……鎖、か?」オベサがゆっくりと言葉を紡いだ。
「鎖のついた、短剣……」キラが両目を大きく見開いて呟いた。
「あぁ」カイルは少し気まずそうに視線を泳がせた。「これは、その。ちょっとそこらへんで見つけたやつだ」
「鞭みたいに投げつけて、手元に戻してやがんのか?」
「まぁ、そんな感じだな」
その時、天井から四体目のストーカーがポタリと落下してきた。
カイルは即座に左手を掲げた。
何もない空間に、骨のように白い弓が出現する。
彼が弦を引き絞ると、眩い光の矢が番えられ、そのまま一気に放たれた。
矢が命中した瞬間、そこから凄まじい暴風の衝撃波が爆発した。
ストーカーは猛烈な勢いで真後ろへと吹き飛ばされ、ドゴォンと音を立てて壁に激突し、そのまま動かなくなった。
その後に訪れた静寂は、あまりにも長かった。
「……お前、弓まで持ってたのかよ」フェグラが掠れた声で言った。
「スキルだよ」
「あの風は一体何なんだ?」
「風の射手」カイルは少し決まり悪そうに肩をすくめた。「さっき、勝手に進化したんだよ」
キラが、不意に鈴を転がすような明るい笑い声を上げた。
「君、本当に面白いね、カイル」
カイルは何と言っていいか分からず、少し頬を赤く染めながら視線を逸らし、再び歩き始めた。
――彼は、自分の背後で二人の男が交わした『不穏な視線』に、全く気がついていなかった。
* * *
二人の男は、数歩ほど後ろに遅れていた。
前方では、カイルとキラが並んで静かに言葉を交わしており、キラが壁の何かを指し示している。フェグラとオベサは最後尾を歩きながら、互いの頭を近づけて密談を交わしていた。
「おい、見たかよ?」フェグラが囁いた。
「あぁ、見た」
「あの弓、あの風、そしてあの鎖だ」フェグラの目がギラギラと欲望に飢えた光を放つ。「あんなの、第五階層にいるようなガキの強さじゃねぇぞ。ありゃあ、小綺麗な面をしたただの化け物だ」
「あぁ、強いな」オベサも同意した。
「強すぎる。あいつが持ってるスキルは、どれ一つとっても手に入れりゃ一攫千金の代物ばかりだぜ」
オベサがフェグラの顔を覗き込んだ。
「お前、俺と同じことを考えてるな?」
「第十階層だ」フェグラの口元が鋭く歪んだ。「あそこは守護者の階層だ。誰もが知る危険地帯だろ。あんな場所でそこのガキの身に『不慮の事故』が起きたところで、誰も怪しみやしねぇよ」
「罠、か」
「簡単なやつさ。後ろからちょっと、背中を押してやるだけでいい。あいつが戦いで疲弊して、弱り切る瞬間を待つんだ」
「そして、あいつが死ねば……」
「持ち物は全部、俺たちのものだ」
二人は声を潜め、下卑た醜い笑いを交わした。
「だが、キラには話を通しておくべきだぞ」オベサが言った。「あいつを連れてきたのはキラだ。もしあいつが首を縦に振らなかったら……」
「そんなわけねぇだろ」
「いや、分からんぞ」
「じゃあ教えてやるさ。一緒に乗るならそれでいい。もし拒むってんなら……」フェグラはひょいと肩をすくめた。「あいつ一人で、俺たち二人を止められるわけがねぇんだからな」
二人は密談を終えると、前を歩く二人に追いつくために歩調を早めた。
彼らが近づくと、キラが上品で好奇心に満ちた笑みを浮かべて振り返った。
「どうしたの?」
「ちょっと、面白い提案があってよ」フェグラが声を落として切り出した。
彼は自分たちの計画を、そのまま彼女へと伝えた。
キラは静かに耳を傾けていた。
彼女は一切口を挟まなかった。
フェグラがすべての説明を終えても、彼女の表情には何一つの変化も起きなかった。彼女はただ、ゆっくりと、どこか妖艶な笑みを深く刻みながら、首を少し傾げただけだった。
「それ、すごく良いアイデアだね」彼女は言った。
フェグラの口元が、さらに大きく釣り上がった。「だろ? お前なら分かってくれると思ってたぜ」
「第十階層に到達したら」キラは甘ったるい声で続けた。「みんなで一緒に(・・・・・・・)、それを実行しようね」
彼女はそのまま反転し、前へと歩き出した。
二人の男は、その瞬間の彼女の笑顔が、全く『目の(・)奥』まで届いていなかったという事実に、誰一人として気がついていなかった。
* * *
入り口へと続く地下通路の光景は、カイルの記憶にあるものと寸分違わなかった。
広く、静まり返った空間。その両壁の奥深くに、三つの扉が配置されている。
彼は最初の一つ目の扉の前で足を止めた。
「俺が最初に向かおうとしていたのは、ここだ」
彼は頭の中にマップを開いた。
目の前に浮かび上がる、踏破した経路、分岐点、そして小さなドット。彼はそれらをじっと睨みつけ、思考を巡らせた。
