第十話 「日々の仕事」06
【探査】のスキルを使い、ベヒモスを迂回しつつ地図の矢印を逆に進むと、シュンは前方に戦闘の気配を感じた。
「やっているな……」
「空中戦ですよ。こんな所でハデに戦ってはベヒモスを集めるだけです」
地上に活路を見いだせずに空中に逃げたのだろうが、それが更なるベヒモスを呼んだのだ。
「俺は飛んで行く! お前は脱出路を探りながら地上を進んで来い」
「はっ!」
シュンは【飛行】で垂直に上昇した。
遙か前方ではいくつもの黒い点が激しい機動を繰り返している。
そして、一気に速度を上げて戦場へと急行する。
一方ブレイソンはベヒモスを避けながら【移動】で地上を加速した。
「ワイバーンが――五か……」
それは黒い鱗に覆われた蜥蜴で、蝙蝠の巨大な翼を持つ魑魅だ。
一対五であっても接触対象は善戦していた。
【衝撃】と【切断】を飛ばす剣技を繰り出すが、ワイバーンは【障壁】を駆使して攻撃を阻んでいる。
どれも上の中程度の個体のようだ。
シュンは剣を振って、鋭利な【衝撃】をイメージした攻撃を繰り出す。
それは不意を突いてワイバーンの翼を貫いた。
一匹が地上に落下して行く。
要は飛行不能に追い込めば良いのだ。
「ふんっ、どう動く?」
援軍の到来に気が付いた軍の偵察要員は、穴が空いた包囲から脱出しつつ後方に攻撃を繰り出した。
これもまたワイバーンの【障壁】に阻まれるが、シュンが側面から攻撃を加え残りの四匹は大いに混乱する。
その軍人は女だった。短い銀髪をなびかせて遁走しつつ、後方を見て隙を伺う。
しばらくは飛行しながらの戦闘が続く。
ワイバーンはあくまで女を包囲しようとしつつ、長い尾の攻撃を繰り出す。
先には【衝撃】のスキルが仕込まれている。
シュンはその女の左手に赤い光を見て取った。
「くっ!」
急制動を掛け、体を回転させて降下に移る。
女がその赤い光を発射させると、それはワイバーンの群の中で爆発した。
いくつもの火炎の槍に直撃を受け、群はバラバラの方向へと四散する。
【火球】と【炸裂】のスキルを組み合わせる攻撃だった。
体に食い込んだ火種は容易に消せない。
シュンは下方に流れてくる火の粉を避けつつ、その女に接近した。
「飛行はダメだっ。降下するぞっ!」
「あら? 下もベヒモスだらけよ。それに――、ちょっと嫌な相手もいるのよね……」
その女は窮地に立たされていると思いきや、余裕の表情で答える。
さすが軍だと言うべきなのか?
「くそっ!」
シュンはそう叫んで周囲を見回す。
北の空に魑魅らしき影が点々と見える。
接近中だ。そして遙か西には人影が見える。ブレイソンだ!
「付いてこいっ!」
女は素直に従いシュンに追随する。
二人は飛行しつつ降下して森の中に降り立たつ。
そこにはベヒモスの死骸が累々と横たわっていた。
「西側は比較的薄いです。こっちへ……」
「ああ、良くやったな」
ブレイソンは短時間でこのベヒモスを蹴散らし、脱出回廊を形成したのだ。
「【移動】のスキルはまだあるか?」
「大丈夫よ」
女は軍用ゴーグルを上げて素顔をさらし、シュンを見つめて涼しい顔で答える。
「よしっ、行くぞ!」
三人は浮いた状態で森の木々を縫い、疾風さながらに駆け抜ける。
途中にはブレイソンが倒したベヒモスが何体か横たわっていた。
希少水晶はそのままで、この深部では素材の回収もままならない。
「こっちですっ!」
先頭のブレイソンが後ろを向いて叫ぶ。
全員で【探査】を使いながらベヒモスを避け、北に進路を変える。
周囲にベヒモスの反応はあるが、こちらを追撃してくる様子はない。
「ブレイソン、一旦停止だ!」
「はっ!」
「状況を確認!」
三人は【移動】を中止して脅威を警戒する。
ベヒモスの影はなく、周囲は静寂に包まれていた。
「危機は脱したな。ベヒモスを避けながら静かに戻ろうか」
「あーん、お腹が空いたわ。ブレイソン、何かない?」
女は場違にも普通過ぎるほど普通に話す。
やはり二人は顔見知りのようだ。
「まったく……」
ブレイソンは腰のポーチからエネルギーバーを取り出して差し出す。
携行食糧として冒険者ならば誰もが持ち歩いている甘味だった。
「水は補給したけど、食べるものがなくなって――」
女は旧知の仲のようにブレイソンに食料をねだり、そして食欲の話をする。
呑気なものだとシュンは呆れてから気が付いた。
「水の補給だと?」
「そうよ」
そう言ってバーを頬張った後に腰の水筒を外して水を飲む。
この奥の水場は魔境の中心部の先にある泉のことだ。
そしてそこは――。
「越境したのか!?」
「少しだけね」
口の水を拭いながら、女は悪びれずに言う。
それは協定違反でもある。
管区はあくまで国境の内側だ。
他国はシュンたちのように、ベヒモスの掃討を積極的に行わずに防衛に徹していた。
「力は温存する。馬までは歩くか、行くぞ!」
「はっ!」
立ち話をしてもしょうがないので、シュンは促し三人は移動を再開した。
幸いワイバーンも他のベヒモスも追ってくる気配はない。




