途方もない修復
あれから、澪と晶の果てしない修復作業が始まった。
神代テクノロジーズでの激務を終えた後、晶が澪のマンションを訪れるのは、いつも夜の九時を回ってからだった。そこから深夜、時には明け方まで、二人の秘密の作業が続く。
「…くっ、やっぱりこの第2セクターのニューロン配線、完全に炭化してるわね。結合液すら弾かれる」
モニターの強烈な光に照らされた晶の顔には、濃い疲労の色が滲んでいた。
神代CEOが「物理的に修復不可能」と切り捨てたのは伊達ではない。玲のコアは、澪の感情を処理し隠蔽するために限界まで自らを酷使し、熱暴走で内部の回路が焼き切れていた。それに加えて、澪を庇ったあのバイク事故の強烈な物理的衝撃がトドメとなり、ひしゃげて完全に破壊されていたのだ。
「普通のエンジニアが見たら、絶望して1時間で放り出すレベルの破損状況よ。焼け焦げた髪の毛より細い何億もの神経回路を、一つずつ顕微鏡レベルで手作業で繋ぎ直してるんだから。…気が狂いそう」
「…ごめんなさい、晶さん。私のせいで、こんな過酷な作業に」
「謝らないでって言ってるでしょ。私がやりたくてやってるんだから」
晶はブラックコーヒーを飲み干し、不敵に笑った。
ふと視線をやると、部屋の隅では新しいA-01が目を閉じ、静かに佇んでいた。晶が作業中のみ強制的にスリープモードへと移行させ、視覚センサーと音声マイクを完全にシャットダウンしているのだ。神代のサーバーには、彼が稼働して澪のバイタルを計測しているというダミーデータが絶え間なく送られ続けている。
「私が指示した通りにマニピュレーターの補助をこなすあなたも、たいがい異常よ。素人がたった数週間で覚えられる操作量じゃないわ」
「…玲を直すためなら、なんだってやります」
澪は、テーブルに固定された焦げたコアを静かに見つめた。
途方もない作業の連続。数ミリの回路を修復するのに何日も費やすこともざらだ。それでも、澪の心に焦りや絶望はなかった。
コアの奥深くで、玲が一人で澪を待っている。あの冷たいデータの海の中で、彼が澪のために何重もの盾を作って待っていてくれているのだ。
「それに、絶望的な状況なのは確かだけど、少しずつ確実に繋がってきてるわ。彼の残した分断されたデータ層に、物理的な『橋』がかかりつつある」
晶は空になったマグカップを置き、再びモニターに向き直った。
「今日は第3セクターの入り口まで繋ぐわよ」
「はいっ」
季節が移り変わるのも忘れるほど、二人は来る日も来る日もコアと向き合い続けた。
どれだけ時間がかかろうと、この手で必ず迎えに行く。静かな執念だけが、澪の胸を熱く満たしていた。