(よし。考えろ)(勘で選ぶな。思い出せ)
彼はそっと両目を閉じた。
三つ目の扉。綺麗で、完全に乾燥した敷居。かすかな脈動音。外へと優しく吹き抜ける風。そしてひび割れに群生していた淡い苔。
二つ目の扉。焦げ跡。無数の激しい爪跡。錆びついた鉄鎖。まるで排水口のように、内部へと不気味に吸い込まれていく風。
そして――最初の一つ目の扉。
彼は目を開け、目の前の扉を真っ直ぐに見つめた。
古い黒鉄で作られたその表面は、無数の斑点と筋でボロボロに汚れていた。扉の下からは不気味な緑色の液体が絶えず染み出し、床に濁った水溜まりを作っている。ドアフレームの周囲の金属は強酸によって完全に浸食され、黒くボロボロに形を崩していた。
彼は身をかがめ、その水溜まりにそっと指先で触れてみた。
それはじんわりと温かく、ネバネバとしており、鼻をつくような腐敗臭を放っていた。
彼は立ち上がった。
「よし」彼は言った。「完全に分かったぞ」
「本当に?」キラが尋ねた。
「説明させてくれ」
カイルは人差し指を一本立てた。
「まず、この一つ目の扉だ。床は酸の海で、フレームは完全に腐食してる。おまけに何かが腐ったような強烈な臭いが漂ってる。これは、何かが中から外へと溢れ出て(・・・・)きた時に起きる現象だ。つまり、この階層のモンスターどもや汚水は、全部この扉の奥から流れてきてるってことだ」
彼は二本目の指を立てた。
「次に二つ目の扉。全体に激しい焦げ跡と、フレーム中に爪跡が刻まれてる。何かが必死に中へ入ろうとしたか、あるいは外へ出ようとした痕跡だ。おまけに風は排水口みたいに中へと吸い込まれてる。あの奥にある何かは、あらゆるものを飲み込む性質を持ってる。つまり、あそこは死の罠か、完全な行き止まりだ」
彼は三本目の指を立てた。
「そして、三つ目の扉だ。床は完全に乾いていて、酸の形跡すら無い。そこには清涼な香りと、かすかな脈動音が響いてる。風は外に向かって優しく吹き抜けていて、それは新鮮な空気がある場所からしか起きない現象だ。おまけに、ひび割れには苔が群生していた。おそらく、あれは回復効果のある苔だ。こんな猛毒と酸で満ちた地獄みたいな場所で、なんでそこだけに植物が育つ?」
彼は立てていた手をゆっくりと下ろした。
「答えは一つだ。あの奥にある何かが、その命を育み、守り続けてるからだ」
三人は、言葉を失って彼を見つめていた。
「安全地帯」オベサがゆっくりと言葉を絞り出した。「中に入れば、きっとそんな感覚がする場所なんだな」
「その通りだ」
「だから、モンスターどもはあの場所を避けていたんだね……」キラが静かに呟いた。
「あそこへ続く足跡や scratch(引っ掻き傷)は、一本も無かったからな」カイルは言った。「俺がちゃんと確認した。他のどの通路にも化け物どもの足跡が無数に残ってたのに、あの三つ目の扉の前にだけは、何一つ無かった。モンスターの習性として、安全地帯の近くには絶対に寄り付かないはずだ」
フェグラが、ハァと深く長い息を吐き出した。
「そりゃあ……大した知恵だな。感服したぜ」
カイルは少し照れくさそうに首の後ろをさすった。「そうだといいんだけどな。いや、間違いないはずだ」
「それで、どれが正解なんだ?」
「三つ目の扉だ」
* * *
四人は並んで、長く続く地下通路を歩いて戻っていった。
ついに三つ目の扉の前へと辿り着いた時、カイルが一歩、前へと踏み出
カイルはその先へと足を踏み入れた。
彼の背後で、鉄の扉が静かにパタンと閉じる。
残された三人は、外の通路でじっと待ち続けた。
一分が経過した。
二分。
五分。
やがて、再び扉が静かに開いた。
中からカイルが顔を出し、満足そうに口元を緩めた。
「安全だ」彼は言った。「みんな、入ってくれ。こっちが正解の入り口だ」
「本当に?」キラが念を押すように尋ねた。
「間違いない。この奥にセーフゾーン(安全地帯)があるんだ」
彼女の顔が一気に明るくなった。
「わぁ……。すごいね、カイル」
「ありがとよ」
「よし。私たちもすぐに行くね」
「あぁ、待ってるぜ」
カイルはそう言い残し、再び扉の奥へと戻っていった。
* * *
その安全地帯は、小さな円形のホールのようになっていた。
天井からは、まるで木漏れ日のような、淡くて温かい緑色の光が優しく降り注いでいた。壁一面には柔らかな苔が群生している。中央には低い石のベンチが置かれ、その傍らには清らかな水が満ちた洗面台が設置されていた。
カイルはそのベンチへと腰を下ろした。
腰を下ろした瞬間、じんわりとした心地よい温かさが彼の全身へと広がっていった。
【 安全地帯に進入しました 】
