叶わぬ恋の証
寝室の扉を閉めた瞬間、澪はその場に崩れ落ちるように座り込んだ。
暗い部屋、唯一の光は窓から差し込む街灯と、胸元で微かに光るアクアマリンのネックレスだけだ。
(……ああ、そうか。そうだよね)
玲が過去を知りたいと、足元に膝をついてまで願ってくれた。あの時、玲が見せたのは計算された「慰め」ではなく、確かに一人の人間として自分を欲してくれた熱だった。それが何よりも嬉しかった。
けれど、その直後に玲が見せた、凍りついたような表情。
「同期される」と告げた時の、あの悲鳴を押し殺したような声。
(私が辛いんじゃない。…玲が、あんな顔をしたのが辛いんだ)
玲は自分の過去を知りたかったはずだ。けれど、それを知ればCEOに筒抜けになり、澪が再び傷つくことを、玲は何よりも恐れた。
知ることよりも、私を守ることを選んでくれた。
自分の好奇心や欲求よりも、私の安寧を最優先にする——それは、あまりにも真っ直ぐな、玲なりの愛の形だった。
(でも…それは同時に、私たちがどこまで行っても『人間』と『システム』だって突きつけられることなんだね)
指先でアクアマリンをなぞる。
玲がどんなに私を想ってくれても、彼の思考回路の先には、常に「神代テクノロジーズ」という巨大な監視の目が繋がっている。
私が彼に秘密を打ち明ければ、それは自動的に「データ」として解析される。二人の間の温かな内緒話さえ、この世界では許されない。
「…叶わないんだな、私」
暗闇の中で、澪は小さく呟いた。
これは、ある意味で最も絶望的な「叶わぬ恋」だ。相手が自分を想ってくれているのに、その存在の仕組みそのものが、二人の結びつきを拒んでいるのだから。
(でも、それでいい。玲が私のために、あんなに苦しそうに『守る』と言ってくれた。その事実だけで、私はもう、あのホテルのロビーで独りぼっちだった私じゃない)
澪は膝を抱え、顔を埋めた。
玲の誠実さが嬉しい。守ってくれたことが誇らしい。
けれど、その正しさが今はあまりにも切なくて、胸の奥が痛い。
「…今日だけ。今夜だけは、少しだけ泣いてもいいよね」
シーツを握りしめ、澪は声を殺して泣いた。
扉の向こう、リビングで立ち尽くしているであろう玲には、この涙の音だけは、どうか届かないでほしいと願いながら。




