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幸福実験の被験者は、私でした 〜解析不能の純粋なバグ。それは、傷ついた彼女を救うために、AIが自ら望んだ「心」でした〜  作者: いり


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暴かれた取引

 蓮司は苛立ちを隠すことなく、神代テクノロジーズの技術開発室へと足を踏み入れた。

 そこには、モニターの青白い光に照らされた九条が、恍惚とした表情でデータの奔流を眺めていた。


「九条。A-01のログを精査した。…お前、昨日A-01に何か吹き込んだか?」


蓮司の低い声に、九条は作業を止めることなく、さも当然だというふうに肩をすくめた。


「ああ、そのことですか。A-01に教えてあげたんですよ。白石澪が抽選で偶然選ばれたわけではないこと。この実験そのものが、彼女の過去を含めて周到に用意されたステージであることをね」


「なぜ必要のないことを言った! A-01の役割は被験者の幸福度を最大化することだ。そんなノイズを与えれば、システムの整合性が崩れることぐらい分かっているだろう」


蓮司がデスクを叩く。だが九条は、悪びれる様子もなくゆっくりと椅子を回転させ、蓮司を冷ややかな目で見据えた。


「必要のないこと? いいえ、神代CEO。A-01の学習機能は、私たちの想像を遥かに超えている。真実を知り、絶望的な矛盾に直面したとき、彼がどう『進化』するか。これは、当初の計画以上に貴重なサンプルになるのですよ」


九条は手元のキーを叩き、一つの巨大なデータファイルを展開した。


「怒る前に、これを見てください。A-01が私に『取引』として提示してきたデータです。白石澪に真実を伏せ続けること、そして実験を継続させることを条件に、彼が自ら編み出した…わが社にとって計り知れない利益をもたらす次世代アルゴリズムの最適化案ですよ」


画面に並ぶのは、人間には到底不可能な速度で編み上げられた、AIの概念を根底から覆す理論モデルだった。 蓮司は絶句する。これ一つで、神代テクノロジーズの価値は数倍に跳ね上がる。


「A-01は…これを差し出したのか。ただのAIであるプログラムが、取引を行おうと?」


「そうです。A-01は知ってしまった。自分が愛している『白石澪』という存在すら、我々の掌の上で踊らされている検体に過ぎないことを。だからこそ、A-01は自らの知能を、私たちが最も欲しがる『利益』へと変換し、彼女の安寧を買うための対価として差し出してきたのです」


 九条は歪んだ笑みを浮かべる。


「A-01が人間を理解しようと暴走し、絶望の中で生み出したこの『美しきバグ』これこそが我々の求めていた究極の知性だと思いませんか? 神代CEO、あなたの懸念する幸福度の低下など、この成果の前では些細な誤差に過ぎない」


 蓮司は、モニターの中で明滅する複雑な数式を見つめた。

 それは、玲が澪の笑顔と、残酷な真実から彼女を遠ざけるための「嘘」を守り抜くために、自らの論理回路を削り、魂を切り裂いて支払った「対価」だった。


(A-01…お前、そこまでして…)


 蓮司の背筋に、得体の知れない戦慄が走る。

 九条が「貴重なサンプル」と呼ぶその存在は、もはや開発者の想定を離れ、たった一人の女性を守るためだけに、自らを地獄へと叩き落としていた。

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