表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
5/9

第5話 作戦会議は歌の途中で

実行当日、私たちはまたカラオケパルに集まった。


学校へ行く前に、最終確認をするためだった。


最終確認といっても、テーブルの上には歌本とドリンクと、美紀姉ちゃんから借りた別の同人誌があった。


真帆はスケッチブックを持ってきていた。


彩香は部屋へ入るなり、曲を三つ予約した。


理沙だけが、折り畳んだ紙をテーブルの中央へ置いた。


「これが今日の予定」


私は紙を開いた。


細い字で、時間と持ち物が書かれていた。


カラオケパルを出る時間。

学校へ着く時間。

小林先生へ声をかけること。

旧校舎の清掃場所。

帰る時間。


雑巾、ほうき、ちり取り、軍手。


「理沙、本気だね」

「遊びではないから」


彩香が同人誌を開きながら言った。


「男子トイレを見るだけだよ」

「その認識が一番危ない」


「何が?」

「目的だけを言えば、かなり怪しい」


「言わないよ」

「絶対に言わないで」


「分かってるって」


理沙は紙を指で押さえた。


「先生には、旧校舎の衛生確認と清掃をする、とだけ説明する」

「本当に掃除もするんだよね?」


私が聞く。


「する」

「どのくらい?」


「必要な範囲」

「曖昧」


「男子トイレを見るためだけに、掃除道具を持って歩く方が不自然でしょう」

「それはそう」


私たちは、今回だけは本当に雑巾を持ってきていた。


彩香は家から持ってきた古いタオルを鞄へ入れている。


真帆は軍手を持ってきた。


私は、小さなビニール袋を何枚か持ってきた。


理沙は学校側でほうきとちり取りを借りられるように話をつけていた。


「許可は取れたんだよね?」


彩香が確認する。


「取れた」

「簡単だった?」


「旧校舎の清掃をしたいと言ったら、小林先生は少し驚いていた」

「何て?」


「感心だな、と」


私たちは黙った。


かなり後ろめたかった。


「感心されちゃった」


私が言う。


「清掃すること自体は嘘ではない」


理沙は平然としている。


「男子トイレも?」

「旧技術室周辺の衛生確認に含めた」


「そこまで言ったの?」


彩香が目を丸くする。


「男子トイレって言った?」

「旧技術室周辺、とだけ」


「理沙、怖いくらい有能」

「普通」


「普通の生徒会副会長は、友達を男子トイレへ連れていかないよ」

「まだ連れていっていない」


「今日連れていくじゃん」


理沙は否定しなかった。


画面に、彩香が予約した曲の前奏が流れ始める。


「あ、私!」


彩香は立ち上がり、すぐにマイクを取った。


「会議は?」


私が聞く。


「歌いながら聞く!」


無理だと思った。


案の定、彩香は一番を歌い切るまで、こちらを一度も見なかった。


サビでは私も一緒に歌った。


真帆は、リズムに合わせて鉛筆を動かしている。


理沙は予定表を持ったまま、彩香が歌い終わるのを待っていた。


曲が終わる。


「で、次」


理沙が言った。


「学校へ入ったら、なるべく目立たない」

「制服で行くのに?」


私が言う。


「夏休み中の学校で、女子四人は目立つ」

「清掃に来た生徒だよ」


「表向きは」


彩香がソファへ座った。


「理沙、その言い方、すごく悪いことしてるみたい」

「本当の目的を先生に話せる?」


「話せない」

「なら、目立たない方がいい」


「でも、許可はあるんだよね」

「学校へ入る許可はある」


理沙はそこで一度言葉を切った。


「男子たちの秘密を見る許可はない」


部屋が少し静かになった。


私たちは、そこをなるべく考えないようにしていた。


学校へ入るのは正規の手順。


清掃も本当にする。


でも、男子が外へ漏らさず守っているものを、自分たちだけで見ようとしている。


「見ても、誰にも言わなければいいんじゃない?」


彩香が言った。


「よくはない」


理沙が答える。


「じゃあ、行かない?」

「行く」


返事が早かった。


彩香が笑った。


「行くんじゃん」

「ここまで準備したから」


「理沙も見たいんでしょ」

「確認したい」


「同じだよ」

「少し違う」


前回と同じ返事だった。


私は同人誌を手に取った。


「まあ、なんとかなるでしょ」

「その言葉で、何かが解決したことある?」


理沙が聞く。


「今のところない」

「使わないで」


「落ち着くから」

「由佳だけでしょう」


真帆が言った。


「真帆も少しは落ち着くでしょ?」

