機材の搬入
数日後、神代テクノロジーズが手配した搬入業者によって、マンションに次々と大掛かりな修復機材が運び込まれてきた。
幸福実験のために会社からあてがわれたこの高級マンションは、普段なら一人で暮らすには無駄に広いリビングを持て余していたが、今日ばかりはその広さに救われた。精密マニピュレーターや、巨大な解析モニターなど、およそ個人の住宅には不釣り合いな無骨な最新鋭のラボ機材が、次々と部屋の空きスペースを埋めていく。
澪は邪魔にならないよう部屋の隅に立ちながら、重い機材を黙々と運ぶ『作業用ヒューマノイド』たちをぼんやりと見つめていた。
彼らも二足歩行こそしているが、動くたびに「ウィーン」と微かなモーター音を響かせている。表面の素材は硬質な強化プラスチックで、関節の結合部もむき出しだ。荷物を置く動作もカクカクとしており、あくまで「作業に特化した機械」であることを隠そうともしていない。
澪は視線をずらし、すぐ傍らに静かに佇んでいる新しいA-01を見上げた。
彼は呼吸をするように静かに胸を上下させ、関節の駆動音など一切聞こえない。透き通るような肌の質感や、自然に瞬きをする長い睫毛。滑らかな視線の動かし方は、どう見ても血の通った生身の青年にしか見えなかった。
「…やっぱり、あの個体たちとA-01は全然違うね。並んでいると、あなたが機械だなんて信じられないくらい」
澪が何気なく呟くと、A-01は微かに首を傾け、極めて人間らしく滑らかな声で答えた。
「はい。労働力としての量産性と耐久性を重視した個体らと、神代CEOの思考モデルをベースにした特別仕様のプロトタイプでは、設計思想も製造コストも根本的に異なります」
「コスト…」
「ええ。例えば、私のこの腕一本を覆う生体模倣皮膚と微細センサー群だけで、彼ら作業用モデルが数体買える額になります。中枢の量子ニューロプロセッサや特注パーツを含めた全身の製造コストとなれば…郊外に立派な一軒家が建つ、数千万円規模にはなるかと」
「す、数千万…」
澪は思わず息を呑んだ。
ごく普通の一般家庭で育った澪には、おいそれと手の出せる金額ではない。実験の莫大な報酬をすべて注ぎ込めば買えなくはないかもしれないが、その後の莫大なメンテナンス費用を考えれば、個人が所有するなど到底不可能な代物だ。
A-01が目視だけでバイタルを完璧に読み取り、微細な表情筋から感情を解析できるのも当然だった。
玲は、そんな途方もない価値を持つ完璧な論理の結晶の中に、偶然生まれ落ちた、たった一つの愛しい『バグ』だったのだ。
「全機材の設置および、電源回線の確保が完了しました」
作業員の一人が、事務的な声で澪に報告した。
「…あ、ありがとうございます。ご苦労様でした」
澪が慌てて頭を下げると、業者と作業用ヒューマノイドたちは速やかにマンションから退室していった。
静けさが戻ったリビングの半分を占拠する、冷たい金属の塊たち。神代蓮司は「どうせ素人には直せない」と高を括ってこれを提供した。だが、蓮司が用意してくれたこの最新機材こそが、玲を救い出すための最大の武器になる。
「…ありがとう、神代CEO。この機材、有効に使わせてもらうね」
澪はピカピカの最新機材と、テーブルの上に置かれた焦げたコアを見つめながら、誰にも聞こえない声で呟いた。




