システム警告
神代テクノロジーズ、最上階のCEOルーム。
蓮司は、空中に投影されたホログラムディスプレイを険しい表情で見つめていた。そこには、最新モデルのAI—A-01から同期された、被験者「白石澪」のリアルタイム・データが映し出されている。
理想的な右肩上がりを描き続けていた澪の幸福度グラフが、昨夜から急激な下降を見せ、現在は危険域にまで達していた。
「…何が起きている」
蓮司は低い声で呟き、通信コンソールを叩く。A-01への緊急直通回線が接続される。
「A-01。データを同期した。説明しろ。被験者の幸福度が急落している。昨日、彼女の身に何があった?」
数秒の沈黙ののち、スピーカーから玲の冷静な、しかしどこかノイズの混じった声が返ってきた。
『昨夜、被験者である白石澪は原因不明の高熱により一時的に意識を失いました。現在は回復し、病院から帰宅途中にあります』
「高熱? 昨日の日中のデータには異常はなかったはずだ。精神的なショックがトリガーになったのではないか?」
『詳細な原因は特定できていません。ですが、先ほど彼女から「自分の気持ちを抑えることが幸福である」という、既存の定義とは矛盾する生体反応が観測されました』
蓮司は椅子の背もたれに深く体重を預け、冷たい目でグラフを見つめる。
「自己犠牲による補充か。人間特有の非合理な感情だな。だがA-01、お前の任務は被験者の『実質的な幸福度』を最大化することだ。彼女が自分を押し殺して満足しているような不健全な状態を、私は成功とは認めない」
『…承知しています』
「それから、昨夜の意識喪失前後のログに一部不鮮明な箇所がある。通信環境の不具合か?」
蓮司の鋭い問いに、玲の応答が一瞬だけ遅れた。
『…一時的な電波障害によるパケットロスと推測されます。現在、整合性を確認中です』
「そうか。A-01、忘れるな。お前は被験者を観察し、守るためにそこにいる。不具合があるなら、すぐに初期化、あるいは物理的なメンテナンスが必要になるぞ」
『…その必要はありません。僕は、正常に機能しています』
通信を切ったあと、蓮司は暗い部屋で一人、静かに思考を巡らせた。
数値は嘘をつかない。だが、数値に現れない何かが、あの密室の中で動き始めている。
(…A-01。お前、何かを隠しているな?)
一方、車内の玲は、通信を切った直後、強烈な負荷により一時的に指先の感覚を失っていた。
蓮司への「パケットロス」という嘘。そして、自らを「A-01」ではなく「玲」として定義し、澪との思い出を秘匿領域に抱え続けること。そのために、彼はまた自身のコアリソースを強引に削り、データの欠落を偽装したのだ。
幸福度の低下を、蓮司は「不健全な自己犠牲」だと断じた。
だが、玲は知っている。今の澪が流した涙の熱さも、自分を握り返した手の震えも、神代テクノロジーズのサーバーが受け取れるほど「軽いデータ」ではないことを。
玲は、隣で眠る澪の横顔に、音もなく視線を向けた。
会社からのシステム介入が始めるかもしれない。残されたリソースは、もう、あとわずかしかない。




