第一六話 「ランツィア村」01
この村の歴史は戦争が終わり、ある程度のベヒモスが駆逐された頃に始まる。
復員する除隊者を受け入れる場所として、森の奥に新たな農地を整備する開拓が始まりだった。
昔は間近の森にも多くのベヒモスが蠢き、入植者としては戦闘種がうってつけだったからだ。
彼らは戦いながらここの土地を切り開いた。
「変わらないなあ……」
シュンは村を出た三年前を思い出しながら歩き、周囲を見回す。
シュンの家と農地は孤児院の施設用となったが、所有者は今でもシュンである。
第二の実家が見えてきた。
複雑な形をした、粗末な古い木造の建物。
元は廃業した農家の家と納屋、家畜小屋などだった。
シュンが生まれる前に改装されていて、その後幾度となく建増しされ、今のややっこしい形になった施設。
親を亡くした、捨てられた。
事情がよく分からないままここに来た子供たちも大勢いる。
ここが孤児たちの家、マーロアだった。
「ただいま~」
シュンはかつてお馴染みだった勝手口ではなく、正面玄関に入り声を上げた。
まだ子供たちは学校で、施設の中は静かだ。
「院長先生!」
廊下の奥から上品な初老の女性がやって来る。
この人こそがシュンの三人目の母親だった。
「まあまあ、シュン。すっかりたくましくなって……」
マーロアは少しだけ滲んだ涙を手のひらで拭ってはにかむ。
「お久しぶりです」
「ええ、手紙も時々もらっていたし、ジョルジュからも色々と話を聞いてたわ。さっ早く入って」
「はい。色々とお土産を持って来ました」
「悪いわね。子供たちも喜ぶわ。マヤはちょっとお使いに出ているのよ。すぐ戻るから」
シュンは最初に食料等を台所に運ぶ。
中では手伝いの婦人たちが夕食の準備中であった。
院長先生もそこに加わる。
「仕事中でしたか、後で……」
「悪いわね」
「いえ、勝手は分かりますから」
シュンは本の詰まったバッグを持って孤児院の図書室へ入った。
そして取り出して空いている棚に並べる。
街から寄贈されたり、院長先生が長い間かけて集めたりした蔵書が並ぶ。
シュンも何度かサンドリオから本を送っていた。
この部屋には村の人たちも大勢やって来る。
冬の農閑期などに、たくさんの村人が手作りのスイーツを持ち寄って読書にふけるのだ。
そして余ったスイーツは、施設の子供たちのおやつになっていた。
村中に愛されている部屋と言えた。
荷物を整理したシュンは、一人でこの村のギルドへと向かった。
「どうも……」
突然の訪問なので、恐る恐る――といった感じで扉を開けると、中にはジョルジュと歳が変わらない数人の冒険者がいた。
若く力がある冒険者は、稼げる街に行くのだから仕方ない。
「ん、シュン……か?」
「おおっ、シュンだよ。戻ってたのか」
皆は最初、誰だ? との目でシュンを見たが、すぐに気が付いたようで表情がやわらいだ。
「御無沙汰しています」
「最強の称号を手にしたんだろ。たいしたもんだ」
「いえ、たぶん今頃は誰かに抜かれていますよ」
シュンはそう言って謙遜した。
既に三位に転落したなど言ってせっかくの称賛、話の腰を折る必用もない。
皆、シュンが村を出るときに見送ってくれた者たちだ。
たった三年だし顔もよく覚えている。
ただしシュンはとてつもなく長い三年間に感じていた。
「おっ、帰って来たのか!」
少ししてジョルジュが戻る。
その姿からして戦っていたようだ。
「ちょうど良い、シュンも加わってくれ。打ち合わせをしようか」
「はい」
事情が分からないので最初は聞き役になろうとシュンは決める。
全員で椅子に腰掛けた。
「まず西はどうだった?」
