第六章 ~大地に還る命と、近づく心~(二)
「あいたたた……まさかとは思ったけど、ホントにこんな漫画みたいな展開になるなんて……」
胸をさすりながら、悠はサリの寝顔を見つめた。こちらまで自然と微笑みを浮かべてしまいそうな、無防備で可愛らしい寝顔だった。
(今、何時頃なんだろう?まだ、真夜中みたいだけど……なんだか静か過ぎる気がするな…)
その時、パチッとサリの目が開いた。サリはサッと上半身を起こすと、耳を澄ましながら何かを感じ取ろうとしている様子だった。
「ユウも起きてたのね。さすがね…この微かな気配に気づくなんて」
(いや…僕はサリに起こされたんだけどなあ……)
心の中で苦笑いしながらも、同じように周りの気配に意識を巡らすと、何か小さな違和感が点在しているように感じられた。
「広場の方だね。見に行ってみる?」
「ええ…、なんだか気になるわ」
二人は、バッと入り口を飛び出ると広場へ向かった。後ろからロボとシオン、そしてリンバがついてくる。
「ロボ、リンバ!…念のため、君たちはこの近くで待機しててくれるかい?身を隠しておくんだ。シオンは僕と一緒に行くよ」
悠はシオンに向かって腕を差し出すと、チョンッ、チョンッと腕を伝って定位置の肩に飛び乗った。
「念のため、建物の陰から覗いてみよう」
「そうね」
二人はサッと飛び上がると、屋根の上からそうっと広場を見渡した。
「ミーアキャット?」
サリがすぐに見つけたのは、確かにミーアキャットだった。直立して見張りをしながら、遠くの敵や周囲の安全を確認する姿。優れた視力と強力な穴掘り能力を持つ。本来小さくて可愛らしい見た目の動物のはずなのだが、広場のムワンパとラヤが吊るされていたアカシアの木の周りを、なぜか取り囲むように集団で、なおかつ直立不動で立っている姿はかえって不気味だった。
「30匹……。確かにミーアキャットは群れで暮らしている生き物だけど、なぜ広場なんかにいるんだ?……この感じ、覚えがある…」
(そう…。ラヤのハイエナ達が、ルジナの村に現れた時の様子にそっくりなんだ…)
「バヤンガン……」
「そうだね。黒の信徒の幹部が、彼らの目を使って監視している可能性がある……」
(狙いは僕たちなんだろうか……いや!!)
「テボホ!」
悠とサリは顔を見合わせながら同時に叫んだ。
「彼らが心配だ」
「ええ、でもどこに…」
サリが急いたように気配を探ろうとするが、悠はシオンに手を添えて見つめながら言った。
「そのことなら、たぶん大丈夫だよ。シオン、力を貸してくれるかい?」
シオンは頷くと、ほどなくして体をクタッとさせた。悠の頭の中に映像が浮かび上がる。
「シオンッ!どうしたの!?」
サリがびっくりした様子で、心配そうに小さな声で叫んだ。
「心配しないで。シオンは今、意識が…ううん、魂が体を離れて、テボホの様子を見てくれているんだ。でも…クレアの時より映像が不鮮明でちょっと見づらい感じがする……」
悠は目を閉じて意識を集中した。
(集中しても映像の解像度は変らない…見にくいままだ…。ちゃんと背景とかは映っているから、夜であることは関係なさそうだけど……。いた、テボホ!)
