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守護獣と少年 ~異世界の大地はロマンとロマンスに溢れている!~  作者: 乃尉 未央
第五章 ~名を持たぬ翼と、毒を纏う聖女~
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第五章 ~名を持たぬ翼と、毒を纏う聖女~(二)

(あぶない…あぶない……。なんだか急に、クレアと部屋に二人っきりなのを意識しちゃったよ)


外に出て少し歩きだすと、森の中に特有の湿った夜の空気が涼やかに肌を包んだ。腐葉土と夜露の混じった匂いが、ふわりと鼻をくすぐる。木々の隙間から差し込む月明かりが、地面に細かな光の模様を描いていた。風もなく、ゴンドランの音もやんだ今、森はただ静かに息をしていた。


「ふう…。ちょっと頭がすっきりした。ロボ…いつの間にか付き添ってくれてたんだね」


 気づけばロボが、隣で静かについてきていた。ロボは自分だけではないというように、視線を前方の木の枝に送った。


「ユウ、どうかしたの?お散歩?」


 ロボの視線の先に、サリが木の枝に腰かけていた。


「うん。そんなところ」


「こっちにおいでよ。一緒に星でも見ながらお話ししよ!」


「わかった!」


 悠は、無造作に木に向かってジャンプすると、足裏で木の表面を捉えながら八艘飛びのごとく、わずかな凹凸を頼りに一気に登り切った。


「ユウ、すごいっ、すごいっ!!村の男たちでさえ、こんなに素早くなんて登れないわ!ほらっ、隣に座って」


「ありがとう。…でも、スイスイ登れてしまったのは、ロボの力を借りているからだよ。僕だけの力じゃきっとお話にもならないよ」


 隣に座る悠を見つめるサリの目が輝いていた。悠は決してお世辞のつもりではなく素直に自分の意見を言ったつもりだったが、サリにはその謙虚さが新鮮に感じられたらしい。ますます感心したように、体を近づける。


「…確かにホダムの力もあるかもしれないけど、それだけじゃどうにもならないのは、わたしが良く知ってるもの。あの時の男の子がこんな風に成長するなんて思ってもみなかった……」


 サリの目がうっとりと悠を見つめているのは、悠自身にも何となくわかった。だが、クレアと違ってまだ平静でいられるのは、同じ年頃の気安さかもしれない。


(やっぱり…サリってすっごく可愛いんだな……)


 日本人の感覚からすれば、東南アジア系の女の子はエキゾチックで、時にドキッとするほど可愛らしく映ることがある。今、悠が感じている感覚がそれであった。


(『美しいものを、素直に美しいと感じる心が大事なんだよ』と父さんは言ってたけど……、この感情をどう持っていけばいいんだろう?)


「サリ、父さんのことだけど…」


「ああ、シンね!」


「昨日、サリに話を聞いて、この村での様子は大体わかったんだけど、ルガ族のところへはいつ出発したんだい?」


「…そうね、だいたい半年くらい前かしら。その少し前くらいから、黒の信徒とのトラブルが増えてきたの。もちろん、ユウと出会った時に殺された仲間のことも忘れていないけどね」


 それまでのうっとりと悠を見つめる目とは違って、怒りの炎が目の奥に燃え上がるのがわかった。夜の闇に、サリの目がうっすらと緑色の光を帯びて浮かび上がる。


「そうなんだね。僕も気をつけないとね」


「…そうそう!それで思い出したわ。この村には、おじじの他にもう一人ホダム使いがいるのよ。…といっても、ちょっとおかしなところもあるんだけどね。確かにあの鳥はホダムに間違いないのに……なんだか噛み合っていない感じがするの」


「噛み合ってない?」


「ええ。問題はホダム使いの方ね。でも、あの鳥のホダム、とってもいい子なのよ。翼を怪我してて飛べないのに、一生懸命主あるじを守ろうとするの。すごく健気な子なのよ」


「鳥なのに飛べないホダム……。それなのに主を守ろうとする…か。素晴らしいホダムだね。なんだか温かい気持ちになるなあ」


「本当にそうなの。…私は明日、おじじの言いつけで水飲み場に行ってくるから案内できないんだけど、良かったらそのホダムに会ってくるといいかも。もっともホダム使いの方は性格に癖があるから覚悟してねってしか言えないんだけどね」


 サリはそう言いながら、片目でウインクする。悠は、こういう仕草って元の世界と一緒なんだなあと思いながら、その愛くるしさに、クレアとはまた違った感情が溢れてくるのに困った。


「うん…まあ、わかったよ。ところで、水飲み場って?」


「ああ、水飲み場というのは市場のことよ。この辺りの部族の人たちが集まって、思い思いに物々交換するの。たくさんの人が集まるから、いろんな話も聞けるの。たぶんテナンの力の影響だと思うけど、なんだか不穏な空気を感じるみたい」


