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守護獣と少年 ~異世界の大地はロマンとロマンスに溢れている!~  作者: 乃尉 未央
第六章 ~大地に還る命と、近づく心~
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第六章 ~大地に還る命と、近づく心~(三)

 ジャヒは、自分の攻撃を躱し続ける悠に苛立ちを覚えたように、戦略を変えた。それは、本来の獅子吼を使っての攻撃だった。


「どうした!逃げ回るだけか!!」


 ジャヒの咆哮が威圧するように発せられると、周囲の空気が激しく振動した。黒の信徒やリンバまでもが一瞬、怯むように動きが止まる中、悠だけは動き続けていた。


「…なんだと…俺の獅子吼が効かない!!?」


 悠がこの獅子吼に怯むことなく、動きを止めることもなかったのは、ロボの力のお陰だった。ロボもまた変わらずにライオンと戦い続けていた。ロボの孤高で気高い心が、威圧的な獅子吼の響きに屈服することを拒んだのだ。ホダムと心が繋がっている悠もまた、その影響を自然と受けていたのである。


「どうやら、そうみたいだね。そのことは、さっき確認できてたんだ。あなたのその武器は僕には効かないって」


 一方で、サリとジャヒの獅子吼は相性が最悪だった。音楽を愛し、特に振動に敏感なサリは、この咆哮にショックを受けたように体を硬直させた。


「サリッ!」


 悠が叫んだ。サリは、先ほどのライオンの声のような咆哮にはまだなんとか耐えられた。だが、今回のジャヒの威圧するような怒りを含んだ咆哮は、あまりにも乱暴で強烈な爆音に等しかったのである。


「ウガァッ!!」

 

 と、焦燥の声を上げたリンバが、慌ててサリの元へ向かう。ユウもまた、リンバに続いてサリの元へと駆け寄ろうとした時だった。


「残念だなあ。行かせねえよ」


 悠の耳元で声がした。ハッとした表情で声がした方を振り向いた瞬間、勝利の確信を得たかのような笑いを浮かべたジャヒがライオン化した前足を大きく振りかぶりながら迫っていた。


「ようやく、獲物がかかったみたいだな!!」


 だが、悠の表情に焦りはなかった。むしろ詰みを読み切ったかのように落ち着いていた。ジャヒの攻撃を躱し続けたのが『先の先』なら、最初の捨て身技は『後のごのせん』だった。そして今、悠は後れを取ったように見せてもう一つの『先』を取っていたのである。


「かかってくれたのは、あなたの方だ…」


 もちろん、そんな悠長な会話をする余裕などこの一瞬にはない。ただ、お互いの目がそう会話をしていた。一刻も早くサリの元へと駆け寄りたいと思う悠であったが、チャンスがあるとしたらここしかなかった。わざと作った隙にジャヒが食いついた。すさまじい勢いで迫りくるジャヒに対して、悠は避けるのではなく、逆に間合いを詰めた。その半歩入り込んだ間合いが生み出す、ほんの僅かな時間と距離のズレ。そのズレこそは、ジャヒが違和感を覚えた時にはすでに変化が封じられた状態を作りあげる絶妙な間合いとタイミングだったのである。


(僕をその位置に『居着かせた』という思い込み……それがあなたの敗着だ。その百パーセントの威力が乗り切る前に、相手に入り込むことで敵の攻撃は空を切り……)


 事実――ジャヒの前足による攻撃は、空を切った。


(そして……)


 その時の悠の動きはと言えば、体を反転させつつ片膝を着くようにしながら相手の斜め下に体を潜り込ませ、強力な腕による攻撃を躱すと同時に無防備な足の方を腕と体全体を使って払ったのである。


「うおっ!!!!」


 ジャヒは勢いそのままに、前転しながら転がっていく。柔道には空気投げと称される技が二つあるが、そのうちの一つ。「球車」に似た大和流柔術の技であった。相手の攻撃を想定して適切な技で応じる『対のたいのせん』。ジャヒの獅子吼に引っかかったと思わせたところから、すでに一連の流れは技の一部として始まっていたのである。


