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守護獣と少年 ~異世界の大地はロマンとロマンスに溢れている!~  作者: 乃尉 未央
第五章 ~名を持たぬ翼と、毒を纏う聖女~
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第五章 ~名を持たぬ翼と、毒を纏う聖女~(三)

 クレアの映像が悠の頭の中に映し出された瞬間、シオンが肩からズルリと崩れ落ちた。


「危ない!!」


 悠は細心の注意を払いながらそっと両掌で受け止めるが、その瞬間、映像がぶれるのがわかった。


「これは……視覚共有!?…でもなぜ?」


(シオンの力によるものなのは間違いない。……心臓も動いている。でも、ピクリとも動かない…この能力と関係があるのだろうか?)


「クレア、どこにいるんだ?…くっ、相手が威圧的なら気配も読みやすいのに……相手は森の気配に紛れて、上手く殺気を消しているみたいだ。ロボ、何か感じるかい?」 


ロボが耳を澄ますようにしながら、同時に空気の中に匂いを感じ取ろうとしているのがわかる。ピクッとロボの耳が動いた。


「見つけたんだね!行こう、ロボ!!」


 悠はすぐにでも駆け付けようとするが、ロボは静かに首を振った。


「怪しいものを見つけたけど、そこにはクレアはいない……ってことだね。陽動作戦か!?」


(とは言え、そちらを放っておくわけにもいかない!)


「クレア、待ってて!!ロボ、行くよ!」


 ロボはダっと走り出し、悠が後に続いた。シオンを片手で胸に抱きながら、森の中を疾走する。


 行きついた先で、悠の目に飛び込んできた光景は、予想通りのものだった。


「証人はどこだ!!かくまっているのはわかっているんだ!!さっさと吐け!!」


 黒の信徒の男たちが、モリト族の村人を数人取り囲んでいる。その中には老人や子供の姿もあった。男たちの手には槍が握られ、村人たちは身を寄せ合いながら怯えていた。


「し、知らない……」


「嘘をつくな!!」


 男が槍を振り上げた瞬間、悠がその腕をつかんでいた。


「やめろ!!」


「なっ……!?」


 男が振り返った瞬間、悠はすでに次の動きに入っていた。片手での四方投げであった。大和流柔術の捌きで男の体勢を崩し、槍を奪い取る。男の肩は外れていた。地面に倒した瞬間に相手を制したまま、足で肩が外れる方向に軽く衝撃を与えていたのである。だがその間に、仲間の男たちが一斉に悠を取り囲んだ。


「お前……モリト族ではないな!……証人あかしびとの仲間か!?」


 男たちの目に、狂信的な光が宿った。


(まずい……はやくクレアのところに行きたいのに!!)


 悠はシオンを胸にしっかりと抱きながら、素早く周囲を見渡した。残りは四人!

 

「ロボ、遠慮はいらない!武器を奪うんだ!!」


 悠の言葉を聞くなり、ロボが素早い動きで次々と黒の信徒たちの手首に噛み付いたり引っ搔いたりして武器を使えなくしていく。ロボの躍動する銀色の輝きに黒の信徒の目が奪われているすきに、悠が一気に黒の信徒の一人に間合いを詰めていた。


(この人たちは見張りを殺している……容赦は出来ない!!)


 悠は本来、両手でかける『一本捕り』という技を繰り出した。突き込まれる槍をかわし、相手の手首を掴んで膝の前へと導く。その動作一つで肘から肩までの関節が完全にロックされ、軽く突き出された悠の膝が当たった瞬間、ゴキッと肩が外れる鈍い音が響いた。


「うぎゃーーっ」


(きちんとすぐに手当てをすれば、元に戻るけど、彼らに争う意志があればあるほど、治療は遅くなる…)


「どうやら、全員武器を使えなくしたようだね。ロボ、この村の人たちを守っていてくれ。黒の信徒たちはもう戦えないだろうし、モリト族の人たちに任せよう」 


 頭の中に映る映像に意識を向けると、クレアの様子はまだ小競り合いといった様子だった。その時、黒の信徒の一人が負け惜しみのように呟いた。


「フフフ……証人の仲間がここにいるということは、今頃、聖女が証人を見つけていることだろう」


「…そうだ。聖女が必ずや、証人を見つけ出して殺すに違いない」


 一人の負け惜しみのような声に反応して、黒の信徒たちが声を上げ始めた。傷に呻きながらも声を絞り出すように確信に満ちた表情で話すその様子は、狂信的な不気味さがあった。


