第六章 ~大地に還る命と、近づく心~(一)
悠は唇を噛んだ。遠目からでも、それが誰なのかわかった。この世界の慣わしでは、魂は速やかに大地に還さなければならない。それをこんな形で晒し続けるのは、この世界における最大の侮辱であり死者に対する冒涜だった。
周囲には数人の黒の信徒たちが、槍を構えて立っていた。だが、どこかその姿には違和感があった。
(腕をかばっている…?……まさかルジナの村を襲った連中なのか!?)
「サリ、行こう!」
悠は、足早に広場に行くと、黒の信徒たちの前に堂々と姿を現した。隣でロボが、肩にシオンが、黒の信徒たちを見つめている。サリはやや後方に待機して、周りに注意を払いながら奇襲に備えた。
「ムワンパとラヤを殺したのは、君たちなのかい?」
悠は尋ねた。その声には微かな怒りが含まれていたが、すぐに彼らには殺気がまるで感じられないことに気づいた。悠は心を鎮めながらもう一度、口調と表情を変えて丁寧に尋ねた。
「一体、何があったのか教えてもらえませんか?僕は、ムワンパとラヤを大地に還してあげたいんだ」
「……ようやく、来てくれたか。証人よ」
黒の信徒の一人が、一歩前に出て口を開いた。
「……ムワンパとラヤは、名誉の死を遂げた。教団には聖盤について何も語ってはいない。そして、我らの命も助けてくれたのだ。ムワンパとラヤは我々の罪もすべて被り、我々は二人の罪を訴えることで死から免れた…」
黒の信徒は静かに、涙を流し始めた。おそらく彼らの中には二人に対する感謝と懺悔の気持ちが溢れているに違いないのが、彼らの表情から悠には痛いほど伝わってきた。
「…そうだったんだね。もしかして君たちはそれを僕に伝えるためにここの見張り役を買って出てくれたのかい?」
「……そうだ。二人を、幹部たちの前で大声で卑怯者だと罵ってな。この非道な役を引き受けたのだ。……だが、これで我らの役目も終わった。証人よ、我々もムワンパとラヤを、大地に還す手伝いをさせてもらって構わないか?我らもムワンパとラヤを丁重に葬ってやりたいのだ」
黒の信徒の言葉は衝撃的であった。悠は、目の前が一瞬、暗くなるような想いで彼らの言葉を受け止めた。
(まさか…他の幹部たちを欺くために、あのムワンパとラヤが自らを汚れ役にして、聖盤破壊のことと彼らの命を守ったというのか!?)
彼らとは敵同士であり、直接会話を交わしたのは戦場でだけだった。そんな彼らが、命を賭して聖盤破壊の秘密を守ってくれたことに言いようのない気持ちが込み上げてきた。悠の言葉は微かに震えていた。
「…もちろんだよ。それと、僕の名前はユウ。一緒に二人を大地に還してあげよう」
「おれはテボホだ。ユウ、いつか君が来てくれると思って、村の外に二人を埋葬する穴を掘ってある。太陽が昇る方向……新たな生命の始まる場所だ。ムワンパとラヤは、君に話しかけられた後に二人で笑っていたよ。…いい笑顔だった」
(そんなことがあったなんて……。やっぱり僕たちは友達になれる可能性があったんだ……)
二人の遺体は、その場にいた黒の信徒たちの手によって降ろされ、村の外へと運ばれた。ユウとサリは一緒についていき、土の中に埋葬するのを手伝った。穴の中に横たわった二人の死に顔は安らかだった。ただ、死後硬直が解けた後は自然と無表情になるとも聞いたことがある。命を奪われたときの彼らの表情はどうだったのだろう?苦悶の表情を浮かべていたのだろうか?それとも誇り高い表情をしていたのだろうか?
