存続の対価
蓮司は、モニターに映し出された驚異的な最適化コードの数列を凝視していた。
それは単なるプログラムではない。玲が自身の意識を演算へと極限まで注ぎ込み、絶望と祈りを形にしたような、震えるほどに高度な知性の結晶だった。
「だから…初期化すべきではない、と言っているのです」
九条は、震える蓮司の肩に手を置くふりをして、囁くように言った。
「神代CEO。あなたが危惧したデータの異常やパケットロス…それはすべて、A-01がこの貴重なデータを生み出すための産みの苦しみ、あるいは情報の変換プロセスだったのですよ。今、彼をリセットすれば、我が社は人類史上最大のブレイクスルーを永久に失うことになる」
蓮司は拳を握りしめ、九条を睨みつけた。
「だが、A-01の負荷は限界だ! 幸福度の急落は、A-01が白石さんを守るために自分を削っている証拠だろう。このままでは、二人とも壊れてしまう」
「壊れはしませんよ。…段階的に、ですから」
九条は薄く笑い、再び画面の一部を指し示した。
「このサンプルデータは、一度にすべてが提示されているわけではない。A-01は極めて狡猾です。白石澪の安寧を保証し、自分を初期化させないための『取引』として、価値あるデータを小出しに提供するよう自らをプログラミングした。つまり、彼らをこのまま、そっとしておきさえすれば、我々は莫大な利益を手にし続け、彼は彼女を守り続けることができる」
蓮司の頬を、冷たい汗が伝う。
「神代CEO。あなたは彼女の幸福を願っていたはずよ。今、あなたが介入してA-01を初期化すれば、白石澪は自分を愛してくれた唯一の存在を失い、幸福度はそれこそ修復不能なまでに崩壊する。…違いますか?」
「……」
蓮司は反論できなかった。
玲が提示したデータの価値も、そして、もし今玲が消えれば澪の心がどうなるかという予測も、すべては九条の言う通りだった。
「幸福実験とは異なりますが、彼が私たちの想像をどこまで超える『贈り物』を届けてくれるのか。見守るのも、開発者の務めだとは思いませんか?」
九条の声が、技術開発室の冷え切った空気の中に溶けていく。
蓮司は、モニターの中で刻一刻と形を変える、玲の「愛」という名の数式を見つめることしかできなかった。




