三体の精霊
「始まりの町」教会前通りにある土産物店を経営するエルフのギードは、妻であるタミリアが現在長期不在のため、一人で双子の子供達の面倒を見ている。
とはいっても、ギードの守護の精霊である古の精霊や、老木の精霊など、エルフの森には手伝ってくれる者達もいる。
この人族の町でも、領主であるシャルネを始め、子供達をかわいがってくれている者はいるので、それほど苦労はしていない。
(ただ……寂しい、かな)
初めて会った頃からタミリアに構ってもらえる事がうれしかったギードにしてみると、その存在を感じられない事が寂しい。
そして、タミリアの世話を焼くことが出来ない事が寂しい。
それ故、たまに会える日はタミリアの好物を、これでもかというくらい用意していくのだが。
(ちょっとくらい触ってくればよかったなー)
先日、修行中の山中の『剣王』の庭に少しだけタミリアを尋ねて行った。
子供達を定期的に見せることが約束だったからだ。
しかし、ギードだって寂しいのだ。タミリアに甘えたかったが、屋敷から漂ってくる気配に押され、そのまま帰って来てしまった。
夜、すっかり細くなった月を見上げていると眠そうな双子達がやってくる。
「あーちゃはー?」「あぃちゃー、どこ?」
母親を探す子供達に、少し大きめの精霊の玉を見せ「これが操れるようになったら会えるよ」と投げて見せる。
子供達は「わあー」といって玉を追いかけて行く。
(すぐ扱えるようになりますが?)
ギードの影から咎めるような精霊の声がする。
「うん、いいんだよ。気を逸らしただけだから」
父親としては、ギードは多少残念なオトコなのである。
店の方は今の所、安定している。
フーニャが長期休養のため、ドリアルという人族の若者に任せている。彼はタミリアの妹のリデリアの元・恋人であり、王都では親と一緒に雑貨屋をやっていた。会計の方も任せられる。
厨房はすでに押しかけて数年経った弟子に任せている。普通の食事の他、店で取り扱っている菓子や薬の大半で合格点を出している。
材料だけはエルフの森の聖域で採れるので、それはギードが毎朝収集している。配達はエルフの森の最長老から推薦のあるエルフの若者を使って運んでいる。
今、ギードが気にかかっている事は、王都で暗躍しているダークエルフである。
この国の実力者の中でも最強といわれるダークエルフのイヴォンと兄弟のように育ち、実力もあまり変わらないといわれているスレヴィ。
ある時からイヴォンに執着しはじめ、近寄る女をことごとく排除し始めたそうだ。
おそらく一族でもかなり揉めたであろうことは予想出来る。狂気に走ったとして暗殺命令まで出たそうだ。
しかしスレヴィは、いつの間にかこの国の王太子の側近に成り上がってしまった。
もうイヴォンさえ手を出せない位置にいる。
(本気で排除しようとすれば出来なくはないだろうけど)
スレヴィはギードから見てもイヴォンに劣らない優秀な諜報員だ。
(もったいないよね)
兄弟のように育った相手。イヴォンが迷っているのは同情だけでもないんだろう。一族の将来のために必要な才能だったはず。
しかし、ギードひとりで話し合うにはあまりにも相手が悪過ぎる。
ブレイン第二王子と恋人でエルフのネイミ、元・聖騎士エグザス。スレヴィの影響で、知り合いだけでも三人が失脚している。
次は誰になるのか、それは分からない。
「いーどー」「いーぃ」
ギードは今日、子供達を連れ、領主館に定期連絡に来ている。
子供部屋では古の精霊が様子を見ているので、その辺で遊ばせておく。
双子はお互いに言葉を交わさなくても一緒に遊んでいる。
共に笑い、どちらかが驚くとすぐに片方がやってきて一緒に驚き、片方が転ぶと二人して泣く。
ころころと楽しそうに動き回っている。
