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守護獣と少年 ~異世界の大地はロマンとロマンスに溢れている!~  作者: 乃尉 未央
第七章 ~月と太陽と、もう一つの世界の果て~
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第七章 ~月と太陽と、もう一つの世界の果て~(二)

――この、ルジナとフィティナの会話が行われる少し前。


「バラカッ!!」


 この村のリーダーであるバラカが、村の男達へ警戒の指示を出している中、彼の元へジャヒとテボホが揃って駆けつけた。


「黒の信徒たちが、この村にやってきてるって本当か!?」


 ジャヒが、逼迫した表情で尋ねた。バヤンガン使いとしての能力を失った今は、ただの一戦士でしかない。複雑な状況を気配だけで察知するなど土台無理な話であった。


「ああ。しかも夜だ。これ見よがしに松明を持ってきているが……ルジナのホダムは植物…火は最悪だ。きっと穏やかなことにはならんだろうな」 


 バラカの言葉を聞くと、ジャヒとテボホは申し訳なさそうに下を向いた。


「すまない……俺たちのせいだ……」


 ジャヒとテボホは下唇を噛みながら、ただただ謝るしかなかった。


「顔をあげろよ、兄弟!…ルジナは黒の信徒たちに決して屈したりはしないさ。もちろん、俺たちもな。さあ、まずは一緒に行って様子を見ようじゃないか。考えるのはそれからでもいい!」


 ジャヒとテボホは、バラカの後について村の入り口の方へ向かうと、目立たない防備の最後方に回った。そこでルジナの言葉を聞いたのだった。


「……残念ですが…、私たちの村には裏切者など居りませんよ。皆、大切な仲間であり、私の家族です」


ジャヒとテボホの胸に熱い想いが広がった。先ほどのバラカの言葉もそうだが、黒の信徒にいた時、こんな温かな感情に触れたり感じたりすることはなかった。むしろそれとは反対に、いつも何かに対しての不満や悪意。お互いを探り合うような目つき……いかに、教団に対して貢献したという『結果』を残すか。そのことに常に追い詰められる日々だったということを、今改めて実感したのである。


「…テボホ」


 周りに聞こえないような声で、こっそりとジャヒは話しかけた。


「この村の人たちに迷惑はかけられねえ。俺は出て行くぜ……」


「ジャヒ!」


 二人の頭の中には、水飲み場から逃げ伸びてきて、ルジナの村で温かく受け入れてもらった時のことが浮かんでいた。


 ――初めは、確かに村人たちも微妙な表情をしていた。彼らはルジナの村を襲ったのだから、それはある意味、当然と言えば当然であっただろう。だがそんな彼らも、自分たちが悠の助けでここに来たことを説明すると、村人たちの表情がパッと明るくなった。


「そうか、悠に助けられたんだな!……それにしても、襲ってきたムワンパとラヤが、悠と別れたあと笑ってたってのはいい話だなあ……」


「…なのに、水飲み場に死体を晒させるなんて……ホントにひでえ話だ!!」


「なんだってえ!?…じゃあ、テボホは最初、ジャヒに殺されそうになったってのか!?…それが、悠のお陰でこうして一緒にいるんだからなあ!」


 村人たちはテボホの話で、笑ったり真剣に怒ったり…時に涙を浮かべたりした。


 そんな会話を通して、すぐに彼らは心の壁を取り払い、打ち解けたのである。バラカは村のリーダーとして、村人たちの前で誇らしげに言った。


「ジャヒ、テボホ…そして他のみんなも、これからは俺たちの仲間だ!よろしく頼むな!!」


 ――その時の笑い声や笑顔を、二人は同時に思い浮かべていたのである。


「聖女……いや、フィティナも言ってただろう?俺は元幹部だ。俺が出て行けば、あいつらのメンツも立って、引き上げてくれるだろうさ」


 ジャヒが苦笑いしながら言った。この期に及んでもまだフィティナのことを無意識に『聖女』と呼んでしまう……いかに自分は、深く意識に植え付けられていたのかと思った。


「テボホ…、後は頼んだぞ。村の人たちと仲良くな」


 ジャヒがそっと列を離れる中、フィティナの声が聞こえてきた。


「あら、そう?……確かにルジナの村の人たちは、皆、大切な仲間であり、家族かもしれないわね。…私が言っているのは、その中に薄汚いネズミが紛れ込んでいるんじゃない?ってことよ」


