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神託少女は今日もテキトーを言う  作者: 絹田屋


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第十七話 今日はお客様がいらっしゃるわ


 あの日のことは、宮廷中の語り草になった。


 冬の嵐の日だった。朝から空が暗く、昼過ぎには横殴りの雨が城を叩いていた。雷鳴が遠くで転がっていた。家臣たちは窓を閉め切り、廊下の燭台に火を入れ、嵐が過ぎるのを待っていた。


 見黒様は午後までいつも通り本を読んでおられた。


 変化が起きたのは、雷鳴が近づき始めた頃だった。

 見黒様が、ふと顔を上げられた。窓の外を見た。しばらく黙っておられた。

 それから、立ち上がられた。


「エル。傘を二本、用意してくれるかしら」

「……傘、ですか。二本」

「ええ。わたしたちの分と、もう一本」


 わたくしは困惑しながらも傘を二本お持ちした。嵐の日に外に出られるおつもりなのか。しかも二本。

 見黒様は傘を受け取ると、今度は部屋の棚に向かわれた。奥の方から、螺鈿を敷き詰めた箱を取り出された。


 あの箱は、見黒様が宮廷に来られてしばらく経った頃に、陛下から贈られたものだった。中には、まじない用とされる孔雀の羽が納められている。儀式で使う祭具の一つだったが、見黒様は「きれいね」と仰って、自室に置いておられた。それ以来、使われたことは一度もなかった。


 見黒様はその箱を大切に抱えて、傘を手に取り、部屋を出られた。


「見黒様、どちらへ」

「庭よ」

「庭……ですか。この嵐の中を」

「ええ。今日はお客様がいらっしゃるわ」


 わたくしは言葉を失った。



 廊下を歩く見黒様の後ろ姿を、何人もの家臣が見ていた。

 嵐の日に、傘を持ち、螺鈿の箱を抱えて庭へ向かう神託者。わたくしは見黒様が濡れぬように傘を差していた。「エルも濡れないようにね」と仰られたので、大きめの傘を使っていた。


 誰もが足を止めた。


「なぜ見黒様が、庭に……」

「この嵐の中を?」

「傘が二本……もう一本は、誰のために?」


 ラルフ将軍が廊下の奥から足早に来られた。剣の柄に手をかけていた。


「何事だ」

「見黒様が庭にお出になると……」


 将軍閣下は見黒様の後を追われた。わたくしも続いた。


 庭に出る扉の前までくると、雨が叩きつけられる音が大きく響いた。風が強かった。黒髪が風に煽られた。


 見黒様は庭の中央へ歩いていかれた。もう一本の傘を、左手に抱えたまま。右手に螺鈿の箱。


 回廊の下に、家臣たちが集まり始めていた。誰もが、見黒様が何をされるのかわからず、しかし目を離すこともできず、息を詰めて見守っていた。


 雷鳴が、近くなった。


 見黒様は庭の真ん中で立ち止まられた。空を見上げておられた。雨に打たれる傘の音が、庭に響いていた。


 雷鳴が、さらに近づいた。空が白く光った。


 そして——


 落雷。


 庭の隅の大木に、白い光が落ちた。轟音が城を揺らした。家臣たちが悲鳴を上げた。ラルフ将軍が剣に手をかけた。


 光が収まった。

 大木の根元に、人が立っていた。



 人だった。


 背が高く、灰色の髪を持ち、全身に走る稲妻のような紋様が薄く光っていた。纏っている衣は見たことのない形だった。この国の人間ではなかった。


「唐突な訪問をお許しくだされ。吾は雷鳥の一族の者。助力いただきたく参じた」


 雷鳥の一族。


 古い伝承にのみ名が残る、雷とともに現れるという一族。実在を信じている者は、宮廷にはほとんどいなかった。


 その人物は、雨の中に立ちながら、見黒様を見ていた。



 見黒様は——傘を差し出された。

 もう一本の傘を。


「濡れるわ。これをお使いになって」


 雷鳥の一族の者が、目を見開いた。

 家臣たちの間から、声にならない声が漏れた。


 見黒様はこの来訪を知っておられたのだ。傘を二本用意しておられた。雷とともに来る者のために。


 雷鳥の者は傘を受け取り、それから低い声で話し始めた。北の山岳地帯で一族の住処が崩落し、行き場を失った者たちがいる。この国に保護を求めたい。直接来たのは、正規の外交では間に合わないからだ。