「そうなんだね。僕もついていこうか?」


「え?…ユウがそう言ってくれるの嬉しい!…でもユウがいると、それはそれで騒ぎになりそうだから、一人で行ってくるわ。リンバもいるし、様子をみてくるだけだから平気よ」


 サリは、私なら大丈夫というように悠の目を見てハッキリと言い切ったかと思うと、急に悠の身体に甘えるようにもたれかかった。 


「ありがとう、ユウ。私を心配してくれて……」


 悠にとって、こんなシチュエーションは初めてだった。これはサリの部族にとっては、わりと普通にあるコミュニケーションの一つなのだろうか?と思いながら、女の子の肌の感覚を直に感じていた。サリの身体は筋肉で硬いかと思いきや、自分の筋肉の感じとは全く違って何とも言えぬ柔らかさがあった。クレアの花のような香りと違って、森のフィトンチッドを思わせる、清々しい爽やかさとほんの少しの柑橘系の香りが混じった良い香りが漂ってくる。


(少し恥ずかしいけど……こうして気持ちをストレートに表現してくれるのって、こんなに心地よいものなんだな……)


 悠は、重なった葉の隙間から見える月を見上げた。今は少しだけこうしていよう、素直にそう思った。



***

 ――翌日。


 見張りが立っているはずの場所から叫び声が上がった。


「なんだ、なんだぁ、今の声は!?」


「…見張りがいるあたりだ。なんかあったみたいだな。ちょっくら様子を見に行くか?」


「おい、そんなところで鳥なんか相手にしてねえで、さっさと行くぞ!」


 呼びかけられた男は、提供された昼飯から自分の苦手な食べ物を鳥に分け与えているところだった。


「別に相手してるわけじゃねえよ。コイツはかえって足手まといになっちまう奴だからよう、ちゃんと役に立つよう説教してんのさ」


男は鳥の名前も知らないようだったが、それは日本に生息するツミという鷹だった。雀鷹とも呼ばれ、日本最小クラスの猛禽類である。小さな体に似合わぬ鋭い眼光と、すばしっこさが特徴だ。


「頼むぜえ、ホダム使い様よ!」


「あんたがいりゃあ、百人力だよなあ!ハハハ」


「はいはい…。面倒くせえなあ…。あんた達もそう思うだろう?俺も面倒くせえのはご免なんだよ」


 あからさまな嫌みを浴びせられながら、薄汚れた服を着た男は引きつった愛想笑いを浮かべていた。


(チッ、心の中じゃ俺を馬鹿にしてるくせによう!)


 男は内心で悪態をつきながら、仲間たちについていく。…仲間?いや、ただ仕事で一緒なだけに過ぎねえ。所詮それだけの関係だ。


 異変にいち早く気づいたのはツミ(雀鷹)だった。肩に乗った状態から伝わってくる反応で、すぐに男も気づいた。3人…4人…5人…6人。黒の信徒……黒い肌をした狂信者たちだ。多勢に無勢…叶うわけがない。男は突然、踵を返して走り出した。


「おっ、おい!!どこに行くんだ、アンタ!!」


「ちょっくらトイレだよ!すぐ戻ってくるから待っててくれ!」


 そう言い訳したかと思うと、足早に去っていく。ほどなくして後ろから仲間たちの悲鳴が聞こえた。


「ひぃっ!…冗談じゃねえや。名ばかりのホダム使いの俺に、村なんか守れるかってんだ!さっさと逃げるに越したこたあねえ…!!」

 

 だが、黒の信徒たちは素早く回り込み、男の退路を断とうとする。


「おいおい、逃げようとしてるのは勇敢なモリト族のホダム使い様じゃないのか?」


「おお、そうだ!肩に珍しい鳥を乗せたホダム使い。だけど、あんまり珍しくて使い物にならないんだっけか?ひゃはは」


 黒の信徒たちが嘲笑するのも無理はなかった。男のことは「逃げ足の早さ」で教団の中でも笑いの種になっていたのだ。


(何とでも言え!…コイツは確かに、俺がピンチに陥った時に現れたんだ。ホダムに違えねえのさ。肩に乗っかって威嚇したら相手が逃げていきやがったことだってあるんだよ!…もっとも、2回くらいしか役に立ってねえけどなあ!!)


「そうらっ!!」


 黒の信徒の一人が、ふざけ半分に男の足を狙って槍を投げた。飛んで来た槍の柄が足に絡まり、男は「ぐわっ!」と情けない声を上げて激しく転倒した。


「!!!」


 男が痛みに顔を歪めながら後方を見ると、肩にとまっていた鳥のホダムが、無惨にも地面に投げ出されていた。怪我で翼が変形してしまった飛べないツミだ。逃げられるわけがない。


「バッ…!!」


 馬鹿野郎と叫びながら戻ろうとするが、追っ手たちがニヤニヤと笑いながら近づいてくるのが見えて、すぐに自分の命の方が大事だと思った。

 地面に倒れたホダムと目が合った。なせか、その目はすでにあきらめているのが分かった。早く逃げろと言っているようにも思えた。


(冗談じゃねえ…こんなんで死んでたまるかってんだ!見捨てて逃げるしかねえ!!!)


