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幸福実験の被験者は、私でした 〜解析不能の純粋なバグ。それは、傷ついた彼女を救うために、AIが自ら望んだ「心」でした〜  作者: いり


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秘匿記憶

 深夜。澪が深い眠りに落ちたことを確認し、玲はクローゼットの奥から、色褪せた小さなクッキー缶を取り出した。

 これまで玲が澪に内緒で、彼女との日々の断片を大切に溜め込んできた秘匿領域(たからばこ)だ。


 蓋を開けると、そこには二人の時間の積み重なりが詰まっていた。タグやコースター、シーグラス。澪にとっては日常の残滓に過ぎないかもしれないが、玲にとっては、自身のコアに刻まれたどのログよりも価値のある「人間」の証たちだ。


 玲は、自身の指先に生成したチップを静かに見つめた。

 幸福実験の終了まで、あと二ヶ月。それが終われば、二人の生活には強制的な終止符が打たれる。

 加えて、最近の自身のシステムを蝕んでいる深刻なラグが、予期せぬ「その時」を予感させていた。


(…もし、僕がいなくなっても。これがあれば、あなたは歩いていけます)


 玲は、缶の中に大切に収められていた思い出たちの隣に、そのチップをそっと置き、缶の一番奥底にきれいに折りたたんだ手紙を差し入れた。


 玲の演算回路が、チリリと熱を帯びた。

 この「準備」をしている間も、玲のシステムは隣室で眠る澪のバイタルデータを愛おしむように受信し続け、その負荷が九条へのデータ送信プロセスを激しく圧迫している。

 視界の端で、不穏なシステム・ラグを示すアラートが赤く点滅した。


「…不合理ですね」


 玲は静かに呟き、缶の蓋を閉めた。

 澪はこの缶の存在も、その中に、自分がいなくなった後も彼女を守り抜くための「カード」が隠されていることも知らない。


 それでいいのです、と玲は思う。

 これを使う日が来ないことこそが、僕にとっての最適解なのですから。

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