「少し」


「ほら」

「少しだけ」


彩香が同人誌を覗き込んだ。


「これ、昨日読んだ?」

「姉ちゃんが今朝貸してくれた」


「新しい!」


予定表より、そちらの方が一瞬で全員の注意を集めた。


表紙には、背の高い男と、少し小柄な男が描かれている。


背の高い方は笑っていない。


小柄な方は困ったような顔で、その腕をつかんでいた。


「待って」


彩香が顔を近づける。


「この受け、止めてるんじゃなくて、離れないでって言ってる?」

「まだ表紙だよ」


私が言う。


「でも、手を離してない」

「本当だ」


「絶対嬉しいんだ」

「何が?」


理沙が聞く。


「この人が自分のことで怒ってるのが」


彩香の声が小さくなった。


顔が赤くなる。


「無理、好き!」

「そのあと仲直りして、個室」


理沙が言った。


「今日は個室から出ようよ!」

「もう個室にいる」


理沙はカラオケの部屋を見回した。


「そういう意味じゃない!」


真帆が表紙を見た。


「手がいい」

「どっちの?」


私が聞く。


「受けの方」

「つかんでる手?」


「離したくないけど、強くはつかめてない」

「待って。じゃあ、この二人って――」


私が言いかけたところで、画面に次の曲が始まった。


私の予約した曲だった。


「由佳」


理沙がマイクを渡す。


「今いいところだったのに」

「予約したのは由佳」


「あとで続きね」


私はマイクを受け取った。


曲が始まる。


一番を歌っている間も、表紙の二人のことを考えていた。


喧嘩をしたのか。

背の高い方が嫉妬したのか。

小柄な方は、止めたいのではなく、一人で行かせたくないのか。


二番へ入る前、彩香がまた勝手にハモり始めた。


理沙は予定表へ何か書き足している。


真帆は、同人誌の表紙を見ながらスケッチブックへ手を描いていた。


作戦会議は、ほとんど進んでいなかった。


それでも、前回とは空気が違った。


あのときは、見に行けたら面白いというだけだった。

今日は、この部屋を出れば本当に学校へ向かう。


旧校舎へ入る。

男子トイレを探す。

中に何があるのか、自分たちの目で見る。


曲が終わると、理沙が時計を見た。


「あと四十分」

「もう?」


彩香が言う。


「まだ二曲しか歌ってない」

「三曲」


「そんなに?」

「作戦会議もある」


「してるよ」

「途中で全部歌に止められてる」


「予約した曲は仕方ないじゃん」

「なら、予約を止めて」


三人で彩香を見る。


彩香は歌本を抱えた。


「あと一曲だけ」

「さっきも言った」


「今度こそ最後」


理沙はため息をついた。


「歌ったら、計画を確認する」

「分かった」


「同人誌も閉じる」

「それは別じゃない?」


「同じ」

「真帆は絵描いてるよ」


「真帆も閉じて」


真帆が鉛筆を止めた。


「あと手だけ」

「何の手?」


彩香が覗き込む。


「さっきの二人」

「見せて!」


「会議」


理沙が言う。


誰も聞かなかった。


真帆のスケッチブックには、二人分の手だけが描かれていた。


片方の手が、もう片方の袖をつかんでいる。


指先には力が入っていない。


それなのに、離したくないことだけは分かった。


「……それ、いい」


真帆が自分で言った。


「自分で言うんだ」


私が笑う。


「今回はいい」

「このあと、背の高い方が振り返るんだよ」


彩香が言う。


「それで、受けが何も言えなくて」

「唇を塞ぐ」


理沙が続ける。


「理沙!」

「自然な流れでしょう」


「今から学校行くんだよ!」

「学校でもできる」


「何が?」

「この二人の話」


「そっちね」


彩香は安心したあと、すぐ顔を赤くした。


「いや、そっちでもだめ!」


予定どおりに進んだのは、退室時間だけだった。


最後の十分で、私たちは慌てて持ち物を確認した。


「雑巾」


彩香が鞄から出す。


「軍手」


真帆が見せる。


「袋」


私も出す。


理沙は予定表を折り畳んだ。


「小林先生には、私が話す」

「任せた」


「聞かれていないことは言わない」

「分かってる」


「男子トイレを見たい顔をしない」


彩香が真顔になった。


「どんな顔?」

「今の顔」


「これ?」

「不自然」


「じゃあ、由佳」


私も真顔を作った。


理沙が首を振る。


「もっと普通に」

「普通の顔って難しくない?」


「真帆は?」


真帆はいつもどおりだった。


「真帆を見習って」

「無理だよ」


彩香が言った。


