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第一五話 「ランツィアの惨劇」04

 シッドは森を抜け出して周囲を探る。

 全員が森の中から出たようで、遠くに第一陣で避難している村人たちが見えた。


 消火活動にあたっていた者たちの一部は、まだ井戸の周辺で不安げに森の方角を見ている。

 その中にエイシラとシュンがいた。


「早く村に逃げるんだ。強力なベヒモスがこっちに来るぞ」


 村には共同で使用するシェルターがある。

 中に避難すれば安全であり、あのベヒモスとて容易には破壊できない。


「はい、ジョルジュさんと一緒だった冒険者の皆さんも戻って来ました。村の人を守って避難中です。街にも応援を呼びに行きました」


 気丈な表情で一気に説明するエイシラは、これを伝えたくてこの場に留まっていたようだ。


「分かった。お前たちも早く避難しなさい」

「はい、気を付けて……」

「シュン、母さんを頼むぞ」

「うん!」


 残っていた村人たちは、牧草地を村に向かって駆ける。

 家族の背中を見てから、シッドは森を睨んでスキルを溜めた。

 気配がみるみる接近して来る。



 森を割ってフェルテが現われ、ジョルジュが果敢に攻撃を繰り返していた。


 シッドは突撃しながら特大の【切断】に【衝撃】を加えて鼻先に飛ばす。


 しかし、またしても闇が発生しフェルテはかき消える。

 的を失った攻撃がむなしくも木々を切り刻んだ。


 そして黒い帯が頭上を抜ける。


「ヤツめ、村に――。戻るぞっ!」

「分かった!」


 ジョルジュは返事を返してスピードを上げ、シッドも空中を後に続いた。


 最悪の予想が的中した。

 先発して避難した村人たちの中心にフェルテが出現したのだ。


「くそっ!」


 【移動】で肉薄するジョルジュをあざ笑うかのように、フェルテは凶悪な腕を振り、長い尾で人々をなぎ払う。

 数人が人形のように中を舞った。


 再びのジョルジュの攻撃に、更にシッドが加わる。

 村人たちは悲鳴を上げて逃げ惑う。


 体を切り裂かれて倒れる者を引きずり、少しでもフェルテから離れようとする人々をかばって二人は戦った。

 そしてまたしても――。


「また闇かっ!」

「どこに向かう? 追うぞっ!」


 このフェルテもベヒモスの本能のまま人間を襲っている。

 今、人々は蜘蛛の子を散らすように逃げていた。

 シッドは追う、と言ったものの、どこに向かうかを絞れない。


「しまった!」


 そして今も集団でいる人々、妻のエイシラと息子のシュンたちがいる二陣に思い至る。


「ここは任せる!」


 周辺の村人をそのままには出来ない。

 シッドは一人、森へ向かって引き返した。


 こちらに向かって走り来る、二陣の頭上に闇が渦巻く。

 しかし村人たちは異変に気が付かない。


「散れっ! 逃げるんだ!」


 実体化したフェルテは集団の中央に降り立ち踊り狂う。


「こんのおーーっ!」


 エイシラとシュンの姿を見たシッドは逆上してスピードを上げた。

 そして――。


 長い尾に貫かれた人間が持ち上げられ、赤く燃える森を背景に影が浮かび上がる。


「ああ……」


 シッドは目を疑うがそれは悲しき現実であった。

 長い髪が風になびき、鮮血が尾を滴る。


 フェルテはその成果に満足することなく、更に逃げ惑う人々を襲った。


「この野郎――っ!」


 その中にはシュンの姿もあり、涙を拭おうともせずに高々と掲げられているエイシラを見上げていた。


 シッドは覚悟を決めた。全ての防御能力(スキル)を外し、剣の切っ先に集中させる。


「おおおおっ――!」


 そして攻撃に気が付き、振り向いたフェルテの顔面に剣が突き刺さる。

 波打つ尾からエイシラが離れ、続けざまにシッドの胴体を貫いた。


「がっ……」



 そして戦いは終りを告げる。


 右目に突き刺さる剣を押さえたまま、フェルテは森へと身をかわし、シッドはエイシラの傍らに落ちた。



「お父さん、お母さん……」


 シュンは呆然と、ただただ、その場に立ち尽くした。


 空には少しだけ欠けた月。


 森の奥には点々と赤い火。


 悲鳴と嗚咽に混ざる血の臭い。


 ジョルジュが空を飛んでいる。


 黒いベヒモスは森の闇に消えた。


 もう動かない両親は、偶然にも手を握り合うように横たわる。


 それをぼんやりと見つめるシュンがいた。



 この夜、総戸数三十戸のランツィア村を悲劇が襲う。村人の犠牲者は十三名にも(のぼ)った。


   ◆


「これからは私が、あなたのお母さんになってあげるわ……」


 シュンは、赤ん坊ではない、馬鹿にするな、と叫びそうになったが、とめどなく溢れ出る涙が声を押しとどめた。


 両手を広げたマヤの胸に顔を(うずめ)め、シュンはそのまま抱きしめられる。

 良い匂いがした。マヤの匂いだった。

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