山の中の時間
エルフの商人であるギードは、「始まりの町」で土産物店を任されている。
この国の中で唯一、普段からエルフを多く見かけることで有名な観光地となったこの町で、エルフが経営するこの店は、人通りの多い教会前通りにあり、そこそこ繁盛している。
そんな店を営む彼には人族の妻がいる。しかし、彼女は今、ある場所で、この国で最初と言われる魔法剣士になるべく修行中である。
「もう少しだ」
ギードはひとり、夜空を見上げる。
二人の間には双子の子供達がいて、彼はまだ2歳にならないその子供達の世話に日々追われている。
しかしこの夫婦はある約束をしていた。
「満月の夜、呼んで」
月が一巡する夜、ギードは妻のタミリアの下へ飛ぶことが叶う。
それを楽しみに待っているのだ。
「タミちゃん、話したいことがいっぱいあるよ」
雲に隠れがちになる月を見上げながら、久しぶりに会う妻のことを想う日々である。
「なんかこー、緊張感が足りないというかー」
最近、双子達が精霊を投げ飛ばしているのをよく見かけるが、ギードは(まだまだだな)と思う。
「お前は子供に何を教えてるんだ?」
ダークエルフのイヴォン師匠は渋い顔をする。
たまに領主館に顔を出すのだが、子供達のそんな姿を見るたびに説教をくらうのである。
「いやー、さすがタミちゃんの子だなあーと」
背の高い師匠にたまにゴツンと拳骨を落とされるギードである。
その頃、タミリアは「始まりの町」から南の森を抜け、さらに二つほど山を越えた……まあ遠い、そのまた山の中である。
どがーんっ!
今日も山の中に破壊音が響いている。
「よくやるなあ」
ふもとの町に買出しに来ていたハクレイは、町の人達の反応に苦笑いで答える。
「いやあ、あれでも大人しいほうなんで」
まあこの山は『剣王』様の所有地で、ハクレイの実家である領主の貴族も認めており、誰も文句は言えないのだ。
ハクレイは体力のない魔術師だが、大量の荷物を抱えても、それなりの魔力があるので買出しなど容易い。
障害物など空を飛べば簡単に避けられるのだから。
「ただいま戻りました」
買出しを終えて山の中腹にある屋敷に戻ったハクレイは、裏口から声をかける。
「お帰りなさい、早かったですねー」
鍛冶師でもある剣王の奥様が迎えに出る。この屋敷にあまり使用人は置いていない。
「お子様の顔はゆっくり見られた?」
「ええ、お気遣いありがとうございます」
ハクレイはこの春の初めに妻を亡くしている。
一人息子のフウレイ君をふもとの町に住む自分の両親に預けているのだ。
「買出しの度に顔を見に寄らせていただいて、感謝しています」
「ふふ、いいのよ。喜んで買出しに行って下さるのでこちらも助かりますもの」
この屋敷は年寄りばかりでしょーと笑う。ご高齢の剣士夫婦のほかには年老いた従者の夫婦がいるだけであった。
この国の実力者のひとりである『剣王』は、ハクレイたちの住む「始まりの町」領主であるシャルネ様の実祖父に当たる。
その縁もあって、魔法剣士を目指すタミリアと、その護衛であるエグザス、その付き添いとしてハクレイが来ている。
「食事を自分達で用意出来るなら、どれだけいてもかまわん」
色々と準備に手間取ったが、修行は思いの外、楽しげにやっている。
かわいい孫娘のシャルネから手紙をもらい、ジジ馬鹿である老剣士は喜んで迎えてくれた。
高齢の従者夫婦も、若い者が一度に3人も来て家事を手伝ってくれるので喜んでいる。
台所はもちろん、エグザスである。彼は孤児院で子供達の世話をしたり、旅でも食事の係りが多かった。
買出しや細かな計算や整理整頓などをやらせたらハクレイの右に出る者はいない。
妻を亡くし、しばらくは自堕落な生活をしていたようだが、ここでは誰も面倒を見てくれるものはいない。自分が動かなければタミリアやエグザスが勝手に何でも適当にやってしまうのだ。
それが耐えられないハクレイは自ずと昔に戻ったように几帳面さを発揮している。
タミリアは……力仕事をしている。水汲みや薪割りに活躍している。
「これ、面白いです」
タミリアは奥様の鍛冶に興味を持っている。でもやはり壊す事が多く、苦笑いされているが。
それでも、毎日の修行を一番真面目にこなすタミリアは、師匠である老剣士の受けはよかった。
山の中腹にある開けた場所に、剣王の屋敷と使用人の家がぽつんと建っている。
「月が太ってきたなー」
屋敷の窓から空を見上げている老剣士が呟くと、タミリアも一緒に空を見上げる。
タミリアは、月にギードと子供達の姿を想い浮かべ、ただ微笑んだ。
