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異世界のサバンナはロマンとロマンスに溢れている!  作者: 乃尉 未央
~迫りくる狂信者の影と、古の聖盤~
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第二章 ~迫りくる狂信者の影と、古の聖盤~(二)

 クレアは跳躍し、軽々と悠の頭の上を飛び越えていった。隣にはレイラが続く。長い金色の髪の残像とレイラの黒いしなやかな体躯の残像が、まるで金色の光と黒い風のように谷の入り口を飛び出していく。その少し後ろから悠が続くが、みるみるその差が開いていく。悠が到着するころには、クレアたちは見張り台の背後にある巨木の上に身をひそめながら、遠くを見据えていた。


「来る…」


 地平の向こうに、揺れるシルエットが現れた。影が徐々に大きくなってくるにつれて、その正体が露わになった。それは、四つ足の動物の上に直立する男の姿だった。天を突くように湾曲した一対の角。肩の盛り上がった背中の毛を逆立たせた、ヌーだ。日本ではウシカモシカとも呼ばれるその獣の背に、男は腕を組んだまま微動だにせず立っていた。


「あの人、動いているヌーの背中で全く揺れてない…。すごいバランス感覚だ。それに後ろにも人が…12…13…」


「あれはただのヌーじゃない…使役獣バヤンガンね。でも、相手がヌーならレイラの敵じゃないわ」


使役獣バヤンガン守護獣ホダムとはどう違うの?」


「ホダムは守護者であり…常に寄り添う魂。バヤンガンは術者の目的によって呼び出される道具。その意味は、この戦いが終わればわかるわ」


(意味が分かるって…どういうことなんだろう?)


ヌーに乗った男は、村の入り口近くまでやってきた。紫の布を纏い、骨で作られた不気味な装飾品をジャラジャラと鳴らしているが、悠の目を釘付けにしたのは、彼の首に吊るされた物体だった。

 それは、カスタネットを重ね合わせたような形状の、鈍い光を放つ金属のディスク。この世界に来てからというもの、悠は金属など一度も見たことがなかったし、なにか異様な違和感があった。


(まるで、漫画やゲームに出てくる古代文明の謎の遺物…なんていうんだっけ?…そう、オーパーツみたいだ…)


「ここかっ、以前から白い肌をした女を匿っているという噂がある村は!」


 男は、腕組みをしたまま村全体をジロリと見渡すと、大きな声で叫んだ。


「我が名はズベリ。『黒の信徒』の幹部だ。俺たちブラックを裏切る不届き者たちを成敗しに来た!!」


 だが、村は静まり返っている。ルジナの村はせいぜい250人くらいの村人しかいないが、それでも小さな部族がそれぞれ点在しているこの世界では多い方だ。その250人あまりの村人が一人の姿も見えず、物音ひとつしないのがむしろ不気味だった。


「どうした、どうした。誰も答えるものはいないのか!この村の奴らは腰抜け野郎ばかりか!?」


 ズベリは挑発するようにいうが、相変わらず何の反応もない。


「誰も出て来やしねえか。…となれば、構いやしねえ。我がバヤンガンよ!目の前の村を蹂躙しろ…徹底的に破壊しつくせ!同胞たちよ、裏切者たちを引きずり出し、証人あかしびとの居場所を吐かせるのだ!不届き者たちにしかるべき制裁を!!」


「おおおおっーーー!!!」


 信徒たちが嘲笑を浮かべながら、野獣のような雄叫びを上げた。


(あいつら、なんてことを!!)


これからの略奪と殺戮は、彼らにとってただの「狩り(ゲーム)」。悠が以前、直感で感じたことが、実際に目の前で繰り広げられようとしている。


(助けなきゃ!)


悠は焦りの混じった表情でクレアを見ると、その目が「大丈夫」と語っていた。次の瞬間――!


ボコッ…ボコボコボコッ!!


 爆ぜるような音と共に、村の入り口の土が激しく盛り上がった。その瞬間まで、無防備だと思われていた村の境界線が、巨大な植物の蔓によって壁のように覆われていく。


「な、なんだ、なんだ!?」


「何が起きている!!!?」


 明らかに黒の信徒たちが驚愕しているのが分かった。それだけではない。入り口に出来た植物の壁の上には、いつの間にかルジナが凛とした姿で立っていた。


「…あれが、ルジナの守護精霊ホダムよ」


「ルジナの守護獣ホダムは植物ってこと?…動物だけじゃなかったのか。でも、あれはまるで魔法みたいだ!」


「植物の守護精霊ホダムを持つものは、後にも先にもルジナだけと言われているわ。たかが植物だと思っていると、あんなふうに急激に成長させたり巨大化までさせてしまう。ルジナとホダムの究極の絆で結ばれている。だからこそ…彼女は特別で、今まで誰もこの村に手が出せなかったのよ」