 見黒様は黙って聞いておられた。

 話が終わると、見黒様は螺鈿の箱を差し出された。


「そう。事情はわかったわ。……わたしが今あなたにお貸しできるのは、こけおどしの様なものだけ」


 箱を開けた。孔雀の羽が、雨の中で鮮やかに光った。


「あなたならば、上手く扱えるはずよ」


 雷鳥の者が、箱の中を見つめた。それから、見黒様を見た。


「……これは」

「まじないの道具として宮廷に伝わるもの。あなたがこれを持って陛下に謁見すれば、わたしからの紹介だと伝わるわ。あとは、あなたの言葉次第」


 雷鳥の者が、深く頭を下げた。


「……感謝いたします」


 見黒様は小さく頷かれた。

 雨が、少し弱くなっていた。



 この日のことを、わたくしは日誌にこう書いた。


「嵐の日、見黒様は雷の来訪を予見され、傘と祭具をご用意の上、庭にてお待ちになっていた。雷鳥の一族の者が落雷とともに現れた。見黒様は傘を差し出し、祭具を託された。『こけおどし』と仰ったが、あの祭具が見黒様の名のもとに差し出されるということ自体が、どれほどの力を持つか——見黒様はそれをご存じの上で、しかし相手の力を信じて託されたのだ」


 後に、雷鳥の一族はこの国の山岳地帯に受け入れられた。彼らが持ち込んだ鍛冶の技術が、やがてこの国の鉄の品質を大きく引き上げることになる。


 しかし、それはまだ先の話だ。


-----


 朝から嵐だった。


 本を読んでいたが、雷鳴がだんだん近づいてきた。窓の外が光るたびに、ページから顔を上げた。


(嵐の日、か)


 前世で読んだ漫画を思い出していた。


 嵐の日に訪問者が来る、という展開は定番中の定番だ。ファンタジーでもホラーでも恋愛でも、嵐の夜にはだいたい何かが起きる。扉を叩く音がする。窓の外に影が見える。雷が光った瞬間に、そこに人が立っている。


(あの展開、やってみたいんだよな〜)


 前世では嵐の日に来客なんてなかった。宅配便くらいだ。宅配便の人にはいつも申し訳ないと思っていた。


 でも、今日はなんとなく予感があった。


 なんの根拠もない。ただ、嵐の日にこの城にいると、「何か来そう」という気分になる。前世のオタクセンサーが「フラグ立ってるかも」と言っている。


(まあ、何も来なくても、嵐の日に庭に立ってみるのはやってみたかったし。ちょっと寒いかもだけど思い立ったら吉日ってね!)


 ふと、部屋の棚を見た。螺鈿の箱が目に入った。陛下からもらった箱。中に孔雀の羽が入っている。もらってからずっと棚に置いたままだった。きれいだけど使い道がなかった。


(……あれ持っていこうかな。嵐の日に螺鈿の箱を持って庭に立つ美少女、絵面として最高じゃない?)


 決めた。


「エル。傘を二本、用意してくれるかしら」

「……傘、ですか。二本」

「ええ。わたしたちの分と、もう一本」


(来客用。来なかったら二本とも自分で使う。どっちでもいい)


 螺鈿の箱を棚から出した。孔雀の羽がきらきらしていた。雨の日の光で見ると、室内より少し暗くて、そのぶん螺鈿の光が目立つ。


(これを抱えて嵐の庭に立ったら、めちゃくちゃ絵になるわ)


「見黒様、どちらへ」

「庭よ」

「庭……ですか。この嵐の中を」

「ええ。今日はお客様がいらっしゃるわ」


(来ないかもしれないけど。まあ、セリフとしてはこう言っておいた方が格好いいでしょ)



 庭に出た。雨がすごかった。風も強かった。傘がばたばた言っていた。黒髪が風に煽られたが、それもまた良い。嵐の中に立つ美少女という構図に、髪の乱れは必要な要素だ。


 螺鈿の箱を抱えて、庭の真ん中に立った。

 後ろの回廊に人がたくさんいる気配がした。見物人だ。


(よし。観客がいる。これはバルコニーシーンに次ぐ大舞台だわ)


 空を見上げた。雷鳴が近い。光がちらちら見える。


(まあ、来なかったら来なかったで、「嵐の中で空を見上げる黒髪の美少女」という構図が回収できるから無駄ではない)


 雷鳴がさらに近づいた。


 空が白く光った。

 ——落雷。


 庭の隅の大木に、白い光が落ちた。轟音。風圧。傘が引っ張られた。


 光が収まった。

 大木の根元に、人が立っていた。


(……え)


 人だった。背が高くて、灰色の髪で、体に稲妻みたいな紋様が走っていた。


(えっ、ほんとに来た?!)


 心臓がどくどくしていた。


(いやいやいやいや。ほんとに来たの?! 嵐の日に来客って、ほんとにあるの?! 前世の漫画の定番展開がリアルで起きてるんですけど?!)