「見つけた…テボホがいたよ。彼らと別れた時間と見えている風景の感じからすると、この村のどこかであることは間違いなさそうだ。テボホ達も起きて周りを警戒している…きっと何かあったんだ…」
悠がサリに解説しながら目を開くと、悠の目はうっすらと青い光を帯びていた。
「シオン…周りの様子も見せてくれるかい?」
悠が実際の声と心の声で同時に語り掛けると、映像がその周りを旋回するように映し出した。
「ミーアキャット!やはり……こちらは20匹……」
「つまり…このバヤンガンは50匹のミーアキャットを操れるってことね…」
「うん…。一体一体は小さいけど、この数は不気味だ……。シオン、戻るんだ!」
シオンの身体がピクッピクッと動き出したかと思うと、パッと起き上がって、すぐに悠の肩へと飛び乗った。そしてすぐに一つの方向へ視線を向けた。
「そこに、テボホがいるんだね。行こう、サリ!……ロボッ!!」
「ええ、ユウ!……リンバッ!!」
悠とサリは、連れ立ってシオンが視線を送った方角へと疾走していく。途中、二人の目が合うと、お互いの掌に、手を繋いで歩いた時の感触が甦っていた。後ろからついてくるロボとリンバが、そんな二人の様子を見守っている。その時の悠は気づいていなかった。サリが悠を見つめる目は、恋をしている少女の目をしていたことに。
「いた!……テボホ!!」
「あれはまさか……おおっ、ユウッ!!来てくれたのか!!」
焚火を囲むようにして、あたりを警戒していたテボホ達は、悠の姿を見ると一斉に喜びの声をあげた。悠はテボホ達に合流すると、早速テボホに尋ねた。
「もしかして、あのミーアキャットのバヤンガンを警戒してるの?」
「ああ。あれはペレレザという奴のバヤンガンだ。ミーアキャットの能力や群れを作るのを利用して、監視したり情報を集めたりするんだ……。きっと、おれ達が本当はムワンパやラヤと同じく裏切っていたことがもうバレてしまったんだろう。まあ、二人を埋葬したときから覚悟の上だったがな」
悠は、その言葉を聞いて、敵の情報を得る良いチャンスだと思いながら尋ねた。
「他には何人くらいバヤンガン使いがいるの?」
「俺たちは元々ムワンパの下についてたからな。俺でも知っていると言えば、聖女フィティナとペレレザ、それにジャヒくらいだ」
「呼んだか?」
遠くで叫んだような声が、なぜかすぐ近くで聞こえたかと思った瞬間、遠くから凄まじい勢いで迫ってくる影があった。その力強さと迫力に、判断する猶予はほんの一瞬しか残されていなかった。悠は、咄嗟にテボホを、背中による軽い体当たりの要領で攻撃線上から弾き飛ばした。そして自らはそのまま後ろに倒れることで、間一髪、突進を躱し、その流れを利用しながらメタモルフォーゼ(獣人化)した鷹の脚で思いっきり敵を真上に蹴り上げた。巴投げに似た『捨て身技』を、一つの動作で二つの目的を果たすという、高度な応用であった。
(『身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ』……本当に武術の教えは、生きた知恵の結晶のようだ…)
悠は心の中で感動と感謝を覚えていたが、獣人化した鷹の脚が捉えた感触は、真っ向からぶつかり合ったような感触であった。つまりは同質の力……敵もまたメタモルフォーゼの力を持つ相手だということを示していた。
「面白い。お前もメタモルフォーゼが使えるのか。どうだい、この俺の能力、獅子吼は?便利だろう?」
またしても、上空にいるはずの相手、おそらくはジャヒという男の声が、悠のすぐ目の前から聞こえてくる。
「危ない、ユウ!リンバ!!」
悠が上空の敵に気を取られている隙に、鬣を風になびかせて疾走する黄金色のライオンが忍び寄ってきていた。だが、それについてはフィティナと戦った時の教訓が生きていて、決してジャヒの声だけに気を取られることはなかった。
「ロボッ!!」
ライオンのバヤンガンが大きな口を開けて迫りくるのを、間にリンバが入って食い止めた。開いた口をその強靭な手で引き裂こうとする。さらにそこにロボが側面から喉笛めがけて襲い掛かった。勝負は一瞬で決まるかと思えたが、ここで予想外のことが二つ起きた。
「!!!」
ロボが今まさに噛み付くためにジャンプしようとした瞬間、その足元に地面からミーアキャットが数匹姿を現したのである。それは完全にミーアキャットの命を犠牲にすることを前提にした戦術であった。ロボは進路を変更せざるを得なくなり、もう一つは、ジャヒの能力には別の使い方があったのである。
「ガオオオォーーーッ!!!!」
それはまさに百獣の王と呼ばれるライオンの、腹の底からすくみ上るような咆哮であった。それがジャヒの口から発せられていたのである。声自体は何の威力も持たないが、その声は聴く者の本能的な恐怖を呼び覚ました。これが本来あるべき姿の『獅子吼』なのだろう。リンバもまた、獅子吼の声に一瞬怯んでしまい、その隙にライオンは身を翻してリンバの手から逃れた。
「さて、改めて自己紹介と行こうか。俺の名はジャヒ。見ての通りライオンのバヤンガン使いだ」
空中から地面に着地したジャヒはライオンと共に並び立った。黒の肌をしたジャヒと暗闇の中でも黄金色の輝きを放つその姿は、まさに百獣の王とその名を冠した勇者というような威光を放っていた。
(仕切り直しか……相手の能力は大体わかったけど、このコンビはかなりの強敵なのに加えて……あのミーアキャットが厄介だ。でも……ありがとう、ムワンパ。ラヤ。あれは君たちのおかげだ!)