 悠は思いだした。初めてルジナに会った時に、手当をしてくれた時の安心感。植物の薬を塗ってくれた時に痛みが消えていくときの感覚。あれは植物をホダムとしているからこその知識と効力だったのだ。


「……かの者たちよ。何ゆえに、この村に牙を剥くのか。今すぐ立ち去るなら不問にしよう。だが、あくまで村に危害を加えようとするならば…その身をもって後悔するがよい」


 ルジナの朗々とした声が響き渡る。その毅然とした立ち姿は、普段の慈しみ深い彼女と同一人物とは思えぬほどの威厳に満ちていた。


「ケッ、忌々しい。だからこんな村はさっさとつぶしちまおうって言ったんだ。いいか、お前ら! あんなただの草根っこ、切り刻んでやれ!」


ズベリの号令とともに、数人の信徒たちが槍を構えて突進した。だが、ルジナが静かに片手をかざした瞬間――。


ドサァッ!!ズザザザザッ!!!


壁を構成していた巨大な蔦の一部が、まるで意志を持った大蛇のようにうごめき、突進してきた戦士たちの足元を凄まじい勢いで薙ぎ払ったのだ。


「ぐわっ!?」


「な、なんだ!? この草、まるで生き物みたいに動きやがる!!」


吹き飛ばされ、地面を転がる戦士たち。相手の命を奪うような攻撃ではない。だが、それは「これ以上近づけば容赦はしない」という、大自然そのものによる強烈な拒絶であった。村への侵入を阻む巨大な壁を維持しながら、息一つ乱さずに迎撃を行う。それが長老ルジナの力だった。


「言ったはずです。ここから先へ侵入は、私が許しません」


ルジナの静かで威厳に満ちた声に、戦士たちが明らかに怯んだのが分かった。


「ルジナ様のおっしゃる通りだ!早々に立ち去るがいい!!」


 盾となっている蔦の隙間からは、いつの間にか弓矢を構えた男たちが彼らを狙っていた。声の主は、村の若きリーダー、バラカである。彼は高く手を挙げながら、いつでも弓を放てる鉄壁の構えを誇示している。


「い、いつの間に…!!」


「チッ! 怯むな、野郎ども!! 俺の使役獣バヤンガンの出番ってわけだ。おい、あの壁をぶち破れ!!!!」


 ズベリがヌーの背中からジャンプすると、ヌーは鎖から解き放たれたようにすさまじい勢いで入り口の門に向かって突進していく。


「弓を放て!バヤンガンの侵入を許すな!!!」


 バラカが叫ぶと、弓を構えた者たちが一斉に矢を放った。だが、ヌーは、それらをことごとく弾き飛ばしながら蔦の壁へと激しい勢いで迫っていく。まさに突き破らんとしたその時、ヌーの目の前に立ちはだかったのはレイラだった。


「レイラ!!」


 悠が叫ぶ。それはいつも優しいレイラの身を案ずる叫びだったが、その心配は無用だった。レイラはヌーの大きな体に反して細い後ろ脚を狙いすましたかのように、横にステップして躱しながら噛み付き、その腱を鋭い牙で噛み切ると同時に鮮やかにすり抜けていく。


 ――プシャッ!


 ヌーの足首から鮮血が噴き出した。巨体がバランスを崩し、地に伏そうとする刹那、レイラはその喉笛へと躍りかかる。


「ヌォォォォォオオーンッ!!」


 叫び声をあげるヌー。そこに黒人戦士たちが、ヌーに加勢するのだとばかりに一斉に槍を構えてレイラに襲い掛かった。


「あの黒豹を叩きのめせ!!!」


 相手が黒の信徒とは言え、同じ血の流れる同胞を射殺してもいいものか!?その迷いが、バラカの判断を一瞬だけ鈍らせた。信徒たちがレイラの鼻先まで迫っていた。


「レイラ!」


 悠は、叫ぶと同時に木から飛び出すと、地面に音もなく着地した。クレアも加勢しようと身を乗り出していたが、悠が一瞬早く、手で彼女を制しながらレイラのもとへ駆けつける。クレアが留まったのは、自分の存在を知られてはならないという立場を悠が案じているのが伝わったのもあるが、彼女の脳裏にいつか悠が言っていた言葉を思いだしたからでもあった。


「…実は試したいことがあるんだ」


 その言葉を後押しするような悠の飛び出していく後ろ姿には、不思議と「悠は大丈夫」という安心感を覚えた。それは絶対的な信頼という、クレアが初めて悠に対して感じた絆とも言える感情でもあった。


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