「唐突な訪問をお許しくだされ。吾は雷鳥の一族の者。助力いただきたく参じた」


(やば。やばい。これまさしく『嵐鬼譚』の第三巻のあのシーン〜〜〜〜! 雷の中から人が現れる名場面! あれ前世で読んだとき鳥肌立ったやつ! それが今目の前で起きてる!)


 テンションがとんでもないことになっていたが、外側は保った。保ったと思う。嵐の中で傘を差して螺鈿の箱を抱えた黒髪の美少女は、きっと落ち着いて見えているはずだ。


(落ち着け。落ち着くのよアカリ。ここからが本番。漫画の主人公なら、こういうとき何をする?)


 傘だ。

 もう一本の傘を、差し出した。


「濡れるわ。これをお使いになって」


(『嵐鬼譚』のヒロインも、最初に傘を差し出してた。あれで相手の警戒が解けるんだよね。人間でも鬼でも雷鳥でも、雨に濡れるのは嫌なはず)


 相手が傘を受け取った。目を見開いていた。


 それから話し始めた。山のどこかで一族の住処が崩れた。行き場がない。保護してほしい。正規の手続きでは間に合わない。


(ふむふむ。なるほど。難民の直談判だ。これは漫画でもよくあるやつ。追い詰められた一族が、最後の手段で王の膝元に直接来るパターン)


 話を聞き終わった。


 さて、どうするか。わたしには国政の権限なんてない。陛下に取り次ぐしかない。でも、雷鳥の一族の人をいきなり陛下の前に連れていっても、「何お前」みたいに門前払いされるかもしれない。何か、取り次ぎの証が必要だ。


 ふと、手元の螺鈿の箱を見た。


(……あ。これ、使えるんじゃない?)


 この箱は陛下からもらったものだ。中身はまじないの道具らしい。綺麗だな〜くらいの孔雀の羽だけど、宮廷的には「神託者の祭具」として認知されている。これを持って陛下のもとに行けば、「わたしを経由した人」だと分かってもらえるはず。


 中身の孔雀の羽自体には何の力もない。こけおどしだ。でも、こけおどしでも、使い方次第で意味は生まれる。前世の漫画でも、ハッタリで切り抜けるシーンは山ほどあった。


「そう。事情はわかったわ。……わたしが今あなたにお貸しできるのは、こけおどしの様なこれだけ」


 箱を開けた。孔雀の羽が、雨の暗い光の中で鮮やかだった。


「あなたならば、上手く扱えるはずよ」

(雷と一緒に来れるくらいの人なら、ハッタリの使い方くらいわかるでしょ)


 雷鳥の人が、箱の中を見て、わたしを見た。


「……これは」

「まじないの道具として宮廷に伝わるもの。あなたがこれを持って陛下に謁見すれば、わたしからの紹介だと伝わるわ。あとは、あなたの言葉次第」

(これで陛下に繋がれば、あとは陛下が判断してくれる。わたしにできるのはここまで)


 雷鳥の人が、深く頭を下げた。


「……感謝いたします」


 頷いた。


 雨が、少し弱くなっていた。



 部屋に戻った。傘はエルがさしてくれたけど、びしょ濡れだった。エルがタオル的なものを持ってきてくれた。


「見黒様……あの方が来ることを、ご存じだったのですか」

「まあ、そうね」


(来るとは思ってなかったけどね。来たらいいなとは思ってた。来たからびっくりした。でもそれは言わない)


「あの羽は、渡してしまって良かったのですがか」

「ええ。いつか使う日が来ると思っていたわ」


(きれいだからいつか何かに使いたいな〜と思ってた。嘘は言ってない)


 エルがまた何か感動した顔をしていた。

 髪を乾かしながら、鏡を見た。


(嵐の中で濡れた黒髪、これはこれで趣があるわね。いつもと違う質感。今度から嵐の日は庭に出ようかしら)


 着替えて、お茶を飲んで、本を開いた。


(しかし今日はすごかった。雷から人が出てきた。前世のあの漫画と同じ展開がリアルで。この世界、まだまだ面白いことがあるものね)


 毛布にもぞもぞと潜り込む。温かい。


(あ、あの雷鳥の人、うまくやれるかな。孔雀の羽のこけおどし、ちゃんと通じるかな。まあ、雷と一緒に来れる人だもの。大丈夫でしょ)


 しかし今日は絵になったのでは?最高の一日だった。

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― 新着の感想 ―
自覚なくても、この前エルの言う通りここまで来たら本物だな
神託者(名誉職)じゃなくて神託者(真)だな…。 本人だけ分かってないやつだ…。フィクションあるあるだ…。
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