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守護獣と少年 ~異世界の大地はロマンとロマンスに溢れている!~  作者: 乃尉 未央
第七章 ~月と太陽と、もう一つの世界の果て~
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第八章 ~花の残り香と、心の翼~(二)

 夜が明けるのを待って、悠は早々にアディリの元を訪れた。正確には、夜明けを待ちながらも、ほとんど眠れていなかった。クレアのことが頭を離れず、何度も寝返りを打ちながら空が白み始めるのをただ待っていたのだ。


「クレアを探してきます」


 ただそれだけを伝えると、悠は村の出口へと向かった。昨日のスコールのお陰で、森は瑞々しく生き生きとしていた。湿気を帯びて地面から立ち上った真っ白なもやが木々の間をゆっくりと流れていく。


(サリに、クレアを探しに行くこと……伝えられなかったな……)


 そう心の中で呟いた時、村の出口に、人影があった。それを見て、悠の目がふっと和んだ。


「おはよう、ユウ!……クレアを探しに行くのね?」


 そう声をかけてきたのはサリだった。近くにリンバの姿はない。それだけで、サリは悠のことをただ見送るためだけに、ここで待っていてくれたのだということがわかった。それだけではない。もしかしたら、サリもまたクレアを探してくれていたのかもしれない……そうも思った。


「うん。行ってくる」


 悠は、サリにまっすぐな視線を向けながら言った。その迷いのない表情を見て、サリの目が深く頷いた。二人にとっては、なぜクレアが失踪してしまったのかその理由を知るすべもなかったが、少なくとも連れ去られたりしたのではないだろうということと、何となく自分たちのキスに原因があるのではないかという漠然としたものを感じていた。


「いってらっしゃい、ユウ」


 二人は一瞬見つめ合い、微笑みあった。それだけで十分であった。


「さあ、行こう。ロボ、シオン!」


 悠は、走り出した――。


 ロボがすぐ隣で力強く地面を蹴り、肩に乗ったシオンは飛翔の姿勢を取りながら草原を駆けていく風に乗って、空気を切り裂いていく。爽やかなサバンナの朝の風景も…ゆっくりと草を食んでいる動物たちの姿も…飛ぶように後ろへと過ぎ去っていく。悠はただ闇雲に走っていたわけではない。クレアが向かいそうなところで思いつくところと言えば一つしかなかった。


(クレアと二人で過ごした谷……。そこにいなかったら、本当にもう、二度と会えないかもしれない……)


 つい3日前にもサリと一緒に訪れた場所を、悠は再び目指していた。疾走する悠の心の中を、焦りと不安とが交互に襲ってくる。どこかにクレアの残した野営の跡がないかと探しながら駆けてはいるものの、それらしい形跡は見あたらなかった。それでもそこにいることを信じて、一刻も早くあの谷を目指すしかなかった。


 丸一日近く全速力で走り続け、ルジナの村が遠くに見えてきたときにはもう、陽が傾いていた。


「ロボとシオンは、ここで待ってて!」


 悠は、ロボとシオンを村の近くに待機させると、谷へ通じる崖を一気に駆け上った。ホダムたちを待機させて、たった一人で谷へ向かったのは悠の直感であった。クレアがもしそこにいたなら再会を誰にも邪魔されたくないという想いと同時に、もしそこにいなかったら正気を保てる自信がなかったのだ。


「はぁ……はぁ……はぁ…………」


 悠は息を切らしながら崖の上に立つと、視界は、一気に開けてサバンナの風景が広がった。その風景を味わう間もなく、谷の下を見下ろしながら、一気に駆け下りていく。そこからはいつもクレアが座って瞑想をしている岩が見えた。以前、このルートから、その後ろ姿に気配を消しながら近づいてびっくりさせてやろうとした記憶が脳裏をよぎる。だが今は……そこにクレアの姿はなかった。


「はぁ………はぁぁぁっ………」


 悠が大きく息を乱して、必死に酸素を肺に取り込もうとしている音だけが、谷に響いていた。クレアの姿はどこにもなかった。あたりを見渡しても、目に映るのは無機質な岩肌だけだった。


 悠は膝に手をついて、しばらく乱れた息を整えた。谷の静寂が、かえって耳に痛かった。


「クレア…」


 どこに向かって呼びかけるでもなく、その名前を呼ぶ悠の声は、憧れではなく、愛しさを込めた響きを持っていた。返ってくるのは、自分の声のかすかなこだまだけだ。


「クレア……!」


 もう一度、その名前を呼ぶが、返ってくるのは静寂だけだった。クレアの姿はどこにもない……。雨季に特有の、大気に湿気を含んだ風が岩の隙間を通り抜ける音だけが微かに響いた。


 悠はもう一度、二年間の思い出を振り返っているかのように谷をゆっくりと見渡した。そして、再び崖を登っていくとその姿はすぐに見えなくなった。その後には再び、ただ、誰もいない空間だけが取り残されていた。



 その数分後……岩陰から現れた姿があった。――クレアだった。悠の考えは、正しかったのだ。


 クレアの視線は、悠が消えていった崖の上を見つめていた。その青い目には、哀しみの色が宿っていた。しばらく悠がそこにいて自分の名前を呼んでいた余韻に浸っているかのように、ただ静かに立ち尽くしていた。


 どのくらいそうしていただろう……ホッとした表情にも、もしくは、少し落胆しているようにも見える表情でクレアが下を向いた瞬間、後ろから何かが覆いかぶさる感触があった。