「決めた三キロ先まで行った。小物を数匹仕留めただけだ。痕跡もない」
「北も似たようにものだ。大型が移動した様子はない」
「まいったな。東も同じだよ。やはり三方だけの索敵線じゃあな……。ジョルジュは?」
最初に口を開いたジョルジュに、三班に分かれていた村人たちはハズレを告げた。
結局はジョルジュに注目が集まる。
「こっちも同じだった」
そして全員が溜息をつく。
「そうかあ、北東にもいないのか。じゃあ北西に絞っていいのかな?」
「いや、五本の索敵でも穴はあるよ。博打は打てない」
「なら、鉄則に従って防衛に徹するか? 農作業もあるしいつまでも続けられないぞ」
シュンにも事情は飲み込めた。
強力なベヒモスを探知したが、接触できないでいるようだ。
その目標がこの地域から去ったのか、まだ周囲をウロついているのか見定めるのは困難である。
それならば、とシュンは思った。
「俺がやりますよ。明日は先に北西を探して、いなければ全方位に打って出ますから」
皆の呆れたような視線がシュンに注がれる。
ちょっと大きく言い過ぎたか? とシュンは思った。
「この村の脅威は村の力で排除する、が原則だが構わないかな?」
ジョルジュは皆を見回しながら言う。
「もちろんいいだろう。シュンはこの村の出身なんだしな」
「ああ、こだわってもしょうがないぜ。俺たちは警戒の配置でいいのか?」
「ああ、いきなり思いがけない場所から来ない、ともかぎらんからな。俺がシュンと動くよ」
最後にジョルジュが話をまとめた。
皆が腰を上げる。
「頼むぜ、シュン!」
「アテにしているぞ」
「久しぶりに現役バリバリの力が見れるな、ジョルジュ」
「ああ、俺の出番はないよ」
「そんな……」
打ち合わせは解散となり村人たちは帰って行った。
皆、家庭と仕事がある。
外に出てジョルジュは扉を施錠する。
街のギルドからここの管理も任されているのだ。
一応ここはカンパーニ・ギルドの出張所扱いとなり、少ないが月々の予算も付いていた。
「明日はマーロアの朝食が終わってからここに来てくれ。せっかくの休暇なのに悪いな」
「いえ、ベヒモスの全てが俺の仇のようなものです」
「そうだな……」
夕暮れの道をマヤが歩いて来るのが見えた。
「じゃあ、明日は頼むよ」
「はい」
ジョルジュは気を使うように、急いで帰って行った。
「シュン! 着いたのね」
「ああ、さっきね」
事前に今日到着すると、マヤには手紙を出していた。
「早速冒険者の仕事?」
「明日は朝から狩りだよ。すぐに終わる仕事さ」
「そう」
二人は並んでマーロアまでの道を歩いた。
帰ればちょうど夕食の時間だ。
「どこに行ってたんだ?」
「学校よ、授業料の支払い。シュンが仕送りしてくれるから、今は全員学校に行けるわ」
「うん、それは良かった」
以前は低学年の子供は、マヤたち年長者が施設で勉強を教えていた。
食堂に現われたシュンを見て、子供たちは驚いて興奮した。
そしてシュンは、ここ三年の間に増えた初めて見る子供の数を見て驚いた。
困ったのはその人数を収容する為に、マヤの部屋にも二段ベッドが二つ入り子供部屋になっていたことだ。
昔マヤが赤ん坊と暮していた部屋だった。
「こんなに増えたんだ……」
「シュンの予算おかげと、院長先生の方針よ。こうやって誰でも受け入れるからあなたも来たんじゃない」
「それはそうだけど……。俺はどこに寝るんだ?」
「男の子の部屋よ。私はここ、小っちゃな女の子用の部屋ね」
マヤの部屋で、二人で一緒に寝るつもりだったシュンは大いに落胆する。
マヤの子供としてたっぷりと甘えるつもりだったのだ。