「よくやってくれたね、シオン」


 悠の肩に乗っていたシオンのくちばしには、銀色に輝く『古の聖盤』が、その紐ごと固く咥えられていた。ジャヒが投げ飛ばされ、体勢を崩した一瞬を鷹の目で捉えた、シオンならではの悠との連係プレーだった。


悠は、シオンから聖盤を受け取ると素早く掌をかざして振動を自分の呼吸へと共鳴させると、一気に気合を放った。


「ハッ(破)!!」


「キンッ!!!!!」


 大きく甲高い音が一瞬響き、白金の聖盤は刃物で切られたかのように真っ二つに割れ、4つの欠片となって地面へ落ちた。その瞬間、ロボと激しい戦いを繰り広げていたライオンのバヤンガンは、飛び掛かろうとした不自然な姿のまま静止し、その黄金色の身体をどす黒い赤色へと変化させていった。転がった勢いが弱まってようやく体を起こしたジャヒの目に映ったのは、自分のバヤンガンが陽炎のように空気に溶けて消えていく姿だった。


「なん…だと……。一体何が起きたんだ……」


 ジャヒが信じられないものを見るような表情でただ茫然とライオンが消えていくのを見ている間に、悠はすでにサリを抱きかかえていた。


「…おいっ、お前、何をした!」


 悠を激しく問い詰めるジャヒの声は、広い空間に空しく雲散霧消した。獅子吼はもう、使えなかった。


「サリ、大丈夫かい?」


「んん……。ユウ?…私、気絶しちゃったのね」


 サリはゆっくりと目をあけながら、悠の顔を見ると微かに微笑んだ。


「…うん。頭とか痛くない?」


「ええ…。ありがとう、ユウ。もう、大丈夫みたい」


 先ほどまで、ライオンと死闘を繰り広げていたロボが、いつの間にか寄り添っていてサリの頬をいたわるようにペロリと舐めた。


「ふふっ、ロボもありがとう」


 ジャヒはまだ状況を受け止めきれないように、彼らの様子を眺めていた。悠は、サリの安否を確かめると、立ち上がってジャヒに向かって話しかけた。


「あなたのバヤンガンは、還るべきところに還った。……これからはあなたも黒の信徒たちに命を狙われるかもしれない。それでもあなたは僕を殺そうと思うの?」


 悠は、静かな目でジャヒを見つめながら問いかけた。その真っすぐな問いに対する答えを、ジャヒは無意識に避けた。


「……ムワンパとラヤが、聖盤は投げ捨ててきたって言ってたのは嘘だったんだな!!…あいつら、こんな大事なことを隠していやがったなんて!」


 二人に対する怒りを含んだジャヒの目は、とても悠を殺すことをあきらめている様には見えなかった。心が負けを認めていなかったのである。


「だが、これでお前は終わりだ!…俺が『証人がメタモルフォーゼを使い、聖盤を破壊した』という事実を聖女に伝えれば、命を取るまでは勘弁してくれるだろうさ」


「そう…。あなたが助かるなら、それでいいんだけど……敵とは言え、ムワンパやラヤのようには死んで欲しくないんだ。メタモルフォーゼのことはフィティナも知っているし、たぶん聖盤破壊のことは、ミーアキャットを操ってるペレレザって人の方から先に報告がいくだろうから……」


 ジャヒはハッとした顔つきになって、初めて目に脅えらしきものが浮かんだ。


「じゃあ……俺はお前を殺すしか、生き残る道はないってのか……」


「そんなことはないよ。テボホ達だって、今のあなたと同じ立場なんだもの。僕は、彼らにルジナの村へ行ってみることを勧めたけど、ジャヒ…あなたも一緒にどうかな?黒の信徒たちは黒い肌の人間が一番偉いって言っているみたいだけど、それってそんなに大事なことなのかな?」


 悠は素朴な疑問を……そして、彼らにとって一番の根幹に当たるであろう疑問を投げかけてみた。


「そんなに大事なことか、だって!?当然だ!…俺たちブラックが一番優秀で、他の奴らを支配するんだ!」


「支配した先には何があるの?皆をこき使って…その苦しみの上に、自分たちだけが楽をして、いい思いをする。そういうのが望みなの?」


 ジャヒは、ハッとした表情になった。確かに……支配した先を真剣に考えたことはなかった。ただ漠然と、支配した先には素晴らしい生活が待っていると思っただけだ。


「あなたがまだ僕を殺しに来るというのなら、僕は戦うだけだ。でももし……すぐに僕を殺しに来ないのなら、テボホ達を安全にルジナの村に連れて行って欲しいんだ。幹部のあなたならいろんな事情に詳しいだろうから」


