89話 今なんて?
「……今、なんて言いましたか?」
エヴァは静かに問いかけた。
氷のように冷たく。
刃のように鋭い声。
そんなエヴァを見たアルルは、珍しく慌てた様子で「げっ」と小さくうめいた。
煽りすぎた。
そんなことを言いつつ、そっと後ろに下がる。
なぜか?
もちろん、巻き込まれないためだ。
「おいおい、状況がわかってないのか?」
「これだから女ってのはめんどくせえ。言うことを素直に聞いて、それから黙って股を開いていりゃそれでいいってのによ」
「そういうお楽しみは後にしようぜ。まずは仕事をしないとな」
男達は下品に笑う。
一方、エヴァは無表情だ。
ただ、その下にとてつもない怒りが隠れていた。
噴火寸前の火山のように。
煮えたぎるマグマが地下で蠢いていて……
それが今、男達に向けられようとしているが、哀れ、不届き者達はそのことにまったく気づいていない。
「お前が、エヴァ・グレイスだな? 黙って俺達についてこい」
「それと、ここにいるガキも全員だ」
「おっと、つまらないことは考えるんじゃねえぞ? ガキが痛い痛いって泣くところはお前も見たくないだろ?」
最後の男の台詞に、がははは、という下品な笑い声が響いた。
アルルが嫌悪に顔をしかめる。
ただ、エヴァは無表情のままで……
それが逆に恐ろしい。
「……一応」
エヴァがぽつりと、つぶやくように言う。
「我が弟子を見習い、どのような相手であれ、敵か味方かどちらなのか、しっかりと見極めるまで待っていたのですが……ダメですね。もう我慢の限界です。それに……このようなことを口にする相手は敵以外の何者でもありませんね。というか、今まで、なぜ私は我慢をしていたのでしょう? 街のため? 子供達のため? いえ……そうではなくて、いつの間にか守りに入っていた。弱くなっていた。そのことに気づくことなく、今まで、このような連中を好き勝手させて……自分で自分に呆れてしまいますね」
「はぁ? なにをぶつぶつと……なにか言いたいことがあるのならハッキリ喋りやがれ!」
「では……」
エヴァは一人目の男を見据えて。
そして、一言だけ言う。
「エアハンマー」
ガンッ!!!
やたら鈍く、そして派手な音が響いて、男の一人が勢いよく吹き飛んだ。
きちんと角度を計算していたのだろう。
なにも壊すことなく、開かれた扉から外に吹き飛んでいく。
吹き飛ばされた男はなにをすることもできず、一撃で気絶した。
「「……」」
突然の先制攻撃。
一瞬で魔法を構築する詠唱速度と、その威力。
なにが起きた?
男達は唖然とするしかない。
ややあって再起動する。
「てめぇ!? 今なにを……」
「ハウリングフィスト」
ゴガッ!!!
極大の空気の振動が二人目の男の腹部を撃ち抜いた。
限界まで鍛え抜かれた戦士の拳のよう。
男はまともな悲鳴をあげることができず……
白目を剥いて、その場に倒れた。
「……え?」
最後の一人がきょとんとした顔に。
今さっきまで仲間が二人いたのに。
でも、気がつけば一人になっていた。
訳のわからない速度で魔法を使われて。
訳のわからない威力で仲間を一撃で倒されて。
ありえない。
目の前の現状を理解することができず。
また、理解することを拒んでしまい、とにかく混乱するしかない。
そんな男に向けて、エヴァは冷たく笑う。
「こちらもハッキリと私の意思を主張することにしましたが……伝わりましたか?」




