中編
「俺たちもやるぞ!」
「お、おぅ!」
アリスとレインに感化された魔法生たちは、次々にドラゴンへ立ち向かう。
「炎の精霊よ、我が剣に集え来たれ、そして我と共に敵を貫け! 炎剣矢!」
「空気と交わりて、爆発せよ! 暴発!」
全員が力を合わせて攻撃に徹するも、石よりも硬い鱗に全て吸収され、全く歯が立たない。
「くそっ、全然効いてねぇ」
「まずはあの鱗をどうにかしないと!」
「バカ、拘束が先だろ!」
焦りと苛立ちからか、次第に周りとの連携が合わなくなってきた。
「みんな落ち着いて! 少しずつ攻撃していけば必ず効果はあるわ!」
アリスが執り成すように声を上げる。
「だけど! その前に反撃されたらどうすんだよ?」
「そ、それは……」
全員が議論を交わす中、レインはふとドラゴンの様子がおかしい事に気がついた。
「……そうだ、どうして反撃をしてこないんだ?」
「えっ?」
「あのドラゴン、どうしてこっちから攻撃する時以外は反撃どころか攻撃一つしてこないんだろ?」
「あっ、確かにどうしてかしら?」
何もせずただジッとこちらを見つめるだけのドラゴン、もしかしたらこのまま戦わずに済むのかもしれないと、この場にいる誰もがそう思った。
「んー……うん?」
どこからともなく暖かな風がレインの体を吹き抜ける。
「そうか、そういう事か!」
「レイン?」
「みんな今すぐ逃げろ! ドラゴンはただジッとしてるんじゃない、ブレスを吐き出す力を貯めてるんだ!!」
危険を察知したレインは即座に指示を出すが、次の瞬間ドラゴンは大きく口を開き始めた。
喉の奥で真っ赤な炎がくすぶって見える。
「みんな走れ!!」
声と同時に走り出したレインたち、その後ろで燃え盛るドラゴンのブレスが迫り来る。
「きゃっ!」
逃げる途中、アリスは地面に転がっていた小石に躓き、小さな悲鳴を上げて転倒した。
「いった……ハッ!」
「アリス!!」
ドラゴンのブレスがアリスに襲いかかる刹那、助けに走るレインの隣からエリーゼが飛び出した。
「吹き抜けたる風よ、荒れ狂え……」
一体どこから持ってきたのだろう、エリーゼは美しい輝きを見せる細く白い剣を持っている。
「旋風塵!」
早口に魔法を唱えると、小さな風の渦が剣を隠していく。
「はぁぁっ!」
エリーゼがいち早くアリスの下に辿り着き、ドラゴンが吐くブレスを真っ正面から、一振りで切り伏せていった。
「すごい……たった一振りで」
思わずその場に居た全員が、エリーゼの腕前に見惚れていた。
「怪我はない、マルティナ?」
エリーゼは剣を鞘にしまうと、アリスに手を差し伸べる。
「へ、平気です……」
アリスは頬を真っ赤に染めながら、エリーゼの手を取った。
「アリス!!」
そこにレインが息を切らしながら走って来た。
「あっ、レイン」
「良かった、怪我はない?」
「えぇ、先生のお陰で何ともないわ。 ありがとうございます、エリーゼ先生」
「こらこら、お礼を言うならこの件が片付いてから言ってちょうだい」
威厳と落ち着きを加えた声でエリーゼは言う。
「は、はいっ!」
「ところでエリー先生、その剣は?」
レインが指差したのはエリーゼの腰に差された剣。
柄の真ん中には綺麗に透き通った丸いサファイアがはめ込まれ、きちんと手入れが施されているのか、傷や汚れ一つ見当たらない。
「あぁ、これ? あたしの剣……クイーンソード、またの名を王妃の剣よ」
エリーゼは柄のサファイアを愛おしそうに優しくなでる。
「その名前聞いたことあるわ、世界で五本しか作られていない最強の魔法剣、その一つがクイーンソードなんですよね?」
「へぇ、たったの五本……」
アリスの説明に思わず感心するレイン。
