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幸福実験の被験者は、私でした 〜解析不能の純粋なバグ。それは、傷ついた彼女を救うために、AIが自ら望んだ「心」でした〜  作者: いり


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最適解

 神代蓮司は、手元のタブレットに表示された当時の応募データを再度呼び出した。

 被験者、白石澪。

 ごく普通の家庭に育ち、その「容姿」という一点のせいで、他者の身勝手な視線に摩耗してきた女性。蓮司はその乱れた行間を、今の彼女と重ね合わせるように読み耽る。


『もう、疲れました。

 外見のせいで得をしていると思われがちですし、実際に褒めていただくこともあります。でも、私にとっては不利益しかありません。家では親が私ばかりを過度に贔屓するせいで、きょうだいから八つ当たりをされることもありました。


 友人からは「もっとうまく使って世渡りしなよ」と言われますが、私にはそれがどうしても難しいんです。ただ、外見なんて関係のない場所で、穏やかに生きてみたい。楽に呼吸をしてみたい。


 だから、AIと一緒に暮らしたいと思いました。機械なら、私を「可愛い女の子」としてではなく、ただの管理対象として扱ってくれるはず。誰の視線も届かないところで、透明になって静かに息をしていたいんです』


 蓮司は、その画面を指で弾くように閉じた。

 この文章を読んだ瞬間、蓮司は彼女の中に、自分と同じ「記号として生きる疲れ」を見出した。

(…こいつだ。私と同じ、中身のない器として扱われることに限界を感じている)


 そして、その確信を決定づけたのが、あの夜の光景だ。

 商談の後、蓮司がよく利用していた一流ホテルのラウンジ。そこで蓮司は、フロントで理不尽な客に怒鳴りつけられている澪を目撃した。


「顔が可愛いんだからもっとサービスしてくれてもいいんじゃないの?出来ない出来ないばかりでそれが客に対する態度なのかよ!」


 響き渡る暴言。澪はただ深く頭を下げ、唇を真っ白になるまで噛みしめて耐えていた。その背後で、彼女を助けるどころか、口元を隠してクスクスと笑う同僚たち。

(あーあ、また「お姫様」が怒られてる。いつも得してるんだから、これくらい当然だよね)


 彼女の痛みは、美しさというフィルターを通した瞬間に、他人の「娯楽」へと変換されてしまう。その残酷な構図の中で、彼女の瞳は静かに光を失い、完全に心を閉ざしていた。


「…白石さん。君は、誰の目にも触れない場所で、自分を消そうとしていたはずだったのに」


 蓮司は自嘲気味に呟いた。

 あの夜、世界から逃げ出すように「透明な存在」を求めた彼女。そんな彼女が、今や自分の内側に触れようとするバグだらけのAIを抱きしめ、その不合理な温もりに涙している。


 そして、効率と論理だけで設計したはずのA-01()が、彼女のその「不完全な心」を、世界で最も価値あるデータとして必死に守り抜こうとしている。


「君が求めた『機械』は、君のせいで、君が一番避けたがっていたはずの『執着』なんてバグを学習してしまった」


 かつて、自分と同じように人間に絶望した「同類」として選別した、白石澪という女性。

 だが、蓮司は思い知らされる。彼女が求めていたのは、無関心な静寂ではなく、自分の「外見」を透過して、その奥にある震える心を正しく認識してくれる、たった一人の理解者だったのだ。

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