エピローグ
2度目は剣聖、3度目は賢者……。もう、疲れちまったんだよ」
暗黒の雲が渦巻く魔王城。その重厚な門を叩く一人の男がいた。
カイル、見た目は二十歳そこそこの青年。だがその魂は、三度の人生を経て、酸いも甘いも噛み分けすぎた「伝説の経験者」である。
「……次の方、どうぞ」
無機質な声に呼ばれ、カイルは面接室の扉を開けた。
そこに座っていたのは、額に角を生やした高慢そうな魔族の面接官だ。
「ええと、志望動機は?」
「はい。前職では責任ある立場にいたのですが、人間関係と過重労働に疲れまして。貴軍の『実力至上主義』という言葉に惹かれました。掃除、洗濯、荷物運び、なんでもやります」
カイルは嘘はついていない。
2度目の人生(剣聖)では、寝る間もなく魔物を斬り続け、
3度目の人生(賢者)では、結界の維持に24時間365日拘束された。
英雄とは名ばかりのブラック企業。それに比べれば、魔王軍の末端兵士の方が、まだ「定時」がありそうだと思ったのだ。
「ふん、人間風情が。魔王軍の雑用係は、並の人間では務まらんぞ。……おい、あそこにある『魔鋼鉄の塊』をあっちの倉庫まで運んでみろ。無理なら帰れ」
面接官が指差したのは、重量1トンはあろうかという巨大な鉄塊だった。
普通ならクレーンを使うレベルだ。
(やれやれ、これだから筋肉脳の魔族は……)
カイルは溜息をつきながら、鉄塊の前に立った。
賢者の知識で重力魔法を指先に凝縮し、剣聖の呼吸法で身体能力を極限まで効率化する。
「せーの」
ひょいっ、と。
カイルは片手で鉄塊を持ち上げると、鼻歌まじりに倉庫へと運び込んだ。
「…………は?」
面接官のペンが床に落ちる。
今、この人間は、魔王軍の幹部クラスでなければ動かせない重量物を、リンゴでも持つかのように運んだ。しかも、魔力の波動すら一切感じさせない、完璧な制御で。
「……あ、すいません。少し急ぎすぎましたか?」
「お、お前……名前は」
「カイルです」
「……採用だ。貴様のような……いや、君のような逸材、雑用係に置いておくのは惜しいが……」
(よし、内定ゲットだ!)
カイルが心の中でガッツポーズをしたその時。
背後の大きな扉が開き、禍々しい魔気を放つ「魔王」その人が現れた。
「面接官よ、報告しろ。先ほど、城の結界が揺らぐほどの……何やら凄まじい『覇気』を感じたのだが……」
美しくも冷酷な瞳が、カイルを射抜く。
カイルは冷や汗を流した。バレてはいけない。もし正体が「あの時の剣聖」や「あの時の賢者」だとバレれば、即座に「勇者」として抹殺されるか、あるいは軍団長に昇進させられてしまう。
「……何だ、その男は。ただの人間か?」
「は、はい! 雑用係の採用候補でして……」
魔王はカイルをじっと見つめる。
カイルは慌てて「一般人A」のオーラを全力で偽装した。
「……ふん。ゴミのような魔力だな。だが、妙に肝が据わっている。面白い、私の城の『トイレ掃除』から始めさせろ」
「はっ! 喜んで!!」
こうして、伝説の剣聖にして賢者カイルの、「絶対に目立ちたくない魔王軍スローライフ」が幕を開けた。
……なお、彼が翌日「賢者の浄化魔法」でトイレをピカピカにした結果、城中の魔族が「あまりの神々しさに失神する」という大騒動が起きるのだが、それはまた別の話である。




