80話 突き進め
「え……?」
師匠が困惑した表情を見せた。
師匠はだいぶ破天荒なところがあるものの、なんだかんだ常識人だ。
俺の言う弱くなった、という部分を、子供を守ることになったから、とか考えているのだろう。
「ガキ共を守るから弱くなった、とか考えてるんだろ?」
「どうして……」
「師匠って、けっこうわかりやすいところがあるんだよ」
こう見えて、わりと素直な人なのだ。
……だからこそ、子供達も懐いて、慕っているんだろうな。
「違うだろ」
俺は一つ一つの言葉にしっかりと力を込めて言う。
「ガキを守るから弱くなった、なんてことはねえよ。むしろ、人は誰かを守ることで強くなれるもんだ」
「しかし、私は……」
「動物に例えるが、子熊を育てる親熊は、下手に近づくと猛然と攻撃してくるだろ? あれと同じだ。守るものがあるからこそ力を出すことができる、戦うことができる……弱くなるなんてことはねえよ」
「……」
師匠は納得できないらしく、硬い表情のまま。
人のことは言えないが、この人もとことん不器用だな。
「俺が弱いって言ったのは、師匠が周囲のことを気にしすぎているからだ」
「気にしすぎている……?」
「だってそうだろ? 昔の師匠なら、こんなことになっていたら、真っ先に黒幕を突き止めて魔法で吹き飛ばしていただろ。相手が貴族であれなんであれ、遠慮なんて一切なし。どこまでも突き進んでいた」
……俺がまだ小さい頃。
そして、師匠に色々と学んでいた頃。
俺は、ろくでなしの貴族に絡まれたことがあった。
もちろん、俺はなにもしていない。
相手が無理癖つけてきて、絡んできただけ。
その頃の俺は、師匠に学んでいることもあり、わりと調子に乗っていた。
大人相手ならともかく、貴族だろうが、同い年の相手に負けるわけがない、と。
ケンカは圧勝。
ただ、貴族相手にそれはまずい。
貴族は権力をフル活用して俺を社会的に潰しにかかってきた。
それを知った師匠は……
物理的に貴族を潰しにかかった。
『私の弟子に手を出すとはいい度胸ですね?』
と、にっこりと微笑みながら。
それでいて、攻撃魔法を雨のように連打して。
貴族と、その護衛と、その面子を思い切り潰した。
ここまでやられたら、普通、貴族は強烈な報復に出てくるのだけど……
というか、裁判沙汰になり、師匠は間違いなく有罪になるのだけど……
『ふざけた法律と権力に従うつもりはありませんね。貴族だろうが国だろうが、まとめて叩き潰しますよ?』
にっこりと言う。
師匠はガチだった。
そして、それを成し遂げる力があることを示すため、近くの山を一つ、吹き飛ばしてみせた。
「……ってことがあったろ? あの頃の師匠は、最高にはっちゃけていたぜ」
「あれは、まあ……私も若かったのです」
さすがにやりすぎたという自覚はあったらしく、師匠は目を逸らす。
まあ、やりすぎではあるものの……
あれはあれで、ある意味で有効な手だ。
敵は権力を盾に迫る。
対抗することはとても難しい。
同じくらいの権力か、あるいはそれに等しい力を持つ仲間が必要だ。
ただ一つ。
抜け道……というか、とんでもない荒業なのだけど、方法はある。
師匠がやったように力で解決してしまうことだ。
貴族の持つ権力というのはとても厄介ではあるのだけど……
犯罪者になってもいいから叩き潰す、とかいう師匠みたいなタイプには、権力はまったく通用しない。
その国の仕組みから外れたところにいるため、貴族ご自慢の権力が通用しないのだ。
一方、力は万国共通。
世界の理のようなもの。
師匠は圧倒的な『力』を持っていたため、貴族を軽く撃退して……
その後に絡んでくる権力と社会の問題も『力』で黙らせた。
これも一種の駆け引きなのだろうが、師匠を敵に回してはいけない、と周囲や国に思わせればいい。
そうすれば貴族は後ろ盾を失い、好き勝手できなくなる。
当時の師匠はそれを可能として、貴族を打倒していた。
しかし今は……
「いいようにされっぱなしじゃないか?」
「……」
自覚はあるらしく、師匠は気まずそうな表情に。
「……守るものができた以上、今までのように好きにはできません」
「昔は俺一人だったが、今はガキ共がたくさんいるからな」
「そうです。なればこそ、今できる範囲で最大のことをやるしかありません」
「ま……そうなるか」
仕方ない、と俺はため息をこぼした。
できれば師匠にもがんばってほしかったのだけど……
守りを固めることが間違いなんてことはない。
むしろ正しい。
俺のように無茶を考えている方がおかしいだけだ。
「わかった。これ以上、なんか言ったりしねえよ。協力も頼まない」
「……申しわけありません」
「謝るなよ。師匠がそんな殊勝な態度に出るなんて、すごく調子が狂うぜ」
守るものができて強くなる人もいれば、動きにくくなる人もいる。
色々とままならないな。




