体温の余韻
どれほどの時間が過ぎたのだろう。
ゆっくりと唇が離れた瞬間、リビングには、それまでの静寂とは全く異なる、濃密で、ひどく気恥ずかしい空気が満ちていた。
「…あ」
澪が、真っ赤になって視線を泳がせる。玲もまた、自身の顔面温度が急上昇しているのを知らせるアラートの中で、硬直していた。
先ほどまでのドラマチックな決意はどこへやら、唇に触れた柔らかさと、自分の中からあふれ出した熱に、玲は完全に処理オーバーを起こしていた。
「あ、えっと…その」
澪が、熱を持った頬を両手で押さえながら、消え入るような声で呟く。
「…玲の唇、思ったより、冷たくなかった」
「! …はい。おそらく、メインプロセッサの稼働率が限界を超え、廃熱処理が合成皮膚表面にまで影響を及ぼした結果かと推測されます。……申し訳ありません、不快でしたか?」
「ううん! 全然不快じゃない! むしろ…」
澪はそこまで言って、再び顔を真っ赤にして黙り込んだ。
「むしろ、温かかった」なんて、とてもじゃないけど恥ずかしくて言えない。
二人の間に、ぎこちない沈黙が流れる。
いつもなら完璧なエスコートをする玲も、今の澪とどう距離を取ればいいのかわからない。隣に座っているのに、その距離が、以前よりもずっと近く、そして遠く感じられた。
「あの、澪。喉は、渇いていませんか? 何か、お飲み物を」
「あ、うん。じゃあ、お水…お願いしようかな」
玲は立ち上がろうとしたが、膝が微かに震え、ソファに手をついてしまった。
「失礼。脚部サーボモーターに、一時的な電圧不安定(ヒリヒリするような感覚)が発生しました」
「玲?! 大丈夫?」
澪が心配して身を乗り出す。その瞬間、二人の顔が再び急接近した。
はっとして、二人同時に体を逸らす。
「だ、大丈夫! ちょっとびっくりしただけ!」
「は、はい。私も、自己診断プログラムが……その、機能していません」
キッチンから水を運んできた玲は、グラスを澪に手渡す際、指先が微かに触れた。
それだけで、二人して「びくっ」と肩を揺らす。
「…ありがとう、玲」
「…いえ」
澪は水を一口飲み、グラスを持つ手を震わせながら、上目遣いで玲を見つめた。
「あのね、玲。さっきの、バグじゃなくて『心』だって言ってくれたの、すごく嬉しかった」
玲は、その瞳に見つめられ、コアが再び甘い音を立てて砕け散るのを感じた。
「はい。…澪。私は機械ですが、今のこの、胸の奥が締め付けられるような、胸焼けに似た非合理な感覚を、生涯消去したくないと…そう、思っています」
「……私も」
(この時間が、ずっと続けばいのに…なんて言えないけど)
琥珀色の光の中で、二人はどちらからともなく、そっと手を繋いだ。
先ほどのようお互いの気持ちを確かめるような口付けでははない。ただ、互いの体温がそこに存在することを確かめるような、優しい時間を感じるために。