「ユウよ。二人に土をかけてやってくれ。彼らを我らの手で土に還してやるのだ」
「うん…」
悠は土を手に取ると、東向きに掘られた穴の中にようやっと落ち着いて眠ることが出来た二人を見下ろした。二人の姿を目に焼き付けるようにしながら、あの日、夕日の中で地平線へ消えていった彼らの面影を思い出していた。悠は二人に語り掛けた。
「…ありがとう、ムワンパ、ラヤ。僕たちはきっといい友達になれたことだろうね。二人がしてくれたことを、僕は忘れないよ」
今もあの日と同じ夕日が大地を赤く染め上げていた。シオンは、ロボの上にちょこんと座りながら見守っている。悠は祈りの気持ちを込めながら、ゆっくりと土をかけていく。
「……大地が君たちを受け取り、また新たな命へと繋がっていくだろう……」
その様子を見守っていたサリは、静かに歌い出した。
大地よ、受け取っておくれ
この魂を、この温もりを
風になって、雨になって
また巡り会う日まで
サリの歌声は、モリト族の森に響き渡る神聖なゴンドランの音のように、サバンナの乾いた大地に清らかに響いた。黒の信徒たちは、それぞれの想いをその土に込めるようにしながら、二人の上にかけていく。
森の精霊よ、導いておくれ
彷徨う魂を、安らかな場所へ
あなたが眠るこの土の下で
命はまた、芽吹くだろう
(僕に二人の真実を伝えるために、こんな胸が痛むことをやり切った人たち……彼らの心もまた、救われますように…)
悠は最後に、ここにいる黒の信徒たちのために祈った。
皆の祈りを込めた埋葬の儀式は終わった。黒の信徒たちはいったん水飲み場へと戻り、悠とサリはムワンパとラヤを埋葬した場所の近くに腰かけながら、何とはなしに景色を眺めていた。サバンナの景色は、オレンジから紫がかった色に変わっていた。夜に近い部分には一番星が見えている。空を見上げながら悠は二人に語り掛けていた。
(来るのが遅くなってごめん、ムワンパ、ラヤ。君たちは僕が来るのを信じて待っていてくれたんだね。大地に還ることが出来ない苦しみを負いながら…。あんなに死力を尽くして戦った強敵だったというのに、今ではすっかり、昔からの友達だったような気もするよ……)
「ユウ、なに考えてるの?」
隣で悠に寄り添うように座っていたサリが声をかけた。夕日にサリの髪の毛がオレンジ色に輝いていた。
「ああ、サリ…」
そう答えたものの、悠は、埋葬の余韻が残っていてうまく言葉が出せなかった。知っている人の死は、14歳の少年にはまだ重かったのである。サリは悠のそんな表情から気持ちを察したように、一瞬、神秘的な表情を見せながら微笑と共に語り掛けた。
「大丈夫。ムワンパとラヤって人は、無事、大地に還ったよ」
「サリ……」
悠は、サリの言葉を聞くとふっと肩の力が抜けて、抱えていた感情がストンと腑に落ちた。
「……すごいな、サリは。やっぱりアディリのお孫さんなんだなあ。急に言葉が出せるようになった感じだよ」
「うふふ、元に戻ったみたいね。良かった」
サリは笑った。まるで花がほころんだような明るくて可憐な笑顔だった。
(クレアの笑顔にも見とれてしまうけど、サリの笑顔も本当に可愛らしいし綺麗だなあ…)
女の子を見ながらこんな風に思ったりすること自体、新鮮だった。何か今までとは違う感情が宿っている気がした。悠は今、14歳。もう2か月もすれば15歳だった。思春期の真っただ中となれば、クレアに対する憧れ以上に、同年代の女の子に興味を持つのは自然なことであった。
「……埋葬の時の歌が素晴らしかった。森に囲まれた静かな水面がイメージに浮かんできて、胸に静かに響いてくる感じだった。……テボホたちもとても感謝していたよ」
(そして……歌っているサリの表情も、とても神秘的だった。声も身体全体が楽器のように響いているみたいで……)
密かにそんなことを思いながらサリを見つめる悠の目に、尊敬や崇拝の色が滲んでいた。
「あの歌は、モリト族に伝わる歌よ。悲しみを詠うんじゃなくて、故人を次の世界へ送り出すの。そうやって命が廻っていくの」
「そうなんだね…。本当に心に染みわたる感じがしたよ。綺麗な歌声だった」
(元の世界では……同年代の子とこんな風に話をするなんてないだろうなあ。言霊とは言うけれど、言葉の一つ一つに命が宿っている気がする。元の世界でもみんなたくさん勉強しているはずなのに、どうして僕らの世界の言葉は軽く、この世界の言葉は重く感じるんだろう……)
「あはっ。なんだか今日は、ユウにたくさん褒めてもらっているみたい…嬉しいな」
サリは、照れたようにしながら上目遣いで悠を見つめた。悠はそんなサリの表情を見つめながら、最近似たようなシチュエーションがあったことを思い出した。
(……そうだ。つい先日モリト族の森で、夜に二人で木の枝に座って月を眺めた時だ……)
「ねえ、ユウ。今日はもう夜だし、泊っていくんでしょう?」
「え?う、うん。さすがに夜のサバンナを急いで帰る理由もないしね。今日はここで宿泊しようか」
その言葉を聞くと、履いていた布の土をパンパンと叩き落としながらサリが立ち上がった。
「決まりね!水飲み場の方には、遠くから来た人が泊れる建物もあるんだよ。一緒に行こう?」
サリが手を差し伸べる。悠は戸惑いながらその手を取った。
(女の子の手……柔らかい…)
その温かな手の感触に、悠は初めて出会った時のことを思い出した。
(最初に出会った時もこんな感じに手を差し伸べてくれたんだったなあ。でも、今は……この状況をどう判断したらいいんだろう?…この世界ではこれが普通なのかな…?)