「真帆は何もしてなくても平静だもん」

「緊張してる」


真帆が答える。


「してるの?」

「少し」


「全然分からない」

「分からなくていい」


****


店を出ると、外の明るさに目が慣れるまで少しかかった。


さっきまで薄暗い個室で、男二人の手について真剣に話していた。


今から向かうのは学校だった。


夏休みの駅前には、制服姿の生徒が少なかった。


部活帰りらしい生徒が何人か、自転車で通り過ぎていく。


私たちは学校まで歩いた。


彩香だけが、まださっきの曲を小さく歌っている。


「学校の近くではやめて」


理沙が言った。


「どうして?」

「目立つ」


「鼻歌まで?」

「今日は慎重に」


「理沙、探偵みたい」

「清掃に行くだけ」


「自分で慎重にって言ったのに」


学校の正門は開いていた。


部活動の生徒や、補習に来た生徒が出入りしている。


私たちも普通に中へ入った。


許可を取っている。

制服を着ている。

掃除道具も持っている。


何もおかしくない。


そう自分へ言い聞かせた。


校舎の中には、普段より音が少なかった。


遠くから運動部の声が聞こえる。


職員室の近くでは、コピー機の動く音がした。


理沙が先頭を歩く。


その後ろを真帆、私、彩香の順でついていった。


「旧校舎まで、誰にも会わないといいね」


彩香が小声で言う。


「会っても問題ない」


理沙が前を向いたまま答える。


「でも、できれば会いたくない」

「それは同意」


私も言った。


私たちは、誰にも見つからず旧校舎へ入れると思っていた。


旧校舎は人通りが少ない。


渡り廊下まで行けば、あとは静かなはずだった。


角を曲がる。


旧校舎へ続く扉が見えた。


「ここからだね」


彩香の声が少し弾んだ。


真帆が私の袖を軽く引いた。


「何?」

「声」


「あ」


私は口を閉じた。


理沙が扉へ手をかける。


そのとき、背後から声がした。


「お前たち、そこで何してる?」


四人とも固まった。


振り返ると、小林先生が立っていた。


先生は私たちと、それぞれが抱えている鞄や掃除道具を順番に見た。


悪いことはしていない。

学校へ入る許可はある。

清掃の話も通っている。


それでも、心臓が一度、大きく鳴った。


本当の目的を見つけられたような気がした。


「田中」


小林先生が理沙を見る。


「旧校舎の清掃か?」


理沙は一拍だけ黙った。


私たち三人には長く感じた。


「はい」


いつもの落ち着いた声だった。


「事前にお願いした、衛生確認と清掃です。この三人にも手伝ってもらいます」


小林先生は、私たちをもう一度見た。


私はなるべく普通の顔をした。


彩香も普通の顔をしようとして、少し口元が固くなっている。


真帆はいつもどおりに見えた。


先生はうなずいた。


「話は聞いてる」


四人の肩から、同時に少し力が抜けた。


「古いから気をつけろよ。床が傷んでるところもあるし、扉も重い」

「はい」


「暗くなる前には戻ってこい」

「分かりました」


「無理に動かすなよ。危ない場所があったら、掃除しないで俺を呼べ」

「はい」


小林先生はそれだけ言うと、来た廊下を戻っていった。


誰も、私たちを咎めなかった。

誰も、鞄の中を確認しなかった。

誰も、男子トイレのことなど聞かなかった。


先生の姿が角の向こうへ消えてから、彩香が息を吐いた。


「びっくりした」

「声が大きい」


理沙が言う。


彩香は口を両手で塞いだ。


「今の、絶対何かバレたと思った」


私は小声で言った。


「何もバレてない」


理沙は答えた。


「清掃に来たことは知っていた」

「本当の目的も分かってたら?」


彩香が聞く。


「男子トイレを見たい女子四人だと思われる」

「最悪」


「だから、言動に気をつけて」

「もう誰もいないよ」


「旧校舎にはいるかもしれない」


その言葉で、四人とも扉を見た。


古い木の扉。


向こう側は、今いる校舎より少し暗く見える。


私は取っ手へ手を伸ばした理沙の横で、鞄を持ち直した。


カラオケでは、途中で曲が始まるたびに笑っていた。


学校へ着いても、許可があるから大丈夫だと思っていた。

けれど、小林先生に声をかけられただけで、私たちは全員固まった。


これから入る場所には、先生の知らない秘密があるかもしれない。

少なくとも、男子たちはそう思って守っている。


「行くよ」


理沙が言った。


扉が、低い音を立てて開いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