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守護獣と少年 ~異世界の大地はロマンとロマンスに溢れている!~  作者: 乃尉 未央
第四章 ~再会の響きと、残された道標~
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第四章 ~再会の響きと、残された道標~(一)

 ルジナの村を出発してから、およそ半日が過ぎた。


 悠は、どこまでも続く黄金色の草原の中を、新鮮な感動と共に歩き続けていた。一歩踏み出すごとに、裸足の足裏に感じる大地の感触が少しずつ変化していく。急ぐ旅ではない。風景がゆっくりと移り変わっていくのをのんびり楽しみながら、シマウマやキリン以外にも、ディクディク、ミーアキャット、オオミミギツネなど、様々な動物を見つけては、その雄大な景色にしばし魅入っていた。


「考えてみれば、ユウとこんな風に谷の外を歩くなんて初めてね」


 穏やかな沈黙を最初に破ったのは、意外なことにクレアだった。


「そうだね。なんだか不思議な気分だよ。まるで初めてのピクニックみたいだ!」


 悠は、クレアの言葉に表情を輝かせながら瞬時に反応した。クレアが話しかけてくれたことが嬉しくてたまらないのが、その雰囲気から丸わかりだった。


「ピクニック…懐かしい言葉。私にも、パパやママと一緒に丘の上まで行ってサンドイッチを食べた記憶が、なんとなくあるわ」


「そうなんだね!う~ん、ピクニックが懐かしいかあ。それじゃあ、遊園地は?」


「まあ…、それも懐かしいわね。そんな言葉を耳にするのは、本当に何年振りかしら。…やっぱり悠と私は同じ世界から来たんだなあって、しみじみ思うわ」


「本当だね。」


 クレアは遠い昔の記憶を辿っているかのように、微かに微笑みを浮かべながら遠い目をしている。レイラがその様子をいかにも優しく見守っているのが印象的だった。


(こっちに来たばかりの頃は、元の世界の話をすることもあったけど、意外とこうした日常の話をするのはなかったなあ。僕も「あれが食べたい」とか「これがあったら」とか考えるのは空しくなるばかりだと悟ってからは、あまり元の世界のことは考えないようにしてたし)


 悠がそんなことを考えていると、不意にクレアが悠の足元を指差した。


「あ、リコリス」


「え?」


「ユウ、その足元の小さな紫の花……根っこを少しだけ齧ってみて」


 クレアの言葉に促されるがまま、悠は腰を屈めてその花を引き抜き、細い根を口に含んだ。


「――っ、甘い! これ、砂糖みたいだ」


「ふふ。疲れが飛んでいくでしょう?」


  黒の信徒の目をルジナの村からそらすための旅立ちであった。命を狙われる厳しい旅になると思われたが、まさかクレアとのこんな楽しい時間を過ごせるとは全く想像していなかった。


「すごいな、クレアは。あの谷からほとんど出ることなかったのに、色んなことを知ってるんだね」


「私も必死で逃げ回っていた時があったから……。危険なものはレイラが教えてくれたし、そんな中で色んなことを体でおぼえていったのよ。もちろん、そのあとでルジナが色々教えてくれたこともあるけどね」


 クレアはさらりと説明していたが、その言葉の重みに、悠は胸が締め付けられるような思いがした。10歳という年齢でこの世界に放り出されて、どんなに心細かっただろう。そんな悠の視線に気づいたのか、


「私にとって幸運だったのは……目が覚めた時にはレイラが傍にいてくれたの」


 レイラの背中を撫でながら、クレアが続けた。


「それも、ライオンの群れから私を守るように、ね。本当はパニックになりそうだったけれど、レイラがライオンを追い払ってくれる姿を見ながら不思議と安心感を覚えたわ。レイラがいてくれなかったら、私は今頃この世にいなかったでしょうね」


「悪い冗談だよ、クレア。でもレイラが守護獣ホダムだってことは、その時はわからなかったんじゃない?」


「確かにホダムという言葉すら知らなかったけど、その時から特別な繋がりを感じたわ。悠も体の感覚の変化を感じたでしょう?」


 悠は、隣に寄り添いながら歩いているロボを見ると、あらためてその時の感覚を思い出した。


「そう言えばそうだね。逆に言えば、だからこそクレアは逃げ延びることが出来たんだね」


「そうね…」


 クレアはそれきり言葉を途切れさせた。もしかしたら、ルジナのところへ辿り着くまでの辛い出来事を思い出しているのかもしれない。悠はクレアの横顔を見つめながらそう思った。だが、その心配はすぐに解消された。


「……見て、あのアカシアの木。 今日はあそこを宿営地にしましょう」


「うん!」


 サバンナの空は、赤い夕焼けから深い紫色に溶け始めていた。

 長い影が草原を這い始める頃。二人は巨大なアカシアの根元に辿り着いた。


 悠は、火を焚いて「安全な場所」を確保すると、今夜の夕食のための穴――アースオーブンを掘り始めた。


(……なんだかワクワクするなあ。外でこんな風に食事の準備をするのは)


 悠が一生懸命に土を掻き出す姿を、木の上でくつろぐレイラと、周囲を警戒するロボが静かに見守っている。悠とクレアの旅はまだ始まったばかりだが、この半日間で交わした言葉の数は、これまでの二年間を優に超えているような気がした。