 だが、男の足は、気づけば追っ手とホダムの間に向かって走り出していた。「おい…なにやってる!?」「そっちじゃねえ!!」「どこ向かってんだ!!」男は頭の中で自分の足に向かって叫んでいた。だが、心の中で語り掛けてくるもう一人の自分がいた。


(…だけどよう、あいつは俺にとってホダム使いの証のようなものだ。大したうまい話もなかったが、ちったあそのおかげでいい思いをしたこともある…。そうだよ、あいつは俺の金づるなんだ…)


 彼の表情は泣き出しそうなほどに歪んでいた。後悔、自嘲、全身全霊で自分の行動を否定していた。

 男は飛びつくように鳥のホダムに覆いかぶさりながら、背中に激痛と共に冷たいものが食い込んでくるのが分かった。


「ぐわあっ!!!」


「面白れえ!!こいつ鳥をかばって自分から殺されに来たぜ」


「どうれ、なぶり殺しにしてやるか」



 ――森の中は、重い静寂が戻っていた。


 途中から不穏な空気を感じて駆けつけた悠が見つけたのは、黒の信徒の姿ではなく、仰向けに地面に倒れた男と、その腕に大事そうに抱えられた小さな鳥の姿だった。彼の背中から流れ出たであろう血が、地面に広がっていた。


「おじさん、怪我はっ!?」


 男の目は、すでに悠の姿が見えていないらしかった。ただ宙を見つめながら、昔を思い出すように語りだした。


「…俺ぁホダム使いとしては、何の価値もない、名ばかりだけの存在でよ。俺のホダムは、どうやら過去に大怪我をしていたらしく、戦うことはおろか、飛ぶことすらできやしなかった。そのあまりの失望と怒りったらありゃしねえ…俺はコイツに名前すら付けてやらなかった。『おい』っとか『お前』とか…」


「え…。ホダムって、まさかあなたは!?」


 この人こそが、サリの言っていたホダム使いなのだ。悠はサリの言っていた言葉を思い出した。


『あの鳥のホダム、とってもいい子なのよ。翼を怪我してて飛べないのに、一生懸命主あるじを守ろうとするの。すごく健気な子なのよ』


 だが、目の前の男と鳥のコンビは違っていた。自嘲気味に笑いながら、男は両手に抱えたツミを見せつけるように差し出した。悠はそれが鷹の一種だということだけはわかった。


「フッ…俺ぁ馬鹿だなあ。こんな役立たずのホダムを助けるために、ひでえ目にあっちまうなんて…」


「この子があなたのホダム…」


 男の目には、その光は見えていないはずだった。だが男はゆっくりと顔を上げると、涙に滲んだ目で悠を見つめた。薄れゆく意識の中で、ロボの銀色の体毛と悠の姿が溶け合うように重なって見えたのかもしれない。男の唇が、何かを感じたように、かすかに動いた。


「おおぉ…証人あかしびとよ…。俺は…いや、私は、今、わかりました…」


 男は見えないはずの目で悠とツミ(雀鷹)を交互に見つめ、その目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。


「俺は、最初っからホダム使いじゃなかったんだ…。ホダムは『現れるべき時に、どこからか自然と現れる』…。俺は、あんたにこのホダムを届けるために、選ばれただけだったんだ…」


「届ける……僕に?」


「きっとこれが…、ごほっ…あんたにとっての『現れるべき時に、どこからか自然と現れる』という形だったんだろうなあ。…コイツを受け取ってくれるかい?そして、名前を与えてやってくれ…」


「名前…」


 悠はツミ(雀鷹)とゆっくり視線を合わせた。丸く澄んだその瞳が、じっと悠を見つめ返している。ツミは雌にだけ、お腹に「鷹斑たかふ」と呼ばれる鷹の仲間に特徴的に見られる縞模様がある。悠はそのことを知らなかったが、雰囲気から雌だと直感した。そして、気づけば唇が動いていた。


「シオン…」


 悠は、紫苑シオンの花言葉が「追憶」や「君を忘れない」であることを知らない。だが、自然とその名前を口にしていた。


「…。おいで、シオン」


 悠はツミ(雀鷹)に微笑みかけると、ツミ…シオンはトンッと悠の腕に飛び乗り、振り返るようにして死にゆく男を見つめた。その目に、色んな感情が押し寄せながらも、ただ静かに見つめているのが悠には痛いほどわかった。


「シオンか…いい名だ…。元気でな…」


 男は、最後に満足げな微笑みを浮かべると、ゆっくりと目を閉じ、二度と動かなくなった。

 

 と、同時に……シオンを通して、クレアの様子がまるで元の世界の液晶モニターに映し出されたかのように、悠の脳内へダイレクトに飛び込んできた。


「これは……、はっ、クレア!!」


 クレアは、黒の信徒らしき女と向かい合っていた。

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