(イヴォンさんとスレヴィも、こうして一緒に育ったんだろうな)
だけど成長の途中でスレヴィは道を違えてしまった。一体どこで。
目を閉じ、息を整えながらふぅーと長く吐く。
「スレヴィさん、いらっしゃいます?。お茶でもいかがですか」
気配はまだ感じられない。しかし空気の揺らぎはある、と古の精霊が言った。おそらく間違いなく居るだろう。
残念騎士ヨメイアからは「気安く声をかけても答えるヤツ」だという情報が来ている。しかし、それは機嫌の良い時限定だろうとは思うが。
ギードは構わず、お茶を飲む。
そのカップをテーブルに戻そうとした時、目の前の椅子に座る足を見た。
「ご招待ありがと」
変身の魔道具で女性になっていても、声は誤魔化しようがない。しかし、イヴォンも言っていたが、とても自然に女性になりきっているのが分かる。
お菓子を片手にお茶を飲み始める。とてもうれしそうに。
「忙しくって、なかなかお茶もゆっくり飲めないのよねー」
ギードは冷や汗を気づかれないよう、ゆっくり微笑んで彼女の好きなようにさせる。
何もしゃべらない。ただお茶の時間を楽しむ二人がそこにいるだけだ。
「ふぅ、美味しかった!、ごちそうさま」
お菓子をすべて食べきったスレヴィは、さて、とギードの顔をじっと見る。
「何か御用?」
「いいえ、少しでも貴女の気晴らしになればと思いまして」
ふふふ、と含み笑いを浮かべ、彼女は窓の外で遊ぶ子供達を見る。
「いい度胸ね。私みたいな怪しいのを家族のいる場所で呼び寄せるなんて」
「貴女なら、呼ばなくても来るでしょうに」
ギードが苦笑いをすると、それもそうねとスレヴィはまた笑う。
「美味しいお茶とお菓子も頂いたし、何か聞きたいことがあれば答えてあげてもいいわよ」
「それはうれしいですね。では」
ギードは姿勢を正し、まっすぐにスレヴィを見る。
白髪に赤い瞳、褐色の肌を持つダークエルフ。しかし、これは彼女にとって仮の姿。いや、願望の姿だ。
「王太子について、どう思ってらっしゃるのでしょうか」
「どうって?」
金で雇われているのか、何か共通の思想でもあったのか。
「そうねー、気が合ったのは確かねー」
そして彼女はギードに、これは秘密よーと思いがけない話を始める。
「王太子はねー、幼児だったシャルネ様を溺愛してたらしいわ」
いわゆるロリコンだという。
「異常性愛主義者、っていう点で気が合ったのかもねー」
あはははは、という声が遠くに聞える。すでに彼女は姿を消していた。
やはり相手の方が一枚上手だったな。
(どうすっかなー)
誰かに確かめることも出来ない微妙な話を聞いてしまった。どうしろと?。
それでも、そんな話をするくらいには王子との間は親密なんだろう。
(お互いに相手の秘密を握っていると安心しているのかも知れないな)
ギードは考えた。何度も何度も。
あのダークエルフと対峙するには自分の力では足りない。
さらにどこから攻めてくるか分からない相手に、どうやって家族や仲間を守るのか。
深夜、ろうそくの灯りが揺れる部屋の中。双子のベッドの脇に椅子を置いて座ったまま、ギードは身動きひとつしない。
その彼の前に、ゆらりと虹色の光が立ち、半透明のエルフの騎士が現れる。
「主は何を悩んでおられる?」
男性とも女性とも聞える声。寿命がある妖精族とは違い、精霊族は魔力の残量が有る限り生き続ける者達だ。
「何も。ただもっと力が欲しい……かな」
「あのダークエルフを葬る力か」
「ははは、そんなの自分には無理だと分かってる。ただ、攻撃されたら全員を守れないな、と」
古の精霊の結界は、主であるギードが視認している場所に限られる。そこにいなければ発動しないのだ。
「敵と戦うにしても、古の精霊様が傍にいてくれれば安心できるけど」
