第十話 「日々の仕事」07
「ブレイソン、久しぶりねえ……」
女は大きな青い瞳を細めて、いかにも懐かしそうにブレイソンを見つめて言った。
「なんで俺を指名したんですか?」
一方、ブレイソンは仏頂面を作って不満を隠さない。
「私の仕事じゃなくて仲間が気を使ったのね。元気だ、くらいはお父様に手紙ぐらい出したらどうかしら?」
「……」
家族との折り合いが悪く、家を飛び出してこの街にやって来る子供、若者は大勢いた。
特に隔世遺伝で戦闘種の力を持った場合などは、家族関係は上手くいかない。
ただしブレイソンは別の事情なのだろう。
「ブレイソン。俺の親父はベヒモスに殺された」
「シュン……」
「手紙を出す相手がいるお前が羨ましいぞ」
女が感心するような表情になり、シュンに視線を移す。
「ふーん、あなたが北の最強――、立派なリーダーさんで安心したわ」
「普通だよ。ブレイソン。書くことがなけりゃ、俺の悪口でも書けば良いんだよ」
「あはははっ、話せるリーダーさんね」
「この人は父の部下で、昔からの知り合いなんです」
高笑いする軍の女を、ブレイソンは今更に紹介する。
シュンにも事情が見えてきた。
「子供の頃のブレイソン坊やは可愛かったのよー」
「たいして年は変わりません。あなただって少女でしたよ」
「今はただの軍人ね。そして坊やも冒険者か……」
ブレイソンは意識して女の名前を呼ばない。明かせないことになっているのだろう。
そんな話をしながら三人は魔境を歩く。
もうクエストは終りと思っていたその時、シュンに続きを告げる違和感が走った。
「参ったわね。ここまで追って来るなんて……」
「シュン! 北から二名が接近してきます。人間ですよ!」
「ああ、そのようだな……」
「森に身を隠していた二人よ……」
そいつが本命の脅威だったと、シュンは混乱した。
直感的にこの話はヤバイと思い、どうすべきかと考えた。
「ブレイソン、来い。お前さんは動くな!」
そう言って軍人の女を睨む。
そして剣を抜いて浮き上がり、ブレイソンも後ろに続いた。
相手は目視できる間合いまで接近して止まる。
その二名は装飾が施された、薄い金属製の仮面を被っていた。
服装は冒険者そのままで、服も革の防具もお揃いだ。同じ組織に属しているのだろう。
そして腰の剣はそのままで両腕を組んでいる。
一応、敵対しない意思を示しているようだ。
相手が抜いていないのに気が付いて、シュンは剣を鞘に収めブレイソンもそれにならう。
「俺はこの国の冒険者だっ!」
シュンの一声に、二人は顔を寄せ合って何やら話をしている。
「越境は協定違反だろうがっ! 去らねば実力行使もするが、どうする? 戦うか?」
先に国境を越えたのはあの女なのだろうが、ここは知らないふりをして相手の不法を責め立てる。
良い気分ではないが上策だと反省しつつ、シュンは続けた。
「この国の冒険者たちも待機しているぞっ! さあ、どうする?」
ついでにハッタリもかます。
自国にいるこちらが圧倒的に立場は上だ。
仮面の二人は少し話し合ってから、一気に後方に向けて飛び去って行った。
「引いてくれたか……」
「あれは冒険者なんですかね?」
「さあなあ。恰好はそうだったが……」
その後は何事もなく、三人は馬までたどり着いた。
「先に越境したのか?」
「今回はね。いつも相手がやっているから。こちらも対抗して偵察する必用があるのよ」
「奴らは他国の冒険者なのか?」
「軍人そのものよ。たぶんね」
それならばたいした問題にはならないとシュンは思った。
軍同士ならば話し合う外交チャンネルがある。
シュンたちは埒外を決め込めば良い。
ただしギルドへの報告は必用だ。
「ブレイソンはその女性を乗せてやれ」
「はっ」
森をゆっくりと走り、荒野へと無事に抜け出す。
他の冒険者たちの姿も見え、ここまで来ればもう大丈夫だと、シュンは息をついた。
「下ろしてくれる?」
ブレイソンとシュンが停止させると、女は馬を飛び降りる。
懐から何やら装置を持ち出して、サンドリオに向けて操作した。
「帰還の通信よ。大丈夫、指向性が高い電波でこの方向にしか飛ばないわ」
女は小さな画面を見ながら操作をする。
「私を回収するベースキャンプの位置が分かるの。南の――飛んでいける所ね」
「ペンはあるか?」
シュンは馬上からクエストの書類を渡す。
「うん、ここまででいいわ。ありがとう冒険者さんたち」
そしてサインをしてシュンに差し出す。
「何かあったらいつでもブレイソンを指名してくれ。こいつを最優先で向かわせるよ」
「ええ。じゃあね。ブレイソン! 手紙、約束よ。無事ぐらいは知らせなさい」
銀髪の女性はそう言い残して飛び立って行った。
「申し訳ありませんでした」
「ん? 謝るようなことじゃあないぞ。ギルドからはそれなりの報酬がもらえるんだしな。今日のことは秘密だが、軍の動向はアルバーには伝えておく」
「はい」
「軍管区か……」
シュンは馬を歩かせながら後ろを振り返る。
この奥に続く魔境の先は、冒険者にとって遠い場所だった。