「あははっ、まぁそれは後でたっぷり説明するとして……」
エリーゼは真剣な目つきをドラゴンに移す。
「そろそろ次が来るわよ」
その言葉通り、大きく口を開けたドラゴンは燃え盛る火炎をレインたちに向かって吐き出した。
「さっきよりも威力が増してる?!」
「これぐらい平気よ! 風よ、荒れ狂え、全てを扇ぎ給え、神風凪!」
詠唱で呼び起こされたのはグルグルと回る台風、荒れ狂う強風で瞬く間に炎をかき消していく。
「さーて、あたしはここで見てるからあとは自分たちでどうにかしなさい」
「えっ、エリーは戦わないんですか?」
てっきり力を貸してくれるものだと思っていたレインはきょとんとした顔でエリーゼを見る。
「当たり前じゃない、これは抜き打ちのテスト。 あたしが助ける時は危険と判断した場合のみ、自分の身くらい自分で何とかしなさい」
「……は、はぁ」
「それにほら、マルティアを見てごらんなさい」
そう言われてエリーゼが一瞥を投げる先を見ると、
「拘束魔法でドラゴンの体を縛って! 特に口と翼の辺りを重点的にね!」
いつの間にかレインとエリーゼの傍を離れ、アリスが細やかな指示を魔法生たちに出し、魔法で作り出した闇の鎖でドラゴンを縛り上げようと試みていた。
「『剣魔法士』を目指すなら、あれくらい積極的にならないとマルティアに先越されちゃうよ?」
「っ、どうしてそれを……」
平静な態度を装うレインだが、琥珀色の瞳は左右に泳いでいる。
「だって担任だもの、魔法生一人一人の性格や希望進路くらい把握してなくて、先生なんて務まらないわよ」
「さすが元五剣士、考え方が周りと違いますね」
「あら、おだてても何も出ないわよ」
エリーゼは色っぽく上品に微笑んだ。
『五剣士』
それは国内最強と評され、一つの魔法属性を極めた五人の剣魔法士のこと
剣魔法士は、剣魔法と詠唱魔法の両方を操る者の事を合わせてそう呼ぶ。
アニマ魔法学園にも特別魔法科という、剣魔法士を育成する学科があり
元々その特別魔法科は、入学前のレインが一番に希望していた学科であった。
「まさかとは思いますけど、さっき言っていた秘密兵器って……僕のことじゃないですよね?」
「ふふっ、実はそのまさかなんだよね。 キミほどの腕前があれば、ドラゴン一匹仕留めるくらい容易でしょ?」
とても教師の言葉とは思えない物言いに、レインは空白な表情で言葉が出てこない。
「本来キミは、誰かの後ろでサポートに付くより、もっと前に出て戦う方が性に合ってる。 詠唱士より、剣魔法士の方がキミに一番適してるはずよ」
「……エリー、先生」
茫然たる顔つきのレインに、エリーゼは実に落ち着いた口調で言うと、黙って鎖を巻かれていくドラゴンに視線を移した。
「一度攻撃してくると、次の攻撃までに大きな間があるわ! その隙に少しでも攻撃をして体力を減らしていくわよ!」
「「おーっ!!」」
ブレイクタイムがある今が、魔法生たちにとってドラゴンを仕留める絶好の機会だった。
「……ドラゴンの回復速度って、どれくらいだと思う?」
「えっ?」
しばらく眺めていると、ふとエリーゼが口を開いた。
「人は眠ったり、精神的にリラックス状態にあると、怪我や体力が早く回復するんですって。 だけどドラゴンのような生き物は、大気中のエネルギーを体内に取り込むことで、わずか数十分足らずで体力を回復することが出来るそうよ」
「へぇ、そうなんですか」
「それに学園からの連絡だと、あのドラゴンは所構わずブレスを吐きまくったらしいわ。 だからきっと、ああやって体力を回復させているのね」
「へぇ……って、それかなりヤバイ状況じゃないですか! そんな大事なことどうして黙ってたんですか?!」
「んー? 忘れてた」
