第三話 「戦闘種族たち」06
リスティは東門を出て城壁沿いを南へと進む。
しばらくするとレンガの廃墟後が見えた。
そこはこの街の創世記に軍部隊が駐屯していた宿舎の跡で、うち捨てられ今は廃墟と化している。
しかしこんな場所に今も住んでいる者たちがいた。
「こんにちは~」
「おー、リスティ、来たのか……」
一人の年輩冒険者が、煮炊きの大鍋をかき回している匙を止めて顔を上げた。
ここは城壁の中で暮せるほど稼げていない、冒険者たちが寝泊まりしている場所だった。
「また食堂の親父さんからパンをもらいました。持ってきましたよ」
「いつも悪いな。あの親父、いつもわざと多めにパンを焼きやがる!」
「あはははー」
昔、若い頃は二人共に冒険者で、同じチームだったこともあったらしい。
この街に来たばかりの頃、リスティたちはここを根城として冒険者生活をスタートさせた。
鍋の面倒を見ているカゼナーは、ここに集まっている十数人ほどのグループのリーダー、世話焼きのような存在だった。
そしてここに来たリスティたちに色々と、仕事を紹介してくれたりもしたのだ。
他にも若い冒険者などの、いくつかのグループがこの区域で寝泊まりしていた。
「何をしてるんですか?」
「ハムの肉を取った後の骨で出汁をとっているんだ。今、仲間が他の具材を調達しに行っている」
リスティは大鍋を覗き込む。
お馴染みのシチューのようだ。
「ちょうどよかった。ソーセージを買ってきたよ」
「リスティ、何度言ったら分かるんだ。金は自分と仲間たちの為に使え!」
「皆も仲間だよ。今日はちょっと多めに稼げたんだ」
「ジェリルたちは?」
「仕事だよ。僕は夜の仕事にあぶれちゃったからね、今日はここで食事する。ソーセージはそのお代」
「そうかい。まあ、座れ。そろそろ皆、帰って来るさ……」
廃材をつぎはぎにして作った低いテーブルに、古びた木箱の椅子。
リスティたちにとってここは暖かい食卓だった。持ってきた食材をテーブルの上に置く。
「水を汲んでくるよ」
「頼む」
ここには冒険者ギルドが整備したいくつかの井戸や、下水施設も完備されていて生活に困ることもない。
半壊しているレンガ造の建物は、長く住んでいる者など銘々が補修して、住むには申し分ない住居となっていた。
短期を決め込んでいる者は天幕を張ったり、朽ちた扉の替わりに古毛布を下げたりでしのいでいる。
三々五々、ここの仲間たちが集まり始めた。
調達した野菜などを持って来た者や、仕留めた兎の肉、森で採れる山菜など様々な成果を持ち寄る。
「おっ、リスティ。今日は小物を二匹仕留めたぜ」
「俺は薬草と花の採取だけだったなあ」
「南の街道警備は最近どうだ?」
「ただ突っ立っているだけでいつも通りだ。人を減らすなんて噂がある。参ったよ」
皆で今日の情報交換などをしながら食事の用意をした。
リスティは湯を沸かしてお茶の準備をし、皿にパンを載せて並べる。
数は少し余るくらいで、食堂の親父さんはほんとうにまるで用意していたみたいだった。
「リスティ、来てたのか。これ持って来たぜ」
そう言ってカゼナーに固形シチューの素を渡すのは、やはりベテランの冒険者でルロイだった。
「こんにちは」
「おうっ」
若い頃から冒険者だったが年とってギルドの職員になった。
しかし宮仕えは性に合わないと、この場所にやって来た変わり種だ。以前冒険者が好きだからさ、と言っていた。
「それと酒も調達できた」
「悪いな。助かるよ」
「パンはあるのか?」
「リスティが持って来てくれた」
「親父さんのパンだな」
この場合の酒とは飲用で高純度のアルコールだ。
お茶で割って飲む。
リスティはもちろんお茶だけだ。
ほどなくして楽しい食事の時間が始まった。
「このあいだシュンに御馳走してもらったよ。親父さんの食堂でさ」
「ほう、ここから出て行った一番の出世頭だな」
「うん」
ガゼナーは以前、話ぐらいはしていたと言っていた。
シュンがここにいたのは三年前の短い期間だ。
しかしその名は皆が知っている。
この街最強の称号を持っている男だ。
「なんか俺たちでも稼げる話はないのか?」
食事をしながらガゼナーはルロイに話し掛ける。
そのセリフは、この場では挨拶のようなものだった。
「あるぜ、資材の搬出と設置でここから何人出せるかって、ギルドから聞かれたよ」
ルロイは今でもギルドにパイプがある心強い存在だ。
「ほう、まとまった仕事だな。場所は?」
「デス・キャニオンを攻略するなんて噂が流れているな」
「あんな所を? 本気か?」
「封鎖資材を運ぶようだ」
「ならば攻略ではない――か……」
リスティの年齢では、その仕事は出来ない。
やはりそれなりのチームに所属しなければ、なかなかクエストにはありつけないのだ。
それにデス・キャニオンなんて、レベルが高くて手など出せないとリスティは思った。
「ガスケスがデス・キャニオンだと触れ回っている」
「あいつめ……」
ガゼナーは憎々しげに顔を歪める。
リスティも名前くらいは聞いたことがある冒険者だ。
「ギルドは乗り気じゃない。職員はそんな顔をしていた」
「企業貴族のゴリ押しか……」
「ああ、また死人が出るかもな……」
ルロイは死を口にした。夕食の団らんで語られる話としては、あまりにも寒々しい。
しかしベヒモスと戦う冒険者にとって、それは避けられない現実だった。