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異世界のサバンナはロマンとロマンスに溢れている!  作者: 乃尉 未央
~霊猿を連れた少女と黒豹の乙女~
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第一章 ~霊猿を連れた少女と黒豹の乙女~(四)

「ですから、安心してください。あのような狂信的な考えを持っているのはあくまで一部であり、大多数のダナ族は、私たちと同じく平和を望んでいます」


「そうんなんですね。少しホッとしました」


悠がようやく緊張を解いたのを見て、ルジナは力強く頷いた。だがその後、少し眉をひそめ、申し訳なさそうに言葉を継いだ。


「ただ、言いにくいのですが…問題なのは、その一部の者たちの声が大きいということ…そして、彼らが極めて暴虐であるということです」


「…そういう意味では、危険なことには変わりはないってことですね」


「ええ。ユウ、あなたが自分の身が守れるようになるまでは、この谷から出ないのが賢明でしょう。クレアと共に過ごせば安全ですし、元の世界の話もできるはず。きっと彼女が、あなたの力になってくれますよ」


「わかりました」


その後、ルジナへの問いかけを通じて分かったことは、彼女がこのコミュニティの「長老」であること。そして、ここに住む人々は同じダナ族の中でも特別な一族であるということだった。


「ここは村の中でも隠れ里のような場所。ここにいる限り、襲われる心配はまずありません。食事はこちらで用意しますが、ゆくゆくは自分で食料を集めてみるのも良いでしょう。少しずつ、この世界で『生きるすべ』を身につけねばなりませんからね」


「ええ。頑張ってみます!……ところでその、守護獣ホダムというのは…?」


悠が遠慮がちに尋ねると、ルジナは深く頷きながら微笑んだ。


守護獣ホダムが気になるのですね。……守護獣ホダムは、どこからか捕まえてきて飼いならすという類のものではありません。守護獣ホダムは『現れるべき時に、どこからか自然と現れる』と言われています」


「なるほど……。僕をかばってくれた女の子のホダムは、確かにそんな雰囲気でした」


「まあ、ユウはレイラ以外の守護獣ホダムを見たことがあるのですね。噂では、この地には生息していない、見たこともない姿のホダムが現れることもあるとか。ホダムは『主を守護する精霊の化身』ともいわれておりますが、誰にでも現れるというものではありません。極めて稀で、奇跡のようなことなのですよ。……ユウも、守護獣ホダムがいればと思っているのですか?」


「は、はい。僕もクレアや出会った女の子のように、暴力から身を守ることが出来たらと」


(それにクレアのように、強くなれたら……)


「そうですね。でも、きっとユウにも、その時が来れば守護獣ホダムが現れてくれるに違いありません。こうしてお話をしていると、なんだかそんな予感がするのですよ」


ルジナは微笑みを湛えたまま、まっすぐに悠を見つめた。その視線は穏やかでありながら、黒い瞳に深く吸い込まれていくような不思議な感覚だった。悠は、人の瞳がこれほどまでの力強さと、底知れぬ深さを持てるものだということを、初めて味わっていた。


「さあ、そろそろ戻るといたしましょうか」


ルジナが立ち上がると、悠も促されるように歩き出した。


洞窟を出て、来た道を戻りながら、悠は頭の中で「王(玉)のいない将棋」を思い描いていた。


(顔のない狂気…相手の「玉」がなければ、相手を詰ますことは出来ない。つまり通常のやり方では絶対に勝てないということだ。しかも、相手だけが一方的に殺しに来てもそれを防ぐだけなんて、相手だけが駒を取れてこちらは駒を取ることすら出来ないってことに等しい。そんな無茶苦茶なルールで指してくる相手なんて、どう戦ったらいいんだろう…?)


 ルジナから告げられた「世界の真実」の重さに、目眩がする思いだった。足元がフワフワとおぼつかない。平和な日本で育った12歳の少年にとって、この現実はあまりに過酷だった。

 気づけば、いつの間にかルジナがクレアにいとまを告げていた。


「それでは、クレア。私はこれで。ユウ、また会いましょう」


「は、はい。ありがとうございました、ルジナさん」


「ありがとう、ルジナ。あとは大丈夫よ」


ルジナの足音が遠ざかると、なんともいえぬ静寂が訪れた。悠の心は、まだ先ほどの対話の余韻に引きずられたままだ。


「……ルジナから色々聞いた?」


 クレアが尋ねた。いつもの淡々とした、けれどどこか透き通るような声。悠は、膨大な情報量と自分が置かれた状況の過酷さに、ただ頷くしかなかった。

 クレアはその表情を静かな目で見つめながら、ポツリと呟いた。


「これが……私たちが迷い込んだ世界」


悠は再び頷いた。きっと自分が重苦しい表情をしているであろうことはわかる。だが、どこにも逃げ出す場所などないのだ。


「ついてきて」


クレアは立ち上がり、悠を手招きした。これ以上何があるのだろうと思いながらも、悠は黙って従うしかなかった。


「この崖を登るわ」


「え? …この崖を!?」


 クレアが座っていた岩の背後にそびえ立つ断崖だった。とても、普通の人間が素手で登れるような傾斜ではない。


「大丈夫よ。ふふ、レイラが背中に乗ってって言ってるわ」


 初めて見るクレアの微笑。鈴を転がすような小さな笑い声。それだけで、悠の重く沈んでいた心が、一瞬で晴れやかになっていく。


(クレア……こんな風に笑うんだ……)