サリは悠を見ながら嬉しそうに小さく唄を歌いながら歩き出した。悠はサリの歌声に耳を傾けつつ、二人で手を繋ぎながら、ゆっくりと水飲み場の村の方へと一緒に歩いてゆく。ロボとリンバは少し離れた後ろから、まるで二人の邪魔をしないようにとでもいうように、のんびりと付いてくる。
空はいつの間にか闇を深くしており、空にはたくさんの星が瞬きだしていた。そんな闇の中で、悠は合わさった掌に感じる肌の質感と温もりに、言葉に出来ない感情が湧いてくるのを感じた。
(……なんだろう…この感情……)
「いい夜ね。風が気持ちいいわ……」
星を見上げながら風を感じているサリの横顔が、美しかった。
(この世界で…この星空の下を、サリと二人で手を繋いで歩いている……それだけのことが、なんだかとても尊い経験をしている気がする…)
「あ、ほら。あの建物よ!」
サリが指さし、二人は建物の入り口で立ち止まった。そこでようやく二人は手を離したが、離す瞬間には一瞬、二人の視線が絡み合った。
「さてと……。リンバとホダム…それからシオンは外でお留守番ね」
いつもと変わらぬ調子でサリが話し出すのを見て、悠はホッとしたような、ちょっと拍子抜けのような、どちらともつかない感覚を味わっていた。
「それから中は……と。あ、やっぱり!…市場もやってないから、誰もいないみたい。私たち二人だけね!」
サリは勝手知ったる様子で、中へと入っていく。悠も後からついて中へ入ると、建物の内部はガランとして、ただ寝る場所があるだけという感じだった。
「…明かりがないんだね」
「みんな、あたりが暗くなるとともに寝ちゃうからね。私は、ホダムの力を共有してるから何も問題ないし!ユウも大丈夫なんでしょ?」
「うん、不思議な感じがするけどよく見えているよ」
何もないかと思われた室内だったが、隅の方にいくつか共用で使えそうなものが置いてあるようだった。
「あ、上に掛けるものもある。一枚借りよっと!」
サリは、一枚の布を取って広げると、さっさと部屋の隅の方へ行って横になった。そんな姿を見て、悠もどこで寝ようかと室内を見渡していると、サリが突然声をかけてきた。
「……どうしたの?一緒に寝ないの?」
あまりにもそれが当たり前であるかのような言葉の調子に、悠はパニックを起こしそうになった。
「え!?そ、その、一緒に寝るって……」
「隣同士で寝た方が暖かいでしょ?それに、ユウと私はそんなに他人なの?」
そう尋ねる、サリの表情は少し寂しそうだった。
(この世界では、仲の良い者同士が隣で一緒に寝ることは、自然なことなのかもしれない……)
「ご、ごめんよ!…僕がいた世界では、相手を邪魔しないように離れて寝るのが礼儀だったものだから…」
悠は、出来るだけサリを傷つけないような言い方で説明した。サリは悠の伝えたいとしているところが伝わったように、両手を胸にあてながら心底ホッとした様子で笑みを浮かべた。
「良かった…。それがユウの世界でのルールだったのね」
(サリ……あの様子を見ると、ずいぶん傷つけちゃったんだな……)
悠はこれ以上サリに心配かけないように、すぐにサリの傍へ行くと同じように隣で横になった。このくらいの距離なら大丈夫だろう…そう思った悠だったが、サリはどうしても気になるような様子で、悠に尋ねた。
「ユウ、くっつかないの?私たちの世界では、こうやって一緒にくっついて眠るんだよ?」
サリは、私が教えてあげるという感じで悠の横にピタリと肌を寄せると、布を二人の上に掛け、安心したように目をつぶってすぐに寝息を立て始めた。
(僕は……寝られるだろうか…?本当に、これが普通の仲の良い友達同士の距離感……?)
悠の心臓は高鳴っていた。朝までこの感じで寝られないのではないかと思ったが、サリの温かい肌の温もりと、優しい寝息を聞いているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。
――ドンッ!
突然、夜中に悠の胸に衝撃があった。何事か!?と思った悠だったが、その衝撃は、寝返りを打ったサリの腕だったというのは、お約束だった。