エリーゼはひょいっと舌を出して無邪気に笑った。
「ウソだ、忘れてたなんて絶対ウソだ」
「うふふっ、まぁ細かいことは気にせずにさ。 これ持って自分の実力を試しておいで」
エリーゼは左腰に差した剣を取り外すと、レインの右手に握らせた。
「ちょっ、エリー先生」
「あたしの魔法属性は『風』よ、風の剣魔法なら魔法書で何度も見てるよね? 図書室で剣魔法について記載されている本ばかり借りてるんだから」
「そんな事まで……でも、僕なんかに出来るわけ……」
「あーもうっ、男ならグダグダ言ってないでさっさと行かんかい! じゃねぇと次から授業に出さねぇからな!」
「わっ!」
弱々しい声でたどたどしく話すレインに苛立ちが募ったのか、エリーゼは悪鬼のような形相で声を張り上げ、レインの背中をバシッと叩き前に押す。
「いってて、はぁ……」
レインは衝撃でそのまま転びそうになるが、何とか体制を立て直し小走りでアリスたちの下へと急いだ。
「もう一息よ、みんな頑張って!」
その頃、アリスは全員の士気を鼓舞させながら少しずつ弱っていくドラゴンを見て自分たちの勝利は目前だと信じていた……
(このまま全員で畳み掛ければ……いける!)
「グォァァァーッ!」
耳をつんざくような、けたたましい咆哮が辺りに響き渡るまでは。
「な、なんなの?」
ドラゴンは翼を広げ鎖を引きちぎると、強い突風を引き起こした。
「うわぁー!!」
「きゃーっ!!」
その風にあおられて、魔法生たちは次々に転んでいく。
その中には地に伏すアリスの姿もあった。
「グォォーッッ!!」
再び激しい咆哮を上げたかと思いきや、ドラゴンは今まで以上に黒いブレスを空に放射した。
「まずいわ、今こんな状況でブレスを吐き出されたりしたら……」
他の魔法生たちはみな衝撃で気を失ったり、怪我をして動けない者がほとんど、これでは逃げることはおろか戦うことも出来ない。
「誰か……助けて」
アリスが震える唇でポツリと呟いた瞬間、ドラゴンはニヤリと牙を剥き出し息を深く吸い込んでアリスたちに向かって黒炎を吐き出した。
「誰か助けて!」
アリスは思わず目を瞑り、声を振り絞って助けを求めた。
「……風刃列覇!」
ヒュンッと何かを切り裂く音と、妙に聞き覚えのある声が聞こえ、アリスは恐る恐る目を開けた。
「何とか間に合ったみたいだね」
「エリーゼ、先生?」
「ごめん、僕だよアリス」
そこに立っていたのはエリーゼではなく、エリーゼが手にしていた剣で黒炎を消し去ったレインがいた。
「レ、イン……」
「遅くなってごめん、とりあえずここを離れよう、飛翔!」
「きゃっ!」
風系の移動魔法を素早く唱え、アリスを抱き上げたレインは素早く空に舞い上がる。
「あ、待って! まだみんなが……」
「それなら大丈夫、エリーゼがみんなを安全なところに運んでるから」
空の上を飛ぶように進みながらレインは言う。
「そう、良かった……」
アリスはホッと胸を撫で下ろしたが、
「グゥルルルッ!!」
レインの後ろで涎を垂らしながら口を開けたドラゴンが、猛スピードで後を追ってくる。
「れ、レイン! ドラゴンが追ってくるわ!」
「えっ?!」
必死に逃げるレインだが、大空を自由に飛び回るドラゴンとの差は縮まるばかり。
「もっとスピードを上げなさいよ! このままじゃ食べられるわ!」
「分かってるって! くっ、どうすれば……」
このままでは餌にされる、レインは咄嗟に思い付いた賭けに出た。
「ちょっと、どうして止まるのよ?!」
突如立ち止まったレインを、驚きの表情でアリスは見つめる。
「アリス、僕を信じてくれ」
「はぁ? なに言って……」
「いいから、僕に騙されたと思って」
「……分かった、あなたを信じるわ」
