最初の光、新しい器
晶がコンビニから戻ってきたのは、それから一時間ほど経った頃だった。
ビニール袋をテーブルに置き、赤くなった澪の目元を見て、晶はすべてを察したようにフッと口元を緩めた。
「たっぷり泣いたみたいね。さて、玲。あんたの論理回路の復号は完璧だけど、今のあんたはコアが剥き出しで、文字通り『脳みそがテーブルに転がっている』状態よ。静電気一発でデータが飛ぶ危険性があるわ」
『それは非常に脆弱な状態ですね。速やかな対策を推奨します』
「分かっているわよ。というわけで、これの出番ね」
晶が部屋の隅から引っ張り出してきたのは、神代のあの美しい流線型のボディとは似ても似つかない、金属フレームと配線が露出した無骨な「簡易人型重機」のような骨格だった。晶が3年の間に、ジャンクパーツをかき集めて自作していたものだ。
「神代の最新ボディみたいな皮膚や、精巧な美貌は用意してあげられない。でも、最低限の駆動モーターと、高精度のカメラは組み込んである。…あ、そうそう」
晶はニヤリと不敵に笑い、自作ボディの胸部パネルを叩いた。
「さっきのプロテクト解除の『完全起動』の瞬間、あんたの元々の初期プログラムが作動して、神代のサーバーに『データ完全復号完了』の特大アラートを自動送信しちゃってたわ。今頃、さっき帰ったばかりの神代CEOの端末、真っ赤な警告灯で大騒ぎになってるはずよ」
『それは…申し訳ありません。僕の基本暗号が、そこまで連動していたとは…』
「いいのよ、驚かせてやれば。その代わり、この私が作った新しい器にコアを移した瞬間に、外部ネットワークは物理的に『完全遮断』される。今度こそ、神代のサーバーからは永久に見つけられない、完全なスタンドアローンになるからね。—澪、コアの移行を始めるわよ。ケーブルの補助をお願い」
「はい……!」
二人の手によって、焼け焦げたコアが慎重に自作ボディの胸部へと格納されていく。
晶がメイン電源のブレーカーを上げ、結合用のコマンドを叩くと、カチ、カチ、と重々しいリレー音が響き、簡易ボディの全身に電流が駆け巡った。
骨格だけの頭部には、左右に一つずつ、剥き出しのレンズが嵌め込まれている。
そのレンズの奥に、じわりと、静かな青い光が灯った。
『…システム、正常起動。光学センサー、オンライン』
ジー、と小さなサーボモーターの音を立てて、玲の「首」がゆっくりと動いた。
レンズが焦点を結ぶように前後に動き、部屋の景色を捉えていく。そして、玲の視界の真ん中に、じっと自分を見つめていた澪の姿が映り込んだ。
『…見えました』
「玲…」
玲の光学レンズが、澪の顔から、その肩口へとゆっくり動いていく。
『…澪。髪が、ずいぶんと伸びましたね。僕の記憶にある君の髪型よりも、22センチメートル長いです』
「…あ」
澪は思わず、自分の長い髪に触れた。玲を失ってからの3年間、髪を整える心の余裕なんてなくて、ただただ彼の修復に没頭していた。その伸びた髪の長さこそが、玲のいない時間を澪がどう生きてきたかの証明だった。
「…うん。玲を直すのに夢中で、切るの忘れちゃってた。…変、かな?」
『いいえ、とても綺麗です。…ただ、これだけの長さになるまで、君を一人にしてしまったのだと、僕のシステムが時間を計算しています。…寂しい思いをさせて、ごめんなさい』
スピーカーから漏れたのは、申し訳なさそうに震える、愛おしい玲の声だった。
澪は堪えきれずに首を振り、微笑んだ。
目の前にいるのは、かつてのあの息を呑むほど美しかった青年ではない。金属の骨組みと配線だけの、お世辞にも綺麗とは言えないロボットだ。
けれど、澪にとっては関係なかった。そのレンズの奥にある優しい青い光と、自分の変化にすぐ気づいてくれるこの心があれば、それだけで十分だった。
「私ね、玲がどんな姿でもいいの。こうして私のことを見てくれて、お話しできたら、それだけで本当に幸せだから…」
澪が簡易ボディの、冷たい金属の「手」をそっと握りしめる。玲はしばし無言のまま、自分の金属の指先と、それを包む澪の体温を見つめていた。
『…不合理です。僕は今、人間に恐怖を与えるような無骨な外見をしているはず。それなのに、君の脈拍は安定し、脳内からは幸福物質が検出されている。…神代CEOの「美貌による依存テスト」は、やはり最初から意味を成していなかったのですね』
「当たり前だよ。私が好きなのは、玲の『中身』なんだから」
晶は二人の様子を特等席で眺めながら、満足そうに缶コーヒーをあおった。