「テボホ達を、ルジナの村に……?」


「どちらにしても、明日の朝には僕たちは出発するし、今のあなたには、たぶん僕たちは殺せない。テボホ……君たちとはここでお別れということになるけど、もしジャヒが一緒に行くというのなら、彼を頼ってもらって欲しいんだ」


 テボホはびっくりした表情をしながらも、悠の言葉にムワンパとラヤの笑顔を思い浮かべながら答えた。


「ああ、もちろんだよ。ユウ。ジャヒは大事な仲間だし、俺たちのリーダーだ。もしジャヒが一緒に行ってくれるなら、俺たちは喜んでジャヒに従うよ」


 テボホの顔は笑っていた。ムワンパとラヤのようにいい笑顔だった。


「ありがとう、テボホ。ルジナにもよろしく言っておいてね!それじゃあ道中、気を付けて!」


 悠は手をあげてテボホに別れを告げると、サリやホダムたちと一緒に先ほどまで寝ていた宿屋へと戻っていった。


「さて、俺たちも寝るとするか!…出発まではまだ時間がある。少しでも休んで体力をつけておこうぜ。ジャヒ。どうか、俺たちからも頼む。俺たちにはあんたの力が必要なんだ」


 テボホはそう言うと、仲間たちと共に寝床へ戻っていく。ジャヒだけが、呆然とそこに立ちつくしていた。



「サリ、具合はどう?」


 先ほどまで寝ていた宿に到着するなり、心配そうに悠が尋ねた。


「ごめんね、ユウ。私、何にも役に立てなくて。身体の方は心配ないわ」


 サリが笑顔で答えるが、さすがにいつもの元気はなかった。


「役に立ってないだなんて、そんなことないよ。…それより、もう一度寝る前に少しだけサリに聞きたいことがあるんだ」


「聞きたいことってなあに、ユウ?」


「サリは前にこの世界には果てがあるって言ったね?大体でいいんだけど、この世界がどうなっているか、わかる範囲でいいから教えてくれないかな?」


 悠が尋ねると、サリは外から石を拾ってきて地面の上に地図を書き始めた。


「私も全部を自分で確認したわけじゃないんだけど、まず、この水飲み場が世界の中心になっているの」


 サリが地面に描いた地図は、悠の常識を根底から覆すものだった。水飲み場を中心として、北には世界の果てたるルガ族の険しい山岳地帯。北西にはルジナの村があるダナ族のサバンナが広がり、北東にはサリたちの故郷であるモリト族の森がある。そして、そこから真南に向かった大地の最果てには――巨大な滝があるというのだ。


 悠がサリから聞いた話をまとめると、こうだ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

【世界の地理】


北:ルガ族の山岳地帯(世界の果て・山)


中央:水飲み場(市場)


北西あたり:ダナ族のサバンナ(ルジナの村もこのあたり)


北東あたり:モリト族の森


南:世界の果ての大滝


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ちょっと待って、サリ。この…世界の果ての大滝って……」


 悠は、元の世界で昔の人が考えていた昔の世界地図というのを思い出した。天動説が当たり前の頃に考えられていた世界の姿……。


「とっても素敵なところよ。私も一度だけ見たことがあるけど、壮大で素晴らしい眺めなの。マジマクウ(大いなる水)と呼ばれているわ」


「マジマクウ……」


「ええ。伝承では、この滝は世界中の人々の涙を集めて作られているそうなの。『人々が人間らしい心と共に涙を失った時、この滝の水が枯れる』と言われているわ」


 サリは、その時の光景を思い浮かべているかのように、遠い目をしながら微笑みを浮かべていた。


(世界の果て……)


 見られるものなら見てみたい…漠然とそう思った時、悠の中でふと考えが閃いた。

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