「これくらいの深さでいいのかな……。よし、あとは底に焼けた石を敷き詰めて、と」


 悠が立ち上がりながら、自分の掘った「アースオーブン」の土台を見つめる。日本にいた頃の自分が見たら、ただの穴掘りとしか思えないだろう。けれど今の悠には、これがこの過酷な大地で「温かな食事」をいただくための知恵だということを知っている。


「ユウ、準備はいい? 私が仕上げをするわね」


戻ってきたクレアが、腕いっぱいに抱えていた「特別な葉」を悠の隣に置いた。

悠は、あらかじめ手に入れておいた肉と根菜をどう料理するのかと興味深く眺めていたが、クレアは手際よく葉で食材を包み込んでいく。


「へえ……」


「この葉っぱから出る汁が、お肉を柔らかくしてくれるのよ。それに、この赤い実を潰して塗ると、香りが引き立つの」


昼間、レイラとロボに探してもらった塩舐めソルトリックから取ってきた岩塩。途中で捕まえた鳥。クレアが摘んできた赤い実。過酷なサバンナで、こんなにも豊かな食材が揃うとは、この世界に迷い込んでいなければ想像も出来なかっただろう。


(君たちの命のおかげで、僕たちは生きられる。ありがとう。次は僕たちが土に還り、君たちの食べ物になる番だ)


 それもまたルジナに教わった、命への感謝と循環を詠った祈りの言葉だった。

 悠が掘った穴の底に敷かれた焼き石の上に、クレアが丁寧に包んだ料理がそっと置かれた。その上から再び土を被せ、空気を遮断する。クレアが最後に土をポンポンと叩いてならす姿は、まるで母親が子供をあやす姿のように優しく映った。この世界では、あらゆるところに感謝の気持ちに溢れていた。


「……これでよし。あとは精霊だいちが、美味しくしてくれるのを待つだけね」


火を囲んでの、静かで豊かな待ち時間が始まった。パチパチと爆ぜる焚き火の音が、サバンナの夜の沈黙を心地良い響きで彩っている。


「…ねえ、クレア。明後日にはモリト族の森に着くって言ってたけど、モリト族の村って、どんな感じなんだろう?」


 悠とクレアがまず目指したのはモリト族の村であった。悠を最初に見つけてくれたのはモリト族の少女だった。何も手掛かりがない中で、唯一何かあるとしたら、モリト族だろうと思ったのである。自分たちの存在を知ってもらうにも、悠を守ってくれたという経緯からも、その判断が最善かと思われた。


「そうね……。彼らは特に音に敏感で、森の一部として生きていると言われているわ。でも、今まで部族の間にはほとんど交流がなかったから、正直なところほとんどわからないの。ルジナがお互いの交流や共存共栄を目指しているのは、そういうことも理由かもしれないわね」


「確かに、今でもそれぞれ自分たちの生活をしているという意味では共存しているとも言えるけど、それだけじゃなんか寂しいよね」


 二人が話をしている間に、穴の中から、微かに芳醇な香りが漂い始めた。悠とクレアがそれぞれ力を合わせて大地に預けた「命の恵み」が、最高の瞬間を迎えようとしている合図だった。


「どれどれ…すごく、いい匂いだ。いい感じで焼けてそうだなあ。と…あちち」


 悠が上にかぶせられた土を取り払って、葉っぱで包まれた蒸し鶏の料理を取り出した。食材をくるんだ葉からは、いかにも美味しそうな湯気が立ち上っている。


「ふふ、どうやら上手くできたようね」


 クレアが漂ってくる香りに満足そうに頷いた、その時だった。


 ピンッ——レイラの耳が鋭く反応した。続いてロボが静かに立ち上がり、闇の奥へと鼻先を向ける。


「…何かが近づいてきてる。速い…」


「……この気配、覚えがある気がするわ」

 ダダッ、ダダッ——重さと軽霊さが入り混じった足音が、徐々に大きくなってくる。やがて焚き火の光の届く範囲に、見覚えのあるシルエットが浮かび上がった。

 赤茶けた長い毛。どっしりとした体躯。そして、その広い肩の上に小さく腰を据えた人影。


「……あのオランウータンのホダムは」


 悠の声が、思わず上擦った。


「どうやら、お客様みたいね。これから探そうとしていた子が、向こうからやってきてくれたわ」


 クレアが、静かに微笑んだ。


「あの時のお姉さん!!」


 少女の声が、夜のサバンナに弾けた。


「……わあっ! すごい、いい匂い。向こうまで漂ってきたよ!」


 顔立ちだけ見ればまだ少し幼い雰囲気は残るものの、すっかり大人びた少女へと変わっていた。その瞳には、クレアと会えたことや無事な姿を確かめたという安堵の色が溢れていた。その瞳が悠の方へ移されると、いぶかしげな視線から驚愕へと変わっていく。


(モリト族…?初めて見る…顔……え…もしかして…)


「あ、あなたは!…もしかして、あの時の!?」


 少女の顔が、ぱあっと明るくなったかと思うと、嬉しそうに悠を指差している。


「そうだよ、久しぶりだね。あの時は助けてくれてありがとう!僕は新島悠にいじまゆう。ずっと君にお礼が言いたかったんだ!」


「私の名前はサリよ。無事で本当によかった!」


 二人の間に旧友に再会したのを懐かしむような空気が流れる。だが、サリは急に大事なことを思い出したようにまっすぐに悠を見つめた。


「……あなたに、伝えなければならないことがあるの」

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