「…聖女?」


 (黒の信徒に『聖女』と呼ばれる人がいる…一体どんな人物なのかわからないけど、なんだか嫌な予感がする…)


「村のお前たちもわかったか!?…証人を守ろうとするからこういう目に遭うんだ!!」


「…それだけじゃない、黒の信徒の幹部。ムワンパとラヤもこいつらに殺されたんだぞ!!水飲み場に行ってみろ!二人の亡骸は土に還してももらえず、未だ苦しみを受け続けているんだ!!」


 村人たちの表情が、恐怖に変わった。それだけではない。悠もまた衝撃を受けていた。


「ムワンパとラヤが殺された……僕たちに?…そんな馬鹿な!本当に…ムワンパとラヤが殺されたと言うの!?」


「…くくくっ、ああ。さっきも言ったように水飲み場に行ってみるといいさ。その目で確かめてみるんだな」


「さてさて…今の言葉は聞き捨てならんのお」


 黒の信徒たちの気味の悪いノイズに満ちた声を一瞬で打ち消すような、穏やかな声が響いた。現れたのは、守護獣のテナンの背中に乗ったアディリと村の若者たちだった。手にはそれぞれ武器を持っている。


「すまんのう、ユウよ。あとは儂たちに任せると良い。それよりも、他にもっと大きな何かが気になる。先ほどから森がざわめいておるのじゃ」


 その時、クレアの映像が消えたかと思うと、シオンがピクリと体を動かしたのが分かった。


「シオン!!」


 シオンは目を覚ますなり、悠の肩に飛び乗ると、ある方角へ視線を向けた。


「シオン…あの方向にクレアがいるんだね!アディリ、後を頼みます!」


 悠は、走り出した瞬間、トップスピードに乗っていた。森の中をジャンプしながら走り抜けていく。肩に乗ったシオンはと言えば、その鋭い爪で獲物を捕らえながら滑空するかのように、悠の肩を掴みながら飛翔の姿勢をとっていたのである。


「キィキィキィキィキィキィッ!!」


「シオン…君も喜んでいるんだね。こうやって疾走しながら風になることを!!」


 飛べないシオンは今、悠の肩に乗りながら初めて空を飛ぶ感覚を味わっていた。シオンと悠は、一体になりながらクレアの元へと急いだ。



「ほうら、見つけたわ。証人あかしびと


 端正な顔立ちをした黒い肌の女性。全体的にチリチリとパーマがかったような髪。前髪を眉の上で真っすぐに揃え、後ろ髪をやや伸ばしたショートカットの髪型。理知的な雰囲気でありながらどこか妖艶さを感じる不思議なオーラをした黒の信徒と、その後ろには真っ赤な目をした大蛇が木の枝の間から顔を出して、クレアを見下ろしていた。


「私の名前はフィティナ。黒の信徒たちの間では『聖女』と呼ばれているわ」


(自分で自分を「聖女」と自己紹介するなんて……ずいぶんお姫様気分なのね。それにしても大蛇のバヤンガン……厄介だわ)


 クレアは、相手のただならぬ気配に警戒しながら、下からフィティナを見上げた。横ではレイラが低く身構えている。


「…そう。あなたは特別な存在なのね。私はクレアよ」


「ふふっ…証人の名前はクレアって言うのね。初めて知ったわ」


(このフィティナって人……堂々と聖盤を胸につけている……。どういうことなのかしら?聖盤破壊のこと、何とも思っていないの?奪われない自信があるから?)


「あら、これ?気になるのね。そうよ、これは『古の聖盤』。黒の信徒たちの幹部の証よ。素敵でしょう?」


 そう言いながら、フィティナの目が細くなった。まるで、クレアの反応を観察しているかのようだ。


「知ってるわ。ズベリやムワンパ、ラヤって人たちも身に着けていた」


 クレアの言葉はシンプルだが、どこか「だからあなただけが特別じゃない」という意味合いを含んでいるようにも響いた。そしてそのニュアンスはフィティナにも伝わったらしく、不快そうに眉をひそめた。


「ああ、ムワンパとラヤね…。ズベリはともかく、ムワンパとラヤはあなたたち証人に殺されたそうじゃない。どうあっても、私たち黒の信徒たちと争いたいみたいね」


「何を言ってるの?私たちはムワンパとラヤを殺したりはしていないし、争いたいも何も、そもそも私たちを殺そうとしているのはあなたたちでしょう?」


「ええ、そうよ。でも、あなたたちが伝承が示すようにおとなしく生贄にならないから、被害が広がるんじゃない。悪いのはあなたたち証人よ」


 フィティナの言っていることは滅茶苦茶だったが、フィティナの声は確信と自信に満ち溢れていた。その表情と声の響きを聞いていると、いつの間にかこちらの思考の隙間に滑り込み、思わず『うん、そうだ』と肯定してしまいそうになる、思考を麻痺させるような危うい魅力があった。