少々納得がいかない様子のアリスだが、
ここは初めて会ったあの時と同じようにレインを信じてみることにした。
「ありがとう、じゃあ行くよ」
「行くって?」
レインは怪訝そうなアリスを抱き締める腕に力を込めると、ドラゴンに食われるギリギリのタイミングで自身に掛けた魔法を解いた。
「ちょっと嘘でしょ……きゃぁぁぁ!!」
恐怖で悲鳴を上げるアリスと、少しだけ楽しそうなレイン
二人は風を感じながら、下へ落ちていく。
「慈愛に満ちる大地よ、我の足を束縛せし鎖を解放せよ! 飛翔!」
ドラゴンとの距離が十分に取れ、地面が間近に迫ったところで、レインはすぐに魔法を唱えてゆっくりと地上に降り立った。
「ふぅ、助かった……アリス?」
「……」
アリスは蒼白な表情を浮かべ、もはや言い返す言葉もない。
「うーん、さすがに怖かったよね」
「当たり前でしょうが! なんであなたはそんなにも冷静でいられるのよ!」
恨めしそうな掠れ声でアリスはレインを睨みつけた。
「ごめんって、でも他に方法が無かったし……」
「と、とにかく! これが終わったらお詫びに何か奢ってよね?!」
「分かった、それでアリスの機嫌が直るなら」
そんな会話をしていたら、
「グォーォォッ!!」
上空からドラゴンが舞い降りてきた。
「アリス、僕が合図をしたら……」
「逃げろ、だなんて言わないでしょうね? そんなの私はお断りよ」
アリスはレインの腕から降りると、青い髪を靡かせてドラゴンの方に一歩出た。
「いいや、あいつの注意を引きつけてくれ。 僕が突っ込むから」
「分かった、任せて」
「じゃあ、準備はいい?」
「えぇ!」
「スリー、ツー、ワン……ゴー!!」
アリスは傍にあった石をドラゴンになげつけ、注意を引く。
その隙にレインは草むらの陰を利用してドラゴンの背後を取り、気付かれないようにして飛びつくと、剣をゴツゴツとした背中に突き刺した。
「はぁっ!」
「ギャァァァッ!!」
ドラゴンはつんざくような悲鳴を上げ、レインを振り落とそうと激しく動き出す。
「うわっ?!」
それに耐えきれなくなったレインは、ついに振り落とされてしまった。
落ちていくレインへと口を開けて突っ込んでくるドラゴン。
(くっ、このまま飛翔を発動しても間に合わない!)
このまま食べられて終わるのかと、覚悟したその時だった。
「炎の精霊よ、我が剣に集え来たれ、そして我と共に敵を貫け! 炎剣矢!」
訓練で見せた以上に激しい炎を纏わせた剣を手にしたアリスは、電光石火の如く飛来し、ドラゴンの横顔に強烈な切り傷を負わせた。
「グギァァァァッ!!」
怯んだドラゴンは反転し、レインたちから距離を取った。
「ありがとうアリス、助かったよ」
「さっきは助けてもらったから、これでおあいこよ」
そう言って優しくゆったりと微笑むアリス。
「グオォォォッ!」
その間、ドラゴンに異変が起きた。
「な、何だ、あれは……」
鱗が燃え盛る炎のように濃い赤に変化し、恐ろしい程の速さでレインたちに突っ込んでくる。
「アリス、伏せろ!」
「きゃっ!」
アリスが悲鳴と共に押し倒され、元いた空間にドラゴンの爪が抉る。
「危なかったわね……」
「うん……アリス、ドラゴンの弱点ってどこだか分かる?」
「えぇ、頭を吹っ飛ばしてやればいいわ」
何ともシンプルな答えが、レインの元に返ってきた。
「頭か……」
レインはドラゴンの特大ブレスが辺り一面を焦がしていく光景を見ながら、思考を巡らせる。
他の魔法生たちがどうしているのか、気になるところだが、あのエリーゼが傍に付いているのだから心配はないだろう。
何せドラゴンが攻撃に転じた瞬間、真っ先に移動魔法を駆使して全員を避難させるのを、レインは見ていたからだ。