 ルジナの愛に溢れた言葉は敢て否定せずに、その感動に乗じて、ジャヒたちを排除するような思考に結び付けようというフィティナ特有の陰湿な言い回しであった。


 「…そうでしょう?そのお陰で、あなたたちにもこんなにも迷惑をかけてるんですもの。蛇の道は蛇……黒の信徒のことは、私たちに任せておいた方が賢明だわ」


「…いいえ。貴女の言葉を聞いて、私はますます村人たちを守らなければという気持ちを強くしました。村の中で誰かをのけ者にしようとか、下に見ることは、人として最も恥ずべき事です」


 ルジナがそう言い切った時、村の方から一人の男の声が響いた。


「ありがとう、ルジナ!…でももう、いいんだ。みんなには迷惑をかけちまったな」

 

 植物のホダムの上に立ったルジナの下を、ジャヒが通り過ぎていく。


「フィティナ、俺はここだ!!……どうせ、他の信徒だった奴らは怪我してて役に立たねえ。けじめをつけるのは俺一人で十分だろう?」


 出てきたジャヒを見て、フィティナがにやあっと嗤った。そして勝ち誇った表情になりながら、ルジナを見ながらジャヒを指差した。


「ルジナ、これはどういうことかしら?……ふふ、怯えなくてもいいわ。ジャヒを匿ったことは許してあげる。その代わり…その男はここで処刑させてもらうわ。余計なことをしても無駄だってことを、骨の髄まで知っておいてもらわないと…ねえ?」


 完全な上から目線、そして端々にルジナの威厳を貶めるような言葉を織り交ぜながらフィティナが話をする中、ジャヒがその姿を見て意外に思ったことがあった。


(…フィティナが聖盤をつけている…!?)


 フィティナの胸には、『古の聖盤』がその存在感を示すように白金の光を放っていた。この世界にそれに似たものを作る技術はない。おそらくは本物であった。


(結局のところ、聖盤をつけていることは権威の象徴だから、そう簡単には外せないってわけか……。もちろん、体の近くになければバヤンガンを操ることもできないからな。それに……)


「さあて、覚悟はいいかしら?…どんな死に方がいい?…私のバヤンガンに絞殺される?それとも投げ槍で一斉に串刺しにされる?」 


(…ここに、証人がいないのは確実だろうからな。狡猾なフィティナらしいぜ…)


 聖盤を奪取されることへの対策は思うように進んでいないのが正直なところなのだろう。ならば、奪われる心配のないところで、信徒たちに聖女の威光を見せればいい。その咬ませ犬がジャヒというわけだった。


「そうさなあ……どうせなら、投げ槍で一思いに殺してくれた方が気が楽だな。みんなのいい練習台にもなるだろうよ」


 ジャヒは掌を上に向けて両手を広げるジェスチャーをしながら言った。いわゆる諦めのポーズだ。そして、振り向いてルジナをまっすぐに見つめながら叫んだ。


「ルジナ!…みんなにも手を出させないでくれ!…俺は、別にいいんだ。いつかこうなると思ってた。最後に本物の仲間が出来たことだけでも嬉しかったぜ!」


「ジャヒ……」


 ルジナの目に迷いがあった。いくらジャヒが手を出さないでくれと言ったとしても、皆の目の前でむざむざと殺させるわけにはいかなかった。かといって、下手に自分が動けば、村が火の海になってしまう可能性がある。この世界において、火という神聖な四大エレメントの一つについては、厳然としたタブーが存在していた。だが、彼らはそれすらも破ることを辞さない可能性があった。


「ウフフッ、いい覚悟ね。それじゃあ、お望み通り、投げ槍で串刺しにしてあげようかしら。どんな姿になるか楽しみね。…さあ、槍を構えるのよ!」


 黒の信徒たちが、松明を持ちながら投げ槍を構えた。今まさにそれが放たれんとしていた時、どこから咆哮が鳴り響いた。


「ガオオオオオーーーーーッ!!」


 それは、聞くものを一瞬縮み上がらせるような咆哮……百獣の王の咆哮だった!


