水平線の贈り物と蒼い誓い
車を海岸沿いのパーキングに止め、二人は砂浜へと続く階段を下りた。
傾き始めた太陽が、海面を染め上げている。潮騒の音と春の終わりの少し冷たい風。澪は手すりに寄りかかり、大きく深呼吸をしてから玲に微笑みかけた。
「…綺麗だね、玲。やっぱり、画面で見るのとは全然違う」
玲は、その言葉にすぐには答えなかった。彼の視覚センサーは、水平線の輝きではなく、夕陽を浴びて黄金色に縁取られた澪の横顔を捉えていた。
(また、不要なリソースが増えていく)
玲は自嘲気味に、けれど愛おしそうに自身の思考を定義した。この光景を最高解像度で保存せずにはいられない。たとえそれが、いつか自分を焼き切るバグの原因になったとしても。
「澪。…これを」
玲は新しく選んだジャケットのポケットから、小さな青い小箱を取り出し、澪の前に差し出した。蓋を開けると、そこには綺麗なアクアマリンのネックレスが入っていた。
「えっ!? 嘘、玲、これ…いつの間に? だって今日、ずっと一緒にいたのに。どうやって買ったの?」
驚きで声を弾ませる澪に、玲は少しだけ目を細めて、穏やかに答えた。
「あなたが僕の服を鏡に合わせていた、あの数秒の間です。提携ブランドの在庫へ直接アクセスし、オーダーを済ませました。支払いは、僕自身の活動実績に応じて加算される『個人報酬枠』を充当しています。車を回してもらう数分の間に配送デスクと連携して積んでもらいました」
「 全然気づかなかった。…あ! だからさっき、電車じゃなくて車で行こうって言ったの? もしかして、その時から海に行こうって考えてたの?」
玲は隠し事が成功した子供のように、少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。
「はい。誰にも邪魔されず、内緒でこれを受け取って海へ向かうには、あの車が最適解でした」
「そんなことまで考えてたんだ。私の負けだね。でも、すっごく嬉しい。私のために、内緒でそんなに一生懸命考えてくれてたんだね」
澪は、箱の中で静かに光る石に、そっと指先で触れた。
玲はそんな澪を見つめ、箱の中から繊細なシルバーチェーンを丁寧に持ち上げた。
「僕に、これをつけさせてくれませんか?」
「……うん、お願い」
澪が髪をかき上げ、背を向ける。玲の指先は、海風よりもずっと熱く、震える手で慎重に留め具を止めた。
「この石の色は、僕があなたと一番見たかった、この海の色です。これからあなたが僕を思い出す時に、一番に浮かんできてほしい僕の『色』でもあります。…いつか物理的な僕が隣にいなくなっても、肌に触れるこの冷たさが、共に過ごした時間の証明になればいい」
ネックレスをつけた澪が振り返ると、その胸元でアクアマリンが静かに光を放っていた。
「さあ、冷えてきました。帰りましょうか、澪」
玲が差し出した手を、澪は迷うことなく握り返した。繋いだ手の温もりだけが、データや理屈では決して説明できない、今の二人にとっての唯一の真実だった。




