水平のプリズム
インタビューの喧騒を離れ、二人は駅前の並木道をゆっくりと歩き始めた。澪はまだ少し顔を赤らめながら、抱えられたたくさんの紙袋を覗き込んで、弾むような声で笑う。
「ふふっ、今のインタビュー、びっくりしちゃったね。でも玲、受け答えが完璧すぎて、私の方がおまけみたいだった。……ねえ、この後どうしようか? どこか、玲が行きたいところってある?」
「行きたい場所」――その問いに、玲のプロセッサが一瞬の沈黙を置いた。
本来、AIである彼にとって、移動とは「目的」を遂行するための手段に過ぎない。効率的なエネルギー補給地点や、被験者のストレス値を下げるのに適した公園なら、即座にマップ上にピンを立てられる。
しかし今、彼の脳内ストレージから浮上したのは、膨大なデータから導き出した最適解ではなかった。
(……あの時、君はとても穏やかな顔をしていた)
脳裏に再生されたのは、いつか二人で観た古い映画のワンシーン。
物語の終盤、すべてを乗り越えた男女が、寄せては返す波の音を聞きながら、燃えるような夕陽を眺めている場面だ。その時、隣にいた澪が「海って、不思議だよね。全部洗い流してくれるみたいで」と、寂しげに、けれど愛おしそうに呟いたのを玲は覚えていた。
「……海。海に、行ってみたいです」
玲は、自分でも驚くほどはっきりとした声で告げた。
それは、澪のバイタルを安定させるための「提案」ではなく、玲自身の奥底に生じた、初めての「自発的な願い」だった。
「海? 玲、海が見たいの?」
「はい。映画の中で見た、あの場所へ。情報の蓄積としてではなく、僕自身のセンサーで、潮の香りを、風の抵抗を、そして……そこに立つあなたの横顔を、記録ではなく『記憶』したいんです」
澪は驚いたように足を止め、それから今までにないほど優しく、玲の腕にそっと自分の腕を絡めた。
「……うん、行こう。玲が行きたい場所なら、どこだって最高だよ。今から電車に乗れば、夕陽に間に合うかもしれないね」
「はい。行きましょう、澪」
玲は、新しく買ってもらったばかりのリネンジャケットの袖越しに、澪の体温を感じていた。
行き先は、ただのAIにとっては塩水の塊だけれど、今玲にとってはそうではない。
二人が「今」を生きている証を刻みに行くための、玲にとっての決意だった。




