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90話 決して怒らせてはいけない相手

 簡単な仕事のはずだった。

 いつものように問題なく終えて、その後、酒を飲んで女を抱くつもりだった。


 施設の子供を適当に見繕ってさらう。

 余裕があれば、全員、さらう。


 もう施設は邪魔なだけ。

 さっさと潰すに限る。

 故に、子供……商品は全て回収。


 そして、施設の責任者であり、聖女として名高いエヴァもまとめてさらう。


 邪魔な相手ではあるが、しかし、利用価値はある。

 聖女としての名声を己のものにすれば、今まで以上に色々なことができる。

 ついでに言うのなら、女としても魅力的だ。


 聖女だなんだ言われているが、所詮は女。

 そして、今まではなにもできず、ただ震えるだけ。

 そんな相手怖くもなにもない。


 仕事は簡単に終わる。

 終わるはずだったのだけど……


「なっ……ななな……なぁあああああ!?」


 あっという間に仲間二人がやられてしまい、最後の一人が悲鳴に近い驚きの声をあげた。


「……もう一度聞きたいのですが」


 エヴァがとても静かな声で問いかける。

 そして、一歩、前に出た。


 足音がやけに大きく響いて……

 男は、得体の知れない恐怖を感じて、びくりと震える。


「子供達をどうする……と?」

「いや、それは、えっと……」

「さらう? 商品にする? 傷つける? よくもまあ……私の前でふざけたことを言えたものですね」

「あ……あ……ぁ……」


 エヴァが発する怒りのオーラ。

 それは質量を伴うほどで、男は完全に呑まれてしまう。

 まともに呼吸ができない様子で、ひっひっ、と空気が抜けるような音を発していた。


 ……ちなみに。


 この時、すでにアルルは施設の奥に避難していた。

 他の子供達をまとめるためではあるが……

 心底キレたエヴァを見るのはアルルも初めてで、思っていた以上にやばそうで。

 こりゃ近くにいたらまずい、と慌てて逃げ出したわけだ。


 とはいえ、奥で他の子供達をまとめつつ、エヴァの帰りを待つだけ。

 足を引っ張るかもしれないので、それを避けるためで、エヴァのことを恐れたわけではない。

 むしろ心の中は、やっちまえー! という感じだ。


「それで……なんですって? もう一度、なにを言ったのか私に教えてくれませんか?」

「ひ、ひぃ……!?」


 聖女とか言われているものの、所詮は女。

 豊富な戦闘経験を持つ自分達に敵うはずがない。


 ……それが慢心であることにすぐに気づいて。

 そして、自信は瞬時に、粉々に打ち砕かれた。


 絶対に怒らせてはいけない相手。

 絶対に敵に回したらいけない相手。

 それが、エヴァ・グレイスという女性だ。


 そして今、男達はエヴァの逆鱗に触れたわけで……


「ま、待ってくれ!? ち、違うんだ……これは、えっと……そう! 俺達は指示されただけで、そんなことを本気で望んでいたわけじゃなくて、仕方ないことなんだ!」


 慌てて命乞いを始めた。


 空腹の猛獣を目の前にしたような気持ちだ。

 生きた心地がしない。

 というか、すでに死んでいるのでは?

 今見ている光景は夢で、体はとっくに崩壊しているのでは?


 そのようなことを考えてしまうほど男の心は追い詰められていた。


 仲間を瞬殺された。

 ただ、男本人は戦っていない。


 普段なら、なにもしていないうちから心が折れるなんてことはない。

 今まで死を覚悟するような強敵と戦ってきたことはあるが、折れず、最後まで立ち向かい、勝利を得ていた。


 ……のだが。


 無理だ。


 激怒するエヴァを前にして、男は一瞬で心が折れた。

 自分はアリで。

 相手はゾウのようなもの。

 どうあがいても勝てるわけないと、心底怯えて、心底絶望した。


 とはいえ……

 すでに遅い。


「仕方ない? なら、これから私がすることも仕方ないですね」

「ま、待て!? 待て待て待て!? 俺は……」

「問答無用です」


 ボンッ! と。


 エヴァの魔法が炸裂して。

 街が震えるほどの衝撃が走るのだった。

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