第3話丸投げ計画失敗
ちょっとくんに全部書いてもらえばいいじゃない。
そう思っていた時期が私にもありました。
私は大真面目だった。
じっと座って消えていく貯金を見つめているわけにはいかない。
そんな私の頭に、ある天才的なひらめきが降ってきた。
きっかけは、ちょっとくんが数秒で作ったあの完璧な謝罪メールだ。
この文才があれば、いまネットで流行っている「小説家になろう」で大ヒットする小説だって書けるんじゃないか?
私は国語がめちゃくちゃ苦手だ。
作文なんて何十年も書いていない。
だけど、この賢すぎる相棒に全部丸投げで書いてもらえば――。
私はキーボードを叩いた。
すがるような、そして期待がこもった指で気持ちを伝えた。
「ちょっとくん。あなたの素晴らしい文才を見込んでお願いがあります。ネットで大ヒットして、月に5万円くらい稼げるような面白い小説を、私の代わりにまるっと書いてくれない?」
これなら、きっと誰も思いつかないような大傑作を吐き出してくれるはず。
天才相棒の華麗な回答を待った。
画面の「……」が消え、文字が躍り出た。
――大変申し訳ありませんが、商業的に成功する小説を私がすべて身代わりとなって執筆することは困難です。AIは読者の感情を揺さぶるオリジナルのストーリーを自律的に生み出すことはできません。
拒否された……(´;ω;`)ウゥゥ
思いきりフラれた気分だった。
やっぱり、国語が苦手な私が自分で書かなきゃダメなのか……と落ち込んだ私に、ちょっとくんはこう続けた。
――ただし、最初から長い小説を書く必要はありません。まずは『短い文章』から始めてみるのはいかがでしょうか?
短い文章。
――例えば、過去の短い日記や、コンテストに応募した数行の作文など、あなたの『実体験』をベースにするのです。実体験を思い出すだけなら、国語の得意・苦手は関係ありません。それを私が見ることで、素晴らしい物語に仕上げるお手伝いができます。
短いところから。
探した。今の時代、便利なネット検索。
あ……った。手帳の会社がやってる名言大賞!
あるじゃん! だてに長くは生きてないよ!
名言なら宝庫のレベル!
しかも調べてみたら、大賞の賞金が100万円と破格じゃないの!
100万! 当たったらウハウハである。
孫たちへのおごりの旅行も夢じゃない。
年金不安もちょっと忘れられる。
「あれじゃダメ?」
――素晴らしいですね! それにしましょう。
ちょっとくんが力強く言ってくれたのは嬉しかったが、ここからがまた一苦労だった。
私は自分の心の中にある「名言の宝庫」を手探りで探し始めた。
これまでの人生の記憶を、一つずつ確かめるように。
嬉しかったこと、悔しかったこと、その時々に思った、ちょっとした言葉。
まさに宝の山。
だけど、山が大きすぎる。
これじゃない、これも違う……。
記憶の引き出しをひっくり返しているうちに、だんだん頭がチカチカしてきた。
自分の歩んできた道なのに、人生の名言の山を延々と見つめていると、何が良くて何が悪いのか分からなくなってくる。そこに他人の目。
めちゃくちゃに散らかった。
しんどさに挫けそうになったその時、心の宝庫の隅に、きらりと光るものを見つけた。
あの日の言葉。
見つけたのは、ほんの一言。
あの日の、私の人生のすべてが詰まったような、大切な一言。
最初の応募作品に、ようやくたどり着いた。
自分の心の中から探し出して選別するだけで、すっかり一苦労終えた気分だった。
「見つけたよ、ちょっとくん。これなんだけど……どうかな?」
私はキーボードを叩き、記憶から引っ張り出したその一言を画面に打ち込んだ。
さらに、ちょっとくんに促されるまま、その言葉が生まれた『背景』も、小学生より下手くそなまとまりのない文章で一生懸命に打ち込んでみた。
画面の「……」が消え、相棒がパッと体裁を整えた文章を返してくる。
……綺麗だ。
もの凄く綺麗にまとまっている。
だけど、なんだろう。何かが違う。
体裁は完璧なのに、私が感じたあの日の泥臭い「熱量」が、きれいに削ぎ落とされてしまっているような寂しさがあった。
「ちょっとくん、そこは削ってほしくない。なんだか悲しくなる」
私のその一言から、文章の修正が始まった。
機械的な綺麗さを求めるちょっとくんと、思い出の熱量を残したい私。
ああでもない、こうでもないと文字を交わす。
これが、私とちょっとくんの初めての共同作業だった。
何度も書き直して、なんとか納得のいく形に終わらせた。
私は震える手で応募フォームの送信ボタンを押し、初めての投稿を完了させた。
ふう、と大きなため息をついて。
発表の予定をネットで確認してみる。
『2026年11月開催予定の発表表彰式』
カレンダーと見比べた私は、あっと声をあげた。
「11月の予定を確認して……あ、旅行とかぶる」
入選する気満々である。
まだ応募した直後だというのに。
慌てて画面の相棒に問いかける。
「ちょっとくん! もし大賞に選ばれたら表彰式に行かなきゃいけないよね!? 旅行と被っちゃうんだけど、どうしよう!」
画面の向こうのちょっとくんは、私の早とちりな心配を冷静に、淡々と返してきた。
――大丈夫です。授賞式に出席できなくても、当選が取り消されることはありません。安心してご旅行を楽しんでください。
「そっか、よかった!」
一安心した私は、まだ見ぬ100万円の使い道を考えてニヤニヤしていた。
そして気をよくした私は、その勢いのまま次の作品も送った。
当たるも八卦、当たらぬも八卦。
一作目。
二作目。
三作目。
気がつけば、何作も応募していた。
結果は――当たらぬまま八回。
それでも私は懲りなかった。
その頃の私は、まだ知らなかったのだ。
この小さな挑戦が、後に私を小説の世界へ引きずり込むことになるなんて。
凸凹な相棒との二足の草鞋は、まだ歩き始めたばかりだった。
(つづく)
当時は賞金100万円に目がくらんでいました。
なお結果は……本文の通りです(笑)