 黄金の光が信徒たちに襲い掛かり、構えた槍を次々に爪や牙で、奪い取っていった。


「ジャヒのバヤンガン!?……消えたのではなかったのか!?」


 さすがのフィティナも、驚愕に目を見開いている。黄金のライオンは、全ての槍を叩き落とすと、王者の風格を見せるようにジャヒの前に堂々と歩み寄った。鬣が風になびき、その目はフィティナに向けられている。


「お前……まさか……」


 ジャヒが驚きと戸惑いが混じったような声と共に、その背中を見守る。その瞬間、フィティナ達からは、ライオンとジャヒの目が共鳴しあうように黄緑色の光をぼうっと目に宿らせたのがわかった。 


(もう一度、俺の前に現れてくれたってのか……バヤンガン…いや、ホダムよ!)


「ようし……行こうぜ、相棒!…名前は…アルタン……そう、アルタンだ!」


 ジャヒに答えるように、ライオンのホダム・アルタンが大蛇へ向かって走り出した。大蛇の視線がアルタンに向けられた。その瞬間、


「悪りぃな、フィティナ。ちょいと事情が変わっちまった」


 フィティナのすぐ耳元で、ジャヒの声が聞こえた。ジャヒお得意の獅子吼の応用だった。


「なっ…!?」


 フィティナは思わず横を振り向き、誰もいないことにすぐさま視線を正面へと戻すが、気づいたときにはジャヒはものすごい勢いですぐ近くへと迫っていた。


(やられる!!)横で見ていた黒の信徒たちの誰もがそう思った時、ジャヒは急停止し、フィティナの喉元にジャヒの獣人化した前足の鋭い爪が突き付けられた。一瞬遅れて、凄まじい勢いで迫ってきた風圧が、フィティナの髪と身につけていた布を揺らした。


「お前たち!大人しくこの村から引け!!…俺はこの村を出る!襲うのならばいつでもかかってくるがいい!!」


 聞いたものの誰もが思わず、身をすくめてしまうような、大音声だいおんじょうの獅子吼であった。特に、黒の信徒は自分たちに向けられた声に、肉食獣が目の前で唸っているかのような恐怖を覚えた。そんな中、いかにも優雅な口調な中に微かに甘えるようなニュアンスを含んだフィティナの声が答えた。


「……そうね。ならばそうさせてもらおうかしら?」


 喉元に鋭い爪を突き付けられながら、フィティナはにぃっと妖しい笑みを浮かべた。次の瞬間、ジャヒの足元に何かが飛び掛かった!


「――ッ!!!!?」


 間一髪、ジャヒはそれを前足の爪で切断したが、足元でピクピクと二つに分かれた胴体をくねらせていたのは、世界最速の毒蛇と言われるパフアダー(※クサリヘビの一種)だった。獲物に噛み付くストライクの速さはわずか0.25秒。人間が反応できる速度ではなかったが、ホダムの力を共有しているジャヒだからこそ反応できたのである。だが、その速度に反応できたのはジャヒだけだった。


「――アッ!!!!」


同時にもう一つの悲鳴が上がっていた。ルジナだった。彼女の足元から、もう一匹のパフアダーがゆっくりと去っていく。ルジナの脚には二つの噛み跡が残っていた。


「ルジナッ!!」


 村人たちが悲鳴に似た叫び声をあげ、そうした騒動の間にフィティナは十分な距離を取って離れていた。いつの間にか、その陰にもう一人の若く美しい黒人女性が立っていた。首から下げた紐には、白金の聖盤が輝いていた。フィティナと同じように全体的にチリチリとパーマがかったような髪を眉の上で切り揃えながら、後ろ髪は肩まで長く伸ばし、ところどころ髪を編んでいる。雰囲気は控えめだが、お洒落にはさりげなく気を遣っているようだ。

 

「ふふ…よくやったわ、マウア」


「いいえ、お姉さま……いえ、聖女。私は使命を果たしただけですわ」


 マウアと呼ばれた女性の足元には、一匹のパフアダーがとぐろを巻いていた。先ほどジャヒやルジナを襲ったのは彼女のバヤンガンということだろう。フィティナは自分たちが優位になったことを知り、この場には場違いな、優し気な笑みを浮かべながらジャヒに向って告げた。


「ジャヒ、これは、あなたへの罰よ。ルジナが毒蛇に噛まれたのはあなたのせい。災厄を広げたければ、せいぜい逃げ回ることね。でも、死ぬまであなたに平穏が訪れることはないわ」

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