その日、ギードは子供達に早めの夕食と入浴を済ませ、山の中だと聞いているので、少し厚めの服を着せる。
そしてタミリアに合図を送る。
「おいで、ミキ、ユイ。タミちゃんとこ行くよ」
双子を両腕に抱いて指輪の魔法で飛ぶ。
やはり少し距離があったせいか、時間がかかった。
顔を上げ見回すと、山の中の開けた場所に立っていた。
月明かりの中に、見慣れた懐かしい影が浮かんでいる。暗闇の中でも微笑んでいるのが分かる。
「おいで」
「あーちゃ」「あぃちゃー」
双子がギードの腕から飛び降りて、その影に向かって行く。
ギードも微笑みながらその影に近づいていく。
屋敷の方からすごい気配がしていた。
(これが『剣王』か)
ギードは背筋がピンとする思いがした。ヨメイアの殺気の駄々漏れとは違う、その存在感が溢れていた。
修行が決まるまでの間に、シャルネを通じて何度か手紙のやり取りをした。
町から町への移転魔法陣でも時間と費用がかなりかかるほど距離がある。簡単に往復出来ない。
だからこそゆっくりと時間をかけて話し合い、目標を決めていった。中途半端に終わらせられる修行ではない。それは感じていた。
「タミちゃん、ごめん」
子供達と引き離してしまうことだけが、ギードの心残りだった。
それでもタミリアは、ギードが自分のために準備してくれた事を分かっている。
「大丈夫、がんばる」
その言葉をギードはもう何回聞いただろうか。自分の妻はがんばり屋さんだ。自慢の妻だ。
「子供達の事は任せて」
ちゃんと顔を見せに行くからね。そう約束した。
山の中の屋敷は庭も広く、その一角に野外で食事するためのテーブルと椅子がしつらえてあった。
タミリアは久しぶりに会った家族をその場所まで連れて行く。
「元気だった?。怪我してない?」
ギードは相変わらず心配症である。
「うん。だいじょぶ」
今日は様子見だけなので、他の者には知られないよう、そっと来てすぐ戻る予定である。
子供達はタミリアに必死で何かを話しかけていたり、体によじ登ったりしている。
ギードがテーブルに飲み物を出し、子供達が初めての場所でウロウロしているのを二人で微笑んで眺める。もちろん、傍には古の精霊が警戒している。
フーニャの怪我の事は迷ったあげく話さない事にした。
ただ、イヴォン師匠と二人で迷宮で修行していると言ったら驚いていた。
「あの師匠が、ついに落ちたかー」
考え深げに頷いていた。きっと戻ったら盛大にからかうつもりなのだろう。どうせまた拳骨食らうだけなのになー。
ハクレイやエグザスの話や、修行の話、鍛冶が面白そうだという話を聞いた。
いつの間にか、いつもと勝手が違う場所で暴れた子供達が眠そうにしていた。
ギードは立ち上がり、精霊に子供達を預ける。
タミリアも立ち上がり、精霊の腕に収まる子供達にしっかりと頬ずりして匂いをかぐ。
「タミちゃん」
「うん」
ギードは微笑む。彼女の目に焼き付けるように。
「またね」
「うん」
彼女の長い髪に触れたい、抱き締めたい、そんな気持ちを押し殺して森の守護者への帰還魔法を唱える。
やがて、タミリアの前から家族の姿が消える。
まるで今まで見ていた景色がすべて夢だったかのように。
「ギドちゃん、ありがと」
テーブルの上には、硬めに焼いた何日か分のパンケーキと樹液のシロップ、そして大量のお菓子が残されていた。
「なかなかいいエルフじゃないか」
老剣士はこっそりと様子を見ていた。おそらく気づかれても構わないと思っていたのだろう。気配は消していなかった。
エルフという種族は何処の町でもあまり良く思われていない。
こんな田舎の山の中の町でも、エルフをあまり見かけないくせに、その悪評だけは聞えるくらいに。
「弱いくせに威張り散らす」「容姿を鼻にかけて、人族を下に見ている」そんなものかと思っていた。
最近は「恐ろしい精霊が付いていて脅してくる」とまで言われており、王都でも怖がっている人族が増えているという。
しかし、目の前で妻と子供をやさしい瞳で見つめているエルフの男は、気配も弱くごく平凡な容姿で、魔力も弱い。
「確かに連れている精霊は強そうだが、あんなヤツがあのタミリア嬢の……」
孫娘の頼みとはいえ、弱そうなエルフにはいい気がしない老剣士であった。
翌朝、老剣士は妻と共にギードのパンケーキを食べていた。残念ながら菓子はタミリアが隠蔽したようだ。
「これは……胃袋掴まれてますわね」
幸せそうなタミリアの顔と、妻の言葉に老剣士は頷いた。




