第8-1話 ニーズヘッグ、ツイてない少女に憑依する
”彼”もしくは”彼女”は苛立っていた。
あの忌々しい女……エレンとか言ったか……奴の仕掛けた拘束魔法で、我の動きは制限されている。
だが、我の力をもってすれば、ある程度の時間を掛ければ破ることは可能であろう……それより、奴は人間どもの魔法装置を使ってとある”世界”と接続しているらしい。
面白い……この半年で、魔力パターンの解析も完了した。
その世界を侵食し、あの女に絶望を味合わせてやる。
ずるり……と”彼”は頭の一つをわずかに動かす。
”彼”もしくは”彼女”は動き出した。
その邪悪なる意志と魔力でもって。
*** ***
「ん? これは……」
ここは”王家の墓”最深部、エレンが活動拠点としている場所。
魔法装置の操作器具が乗った大きな机に、簡素なベッドと収納、姿見の鏡だけが置いてある殺風景な部屋だ。
部屋の窓からは、静かに発動音を立てながら、淡く光る巨大な魔法装置が見える。
彼女はここで生活しつつ、現在魔法で動きを封じている魔竜”ニーズヘッグ”の監視と、異世界……ユウたちの住む”地球”へ繋がるゲートにもなるVRゲーム、[探検者になろう]の管理を行っていた。
空中に展開した魔法映像画面の一つには、8つの頭を持つ漆黒の邪悪なる魔竜、ニーズヘッグの巨体が映っている。
その頭の一つが微かに動き、奴の目が光った気がしたのだ。
拘束された奴がなにか悪さを出来るとは思わないが、用心しておくべきかもしれない……エレンは奴の監視を強化すべく、魔法装置の操作を始めた。
*** ***
ヤマダ シオリ 16歳女子高生。
ごくごく普通の生活を送る女の子……そんな彼女はむかしから少しだけツイてない人生を送っていた。
こないだなんて、サッカー部のキャプテンにチョコを渡そうとしたらフラれ、ケーキバイキングでやけ食いする為に銀行にお金を引き出しに行ったら銀行強盗に人質にされた……しかも友達の凛に無自覚リア充自慢されたし!!
……これは少しだけというには、大きすぎる事件だったが、とにかく彼女はツイてないのだ。
だがそれも今日で終わる! 彼女は手編みのマフラーを握りしめ、校舎の影から一人の男の子を見つめていた。
彼女の目線の先にはイマドキ珍しい、丸刈りで真面目そうな雰囲気を持つ、ちょっと地味目の男の子がいる。
彼はまっすぐな性格で、野球部の副主将をしている。
綿密なシオリちゃんサーチによると、彼は現在にいたるまで彼女無し!
おっぱい星人でもないので、このシオリちゃんが告白すれば確実にゲットできるはず……シオリは意を決して、彼の前に出ていこうとした。
……その時、彼女より一瞬早く、ひとりの女子生徒が野球部副主将の彼に走り寄る。
あれは……確か3組のササキさん? 女子の間でも可愛いと評判だ。
ま、まさか!
「わ、わたしと付き合ってくださいっ!」「ササキさん!? オレ、嬉しいよ……」
そ、そんな……
目の前で繰り広げられる、微笑ましくも彼女にとっては残酷な告白風景に、シオリはまたもや声もなく絶望するのだった。
……ズ、ズズズ
力が……欲しいか?
「……え?」
その時、彼女の脳裏に謎の声が響く。
邪悪なる漆黒の意思……ニーズヘッグの悪意が彼女に忍び寄ろうとしていた。
*** ***
「……とゆー事でシオリったら、今度は野球部の副主将に告白するぞって意気込んでるんだけどね、実は3組のササキさんも告白するらしいんだよね! ユウにぃはどっちが勝つと思う?」
「いや凛お前、友達ならその情報教えてやれよ……」
ここは中央駅の駅前にあるハンバーガーショップ。
年度末なので有給消化義務に従い半休をとって帰る途中、同じく部活帰りの凛と会ったというわけだ。
せっかくなので一緒に昼飯を食っている(オゴらされた)。
……なんか最近、以前に比べてずっと凛と仲良くなった気がする。
コイツ、中学時代はいっちょまえに反抗期でツンツンしてたからな。
やはり今の凛の方が魅力的だ。
「ま、まあ……今回はシオリにもワンチャンあるじゃん? アタシ、シオリの告白が実ったらあの子にパインステーキをおごってあげるんだ……」
「巨大なフラグを立てるのはやめて差し上げろ……」
と、ハンバーガーショップのショーウィンドウの外……繁華街方面に一人の女子高生が走っていくのが見える。
艶やかな黒髪の眼鏡っ子……先月の銀行強盗騒ぎで会った、凛の友人のシオリのようだ。
真っ赤な目をして、ものすごいスピードで走り去ってしまった。
「……あちゃー……あの様子だとまた爆死かな? シオリ……強く生きろよ……」
「せめて彼女が幸せになれるように祈ってやれ……だが……う~ん」
シオリに向かって手を合わせる凛にツッコミを入れた俺だが、ちらりと見えたシオリの顔が、やけに気にかかっていた。
「ん? どうしたのユウにぃ」
「いや……あの子の目……」
「シオリの目がどうしたの? 確かに泣きはらしていたけど」
まるで、悪魔に魅入られたような真っ赤な目をしていたように見えた……これも”超探査”スキルの影響だろうか?
凛は違和感を感じなかったようだが、俺はイヤな予感に襲われていた。
”あの目”、どこかで……。
次なる事件が、始まろうとしていた。