悠はなるべく相手の全体を見て視線を読まれないようにしながら、しっかりと確認していた。ジャヒの胸元にも『古の聖盤』が、誇らしげにぶら下がっていることを!
「僕はユウ。今はちょっと肌の色が変わってしまってるけど、証人の仲間だよ。そのことを知ったら、あなたも僕を殺しに来るのかな?」
「ほう。確かにそれを聞いてしまったからには、仕事が増えてしまったかもしれないなあ。俺の仕事はそこにいる裏切者たちにけじめをつけに来たんだが。証人がホダムを従え、メタモルフォーゼの力でもって俺の邪魔するとなれば、先に憂いを取り除かねばなるまいな」
ジャヒは、目にバヤンガン使い特有の赤い光をぼうっと浮かび上がらせながら、悠を値踏みするような目で見た。
(…よし。これでターゲットは僕になった。…とは言え、問題は二つだ。僕の聖盤破壊は、クレアのようにスムーズには行かないということ。そして僕たちの戦いはミーアキャットで一部始終みられてることだ)
ミーアキャットの監視の中で戦うとなると、聖盤破壊を有効活用できるのは今回が最後になってもおかしくない。いや、そもそもこの戦いの中で聖盤破壊を行う余裕があるかすらも疑わしい。
(もう一つ……さっきから何かが引っかかっているんだ……獅子吼…)
「じゃあ、いくぜ」
悠のすぐ耳元でジャヒの声がした……と思った瞬間に、悠は走り出していた。
「なっ!……ちっ、話ぐらいちゃんと聞きやがれ!」
(一つはこれだ……獅子吼ですぐ傍で声がすると、それを無意識に聞こうとして、その場に居着いてしまうんだ)
武術において、『居着き』は自分から臨機応変な動きを封じ込めてしまった状態と言える。つまり獅子吼は、相手の意識やタイミング、位置の移動に制約を与え、コントロールする術とも言えるものだった。
「ロボッ!!」
ロボは月の光を浴びてジグザグに銀色の光を引いて動きながら、ミーアキャットたちに位置を読ませない素早い動きでライオンに向かっていく。今度は一対一の真っ向からの戦いであった。銀色と黄金の光を放つ2匹が激しく交差する。
「ウオォォーーーーンン!」
「ゴアァァッ!!!」
一方、悠はと言えば、ロボとの強い絆によってもたらされる狼の脚力を生かしながら、移動の気配を察知して先に動く――いわゆる武術で言う『先の先』を取って、ジャヒの突進を躱していた。
(やはり……一瞬の瞬発力は凄いけど、俊敏さや持続力はあまりないみたいだ。……いや、それだけじゃない。さっきから何かが引っかかっているんだ……獅子吼……。声を相手の傍に飛ばすあの能力。もし、あの能力を僕の『遠吠えの気合』と組み合わせることができたなら……それこそ、敵の胸元へダイレクトに破壊の波長を送り込んで、一瞬で聖盤を粉砕することも可能になるのに……)
遠吠え一つで全ての聖盤を破壊することが出来る……その『最強の一手』は、非常に魅惑的で、それであるが故に、今の悠にとってその考えに固執するのは危険だった。聖盤の振動が皆同じとは限らないし、そもそもが気合を発するまでの過程には、振動を掌に感じながら呼吸にその振動を合わせるという複雑で繊細なプロセスが存在するのだ。
(思考を切り替えろ……未練を残すな……。現実的な方法で、この状況を打開するんだ!)