「伝承が間違っているとは思わないの?人を生贄にするのが伝承だなんて、おかしいわ!」


「伝承が間違いなら、なぜあなたのような証人が現れたの?それこそが伝承が正しいという証拠じゃないかしら」


「伝承は一つだけではないし、全てが正しいとは限らないわ。それに、あなたたちの解釈が間違っているという可能性だってあるのよ」


「解釈が正しいか間違っているか……それだけは、実際に結果で示すしかないかしらね?」


 フィティナの後ろにいた大蛇が、ググッっと鎌首をもたげた。それを見て、レイラが低い唸り声をあげた。


「たくさんの人を殺しておいて、解釈が間違っていましたでは済まされないとは思わないの?解釈について話し合うべきは、今よ!」


「解釈があっていれば問題ないだけの話でしょう?話は平行線なんだもの。これ以上話す必要があるかしら?」


 フィティナの声を合図にしたかのように、大蛇がクレアに襲い掛かった。


「グゥルッ」


 クレアの喉から、瞬間的にネコ科動物特有の低いうなり声がしたかと思うと、瞳孔が細長く伸びた。クレアは襲い掛かる大蛇の一撃を躱すと同時に、長く伸びた爪でその皮膚にダメージを与えた。部分的な獣人化であった。


「まあ…これは手ごわいわね。思ったよりてこずりそう……!?」


 その時、フィティナを襲ったのがレイラだった。レイラは一瞬の隙を狙って、聖盤を奪おうとしたのだ。…だが、それは惜しくもかわされた。


(ダメだった……何度も狙えば怪しまれる…いえ、すでに遅いかも)


「…いやね。この泥棒猫。何、人の大事なものを狙っているのかしら……そうそう、ムワンパとラヤがね、聖盤を捨ててきたって言ってたのよ。あなた、何か知らない?」


 フィティナは、突然、世間話をするかのようにクレアに話を投げかけた。クレアは部分獣人化の状態で大蛇を警戒しているようにしながら、答えない。


「そう言えば、ズベリの聖盤もどこにいっちゃったのかしらねえ?…黒の信徒なら誰でもその重要性を知っているのに誰も知らないって言うの。おかしな話じゃない?……ねえ。もしかして、あなた。持ってる?」


 クレアをじっと見つめるフィティナの唇が小さくニヤリと笑った。


「ウフフッ、やっぱり何か知っているのね。それって何かしらね?」


「ウオォォォーーーーーン」


 フィティナの声をかき消すように、オオカミの遠吠えが響いた。


「ロボ…、ユウ!?」


「クレア!!!」


 悠は、フィティナと対峙するようにクレアの近くにある木の上に現れた、それを見てフィティナがニンマリと嗤う。


「まあ、可愛らしい証人の勇者よ。勇気ある少年よ。あなたなら、まさか生贄になることを恐れたりしないでしょうね?」


「なんだって!?…何を言って…」


「…ユウッ!!バヤンガンに気を付けて!!」


 いつの間にか悠の背後に回るようにして、大蛇が忍び寄っていた。


「大蛇!?」


 気づくのが遅かった。知らぬ間に聖女の言葉に意識を誘導されていたのだ。どの方向にジャンプしても、大蛇はその瞬間を狙って飛び掛かってくるだろう。


(どうするっ!!?)


 いつもなら悠が仕掛ける側のものを、聖女に仕掛けられていて絶体絶命のピンチだった。一瞬のうちに浮かぶ手に、確実なものは見当たらなかった。


「キィキィ!!」


 シオンが短く鳴き声を上げた。その鳴き声に呼応するように悠とシオンの目が青色の光を帯びる。古来、鷹と蛇は、自然界における宿敵であり、神話や物語において対極の象徴として描かれてきた組み合わせだった。大蛇と最も小さな猛禽類のツミでは勝負は見えているが、本能が戦うことを選んでいた。


バサバサバサッ!!


 シオンが翼を広げた瞬間、悠は宙に飛びあがっていた。しかし、それはシオンの力ではなくロボの脚力の共有だった。だが、それが終わりではなかった。空中に舞った悠の両足が、鋭利な鉤爪を持つ猛禽のそれへと変化した。大空の覇者たる鷹の脚力を顕現させた、悠の『部分獣人化』だった――。

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