 悠の傍には、いつの間にか黒ヒョウのレイラが寄り添っていた。彼女は悠が跨りやすいようにしなやかな身を低くし、促すように喉を鳴らした。


「これでいいのかな?」


「しっかり掴まっているのよ。いくわ」


 クレアは音もなくふわりと跳躍した。岩のわずかな突起を足掛かりに、垂直な壁を飛び移るように登っていく。その身のこなしは、人間業とは思えないほど速く、優雅だった。


「うわっ!!!」


レイラがクレアを追いかけるように、垂直に近い壁を、凄まじい脚力で駆け上がっていく。恐怖がないと言えば嘘になるが、レイラに必死にしがみつくと、てのひらから伝わる強靭な筋肉の躍動と温もりが、不思議と心地よかった。気づけば一気に崖を登っていた。


「目を開けてごらんなさい」


「……!!!」


恐る恐る目を開くと、眼下に広大な大地が広がっていた。まるで世界の果てまで続いているかのような、サバンナの雄大な景色。


「これも……私たちが迷い込んだ世界」


普通に生きていれば、決して目にすることはなかったであろう景色。体に優しくまとわりつく空気…、吹き抜ける爽やかな風。生を受けてまだわずか12年ではあったが、その人生観をガラッと変えてしまうほどの圧倒的な大自然。


「…言葉が出ないよ」


 それがようやく悠が絞り出した言葉だった。自分が存在している世界が、どれほど巨大で途方もないものなのか。「地球」という言葉が意味していたもの。その偉大さと、この大地に溢れているだろうたくさんの「生命」。そして自分の命が、今、ここにある。


―(そうか…)―


 悠は、クレアの無表情に見える表情の意味が分かった気がした。言葉にならないという、この感覚。それは無じゃないってことだ。


(今は…それ以上は、言葉に出来ないけど)


 そして気づけば、自分が微笑みを浮かべているのがわかった。いつぶりだろう?この世界に来てから、自分もまた笑うことを忘れていたことに、今更ながら気づくなんて。


「星…」


 クレアが指さした先に一番星が見えた。空はまだ明るいが、夜になれば、どんな深い闇になるのだろう。


「今日は、ここで休みましょうか」


「え?ここで…」


「この世界ではどこで寝てもあまり変わらないわ。こうするのよ」


 クレアは伏せたレイラの体を枕のようにしながら、身を預けた。


「ユウは反対側から。ほら」


 いいのかな、と戸惑いながらも、悠は言われるままレイラの反対側に回り込み、同じように横になった。

 レイラの体は驚くほど温かかった。土ってこんな温もりがあるんだとも思った。なにより、すぐ近くにクレアの顔があるのがなんだか気恥ずかしくて空を見上げた。徐々に色彩を変えていく空を眺めていると、つい最近までのことが、まるで遠い昔の記憶のように次々と溢れ出してくる。


(父さん…どこにいるんだろう。お母さん…心配してるだろうな。一人になってしまって大丈夫かな…)


(あの女の子はどうなったんだろう?また会える時がくるのかな…)


 何もない世界…。元の世界なら、今頃スマホをいじりながら退屈さを紛らせていたに違いない、しかし今の悠は、自分の中に考えることは無限にあった。ルジナに言われた食料集めのこと、これからのこと。パソコンで簡単に調べることもできはしない。


(こんな風に、空が変わっていく姿をじっくり眺めたことなんて、なかった…)


「うわぁ……」


 あたりに闇が降りると同時に、満天の星が目の前に広がった。何もかもが大きく、自分はこんなにもちっぽけだと思いながらも、自分はあの星々のようにこの世界の一部なのだ…そんな不思議な一体感が、悠を包み込む。


(クレアは…この世界でどうやって生きてきたんだろう?)


(僕も……この世界で…無事に生き延びていけるんだろうか…)


 クレアはあれから一言もしゃべらない。起きているのか眠っているのかさえ分からない。でも、クレアもまたこの満天の星空を見上げていることだけは確かだと思った。これからの不安を抱く余地がないくらい、胸がいっぱいになるのを感じながら、悠はいつの間にか、深い眠りに落ちていた。


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