そうなると、どこからくるか分からない相手が、もし子供達に向かったら。それなら精霊には自分より子供達の側にいてもらいたい。
「ならば、我のような眷族を双子に付ければ良い」
「え?」
「以前の我のように、主を亡くした精霊は多い。呼び寄せてご覧にいれよう」
「ちょ、ちょっとまー」
部屋の中に暴風が巻き起こった。
「うわぁ、待って待って精霊様!。ここじゃまずいってー」
時すでに遅し。風が止み、散らかった部屋の中に黒い影が二つ浮かんでいた。
ギードはポカンとそれらを見上げる。
この体では話づらいな、と二つの影が小さくなり、ギードと同じくらいになり、それぞれが半透明の男女のエルフの姿になった。
古の精霊もその姿を縮め、同じくらいの大きさの騎士姿になっている。
「あら、ごめんなさいね。場を汚してしまったわ」
女性エルフ姿の精霊が部屋を見回し、すぐに元通りの部屋に戻してくれた。
「はあ、ありがとうございます」
ギードは安堵しながら、二体の精霊を見る。
男性型エルフは筋骨隆々とした身体を炎色の服で包む、おそらく炎の精霊。女性型エルフは緑を基調とした緩い服を身に纏う、おそらく風の精霊だ。
黒い影から現れたのは、以前の古の精霊のように大戦でその魔力が弱まっているせいだろう。
「我らは前の妖精王に仕えていた眷属仲間である」
ギードの守護をしている精霊が他の二体の精霊にこれまでの事情を説明している。
その傍で、ギードはただ落ち着かない様子で話を聞いているしかなかった。
彼らもまた以前の主のような者を探し求めたが見つからず、既に諦めていた。ただ、まだエルフ達との絆は切れておらず、必要とあれば協力は厭わないとのことだ。
そして「精霊契約をー」と迫ってくる精霊達にギードは待ったをかける。
「申し訳ありませんが、まだ決められません」
ギードは本人達が幼いため、この子供達の母親にも承諾を取らなければならないと主張し、彼らもそれは受け入れた。
そして大切な事を聞いておく。
「お二方は、まだ契約もしていないこの子達を守ってくれますか?」
黒い影に住む古の精霊は、呼び出されたばかりなのにもかかわらず好意的だ。
「こうして呼ばれたのも何かの縁でありましょう。我は構いません」と女性の風のエルフが答える。
「わしも構わぬ。相手はダークエルフとは、面白そうだ」と男性の炎のエルフが笑う。
実はまだ本来の力の半分も戻っていないという。
「子供ひとりくらい守る力はありますわ」
「この子達が成長するまでには力も戻るであろう」
ギードは少し安心して、三体の精霊を見回す。
「本当はもう一体、癒しの精霊がおるのだが、彼女はちと難しいやつでなー」
「いえ、もう充分です。ありがとうございます」
ギードはもうお腹いっぱいだ。これ以上、対応できる気がしない。
「では、お三方のお名前を教えていただいてもいいでしょうか?」
今までのように古の精霊様では、区別が出来ない。三体とも古の精霊なのだ。
「ふふ、名前はそなたが決めてよろしくてよ」
「精霊語の名前は長ったらしくてな。わしは好かん」
「長くない付き合いだが、まだだったな。我にも付けてくれ」
三体の古の精霊を観察する。なるべくなら子供達でも簡単に呼べる名前がいいだろう。
「では、炎の精霊様に『エン』、風の精霊様に『リン』、土の騎士様には『コン』と」
「おお、簡単な名前だな。気に入ったぞ」
がはははと炎の精霊が笑い、その場は一旦お開きとなった。エンはミキリアの影に潜み、リンはユイリの影に入った。
(これで良かったんだろうか)
思いがけない展開に頭を抱える。
(主は妖精王となるお方、身近に眷属が控えるのは当然の事)
影の中でもドヤ顔していそうな「コン」の念話にギードは呆れる。
(ならないから!、妖精王なんて無理だから!)
聞いているのかいないのか、精霊からの返事は無かった。