「!?…」


 それは温かな感触であった。その瞬間、クレアにはわかっていた。後ろから……クレアを抱きしめていたのは悠だった。


「ユウ……また背が伸びたみたいね……」


「クレア……一瞬、気配を隠そうという感情が溢れていたよ」


 ……それは以前、悠が気配を消す訓練をしていた時に、クレアに言われた言葉だった。


 クレアの目から涙がこぼれ落ち、頬を伝っていった。それはクレア自身にもわからない感情であった。


「お帰りなさい…ユウ……」


 クレアの声は涙声になっていた。その声を聞いた悠の胸に、熱い感情が広がった。


「……ただいま、クレア。…クレアには、話したいことがたくさんあるんだ。聞いてくれる?」


「…なあに?…話って……」


「――サンコファ。ムワンパとラヤとの戦いの後で、置き忘れたものを取り戻した『あと』の話や……『世界の果て』にある大滝、マジマクウを見てきた話……いっぱいあるんだよ」


 気づけば、悠の声も涙声になっていた。


「そう……たくさん冒険してきたのね」


 その時。ポツ……っと岩肌に染みが出来たかと思うと、ポツ、ポツ、ポツ…っと辺りに雨音が広がり、すぐにバラバラバラと激しい音を立てて雨が降り注いできた。昨日に引き続いてのスコールだった。クレアと悠の二人は、雨に打たれながら……久しぶりの再会を噛みしめていた。


 雨を避けて洞窟へと入った二人は、火を焚いて、びしょぬれになった服を乾かしていた。お互い裸であったが、毛皮の上に座り、背を向けあいながら悠の冒険譚に微笑みを浮かべながら耳を傾けるクレアたちの姿は、お互いへの信頼に溢れていた。焚火の温かさと、これまでの疲れで、二人はいつしか座った姿まま、お互いに寄りかかるように背中を合わせた状態で眠っていた。


 翌朝。悠が洞窟の外に出てみると雨は完全に上がっていた。サリと一緒に見た殺風景な岩肌だらけの谷が、今の悠には輝いて見えた。


「レイラ!」


 外には、今までどこにいたのか黒豹のレイラが待っていた。レイラは悠に身を寄せると、甘えるように体を擦り付けた。悠もまたレイラの背中を撫でながら、その感触を懐かしむように語り掛けた。


「レイラも久しぶりだね。元気だったかい?」


 会っていなかった期間としてはせいぜい2週間かそこらといったところだろう。だが、水飲み場に向かったまま、成り行きで連絡を取る手段もなく離れ離れになり、様々な経験をした後の2週間は、とてつもなく長く感じられた。レイラはそんな悠の想いを全てわかって受け入れてくれているかのように、ただ静かに悠と戯れていた。


「ユウ、行きましょうか」


 クレアの表情は、いつものクレアに戻っていた。いや、むしろ穏やかさを増していたというべきだろうか。どことなく印象が柔らかく、優しくなっているような雰囲気をまとっている。


「うん!…ロボ!」


 ロボを呼ぶと、シオンを背中に乗せたロボが悠の傍へやってきた。いつの間にかロボとシオンもまた、洞窟の近くに待機していたのであった。シオンが、悠の腕を伝っていつものように肩に乗った。初めはクレアとレイラ、そこに悠が加えただけだったこの谷にも、今ではロボとシオンという新たな悠の守護獣ホダムが増えて、まるで家族が増えたかのような賑やかさであった。


「……いつかまた、この谷に戻ってきたいなあ」


 谷から見える空を見上げながら、悠が何気なく言った。クレアはその言葉を聞くと、一瞬、何かが心に響いたような表情をしながら目を微笑ませた。 


「そうね。その時は……サリとリンバも一緒かもしれないわね」


 その言葉に、頬を薄いピンク色に染めて照れたような表情を浮かべる悠だったが、素直に頷いた。


「そ、そうだね」


 悠の心の中で二つの音楽が、美しい調べを奏でていた。そのうちの一つが今……クレアと完全にハーモニーを奏でているのを感じていた。クレアもまた、自分の感情が何なのかわからないながらも、その感情を自然に任せてあるがままに受け止めているような印象であった。


 言葉で語り切れないものを、心と心で自然に語り合っている――二人はまさに、そんな感じだったのである。


「さあ、ルジナのところへ行ってみよう!」


 二人は、ルジナの元へと向かった。


 

――その一方で、モリト族の村では、新たな危機が迫っていた。


「あなた、誰?」


 見張りの代わりにその場所に立って、樹上から見下ろしていたのはサリだった。背後には、樹の葉っぱに紛れてリンバが控えている。


「あらあら……見つかっちゃった。隠密行動には自信があったのに…」


 その少女は、悪びれもなく言った。歳の頃は16~17歳だろうか。


「森の奏でる音楽に、こんな不協和音が混じったら、すぐに気づくわ。胸元の聖盤……黒の信徒の幹部ね。何しに来たの?」


「そう?すごいのね。私の名前はマウアよ。小さな花々って意味なの。可愛いでしょう?……それなのに…くすっ…私の姉さまの名前ったら面白いのよ。陰謀って意味なの。姉さまの名前はフィティナ……聖女と呼ばれているわ」


 女はマウアだった。その美しく可愛らしい姿で、まるで友達と世間話でもするようにサリに話しかける姿は、とても『隠密行動』という物騒な言葉に似合っていないかったが、それが逆に異常な不気味さを感じさせた。


(聖女の妹……!?)


「…私はサリよ。……で、目的は何?」


「ああ、目的!……アディリの命を奪いに来たの。お姉さまの命令でね、ルジナを片付けたついでに、アディリの命も奪っちゃえば、私たち黒の信徒に皆が畏れ伏すだろうって」


 マウアは無邪気な笑顔で言った。

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