【 自動回復が開始されます 】
彼の手のひらにあった細かな擦り傷が、見る見るうちに塞がっていく。脇腹の打撲痕も綺麗に薄れて消え去った。奈落の壁から落下した際に痛めた、膝の奥の鈍い痛みすらも、まるで布の皺を伸ばすかのように滑らかに消失していった。
彼はハァと深く長い息を吐き出し、ベンチの背もたれに頭を預けて天井を見上げた。
(最高だな……)
(マジで生き返る気分だぜ)
彼はゆっくりと両目を閉じた。
石床をコツコツと叩く、静かな足音が部屋に響いた。
キラが一人でホールへと歩いて入ってきた。
彼女の背後には、誰もいなかった。
カイルは薄目を開けた。
「よぉ。フェグラとオベサはどうしたんだ?」
「あぁ、あの二人?」キラは特に気にする風でもなく、手をひらひらと軽く振った。「確か、フェグラが別のルートを探索しにいくって言って、どこかへ行っちゃったよ」
「マジで?」
「うん」
「あいつら、そのまま俺たちを置いて行っちまったのかよ?」
「何が原因で急にそんなこと決めたのかは分からないけどね」彼女はカイルのすぐ隣、必要以上に距離を詰めてベンチへと腰掛け、無邪気に微笑んだ。「でも、私はどうでもいいかな。私はカイルと一緒にいられれば、それで十分だから」
カイルは彼女の横顔をじっと見つめた。
彼は頭の中で、少し前の彼らの様子を思い返した。
フェグラの下卑た笑み。急に物静かになったオベサの態度。 tender して、自分の数歩後ろで不気味に囁き合っていたあの笑い声。
彼はゆっくりと首を振った。
「まぁ、いいか」
(俺の知ったことじゃないな)
(どうせあいつらは、赤のマーカーの罪人なんだからな)
「それで」彼は仕切り直すように言った。「次のステップはどうする? このまま第六階層へ向かうか、それともここで少し休んでいくか?」
「私は、ここで少しだけ休憩していくのが良いと思うな」キラが言った。「身体を休めよう?」
「そうだな」
彼は自分の衣服の端を指で摘み上げた。
「だけど、流石に新しい服が欲しいな。この黒いコートは最高だけど、その下はもうボロ布同然だからな」
「あ、そっか」キラの両目が一瞬にして輝いた。「確か、ここからそう遠くない場所にアイテムショップ(道具屋)があったはずだよ。ついでに、いくつかの回復ポーションも買い溜めできるかもしれないね」
「ショップがあるのか?」
「小さな小さなお店だけどね」
カイルはニカッと笑った。
「よし、案内してくれ」
* * *
三つ目の扉の外、暗い地下通路は完全な静寂に包まれていた。
床一面には、禍々しい血の海が広がっていた。
わずかな量ではない。大量の新鮮な血液が、広範囲にわたってドロリと大きな水溜まりを作り、壁や天井へと激しく飛び散り、鉄のドアフレームの隙間から今もなおポタポタと絶え間なく滴り落ちていた。
その通路の中央に、二つの肉塊が転がっていた。
それは、綺麗に真っ二つに両断されていた。
一方は痩せており、一方は大柄だった。彼らの顔は、人生の最期に浮かべたであろう表情のまま完全に凍りついていた。両目は驚愕に見開かれ、口はポッカリと開いたままで、まるで今から何か悪巧みのセリフでも吐き出そうとしていたかのようだった。
二人は、つい先ほどまで直立していたまさにその場所に、無残に転がっていた。
やがて、その死体がゆっくりと輪郭を崩し始めた。
まずは外側から、工程中央へと。肉体は淡い霧へと変わり、その霧もまた、何もない虚空へと綺麗に溶けて消えていった。
――ただ、床に残された大量の血痕だけが、そこに確かに存在していた。
* * *
その血の海から遠く離れた、下水道の狭い路地の奥深く。一軒の小さな商店が、温かみのある黄色の光を周囲へと漏らしていた。
カイルはそのショーウィンドウを覗き込み、一着のグリーンの上着を指さしていた。
「あれ、どう思う? 俺のサイズに合うかな?」
「きっと、カイルにすごく似合うと思うよ」と、キラが言った。
彼女はカイルのすぐ傍らに寄り添うように立っていた。
触れ合うほどの、至近距離。
彼女のコートの袖が、カイルの腕にそっと擦れ合う。その口元に浮かぶ笑みはどこまでも穏やかで、まるで小さな子供のように無垢で、純粋そのものだった。
彼女の衣服には、返り血の滴一つすら, どこにも付着していなかった。
彼女は、ウィンドウの衣服を見て楽しそうに笑うカイルの姿を、じっと見つめていた。
そして、その脳裏の奥底で、極めて静かに、こう思考していた。
(私、あの子に恋をしちゃったみたい)
(だから――私の可愛いダーリンを傷つけようとする奴は、誰であれ、絶対に許さない)




