8.初夜
ベッドの上で固まったままでいると、ゆっくりと押し倒された。背につく柔らかな感触と、覆いかぶさって此方を見下ろすルーファスの顔が、やけに現実味がなくぼぉっと見つめ返す。
でも、胸を覆うように握りしめていた上掛けを取り払われ、手首を掴まれるとこれは夢ではなく現実なのだと実感した。
「俺が送った手紙」
「え……」
「一年ほど前までは、順調にやり取りしていた。けれどここ最近では、ほとんど返ってこなかった。二通送って、一通返事があれば良いほうだ」
「それは、あっ……」
ルーファスが首筋に唇を這わせ、耳たぶをかぷりと噛んだので思わず声が出た。ぺろりと耳を舐められ、エミリアの身体は震える。
ルーファスは続けて囁いた。
「それは、婚約者候補の男と暮らすようになってからだろう。男に気遣ったか、もう俺を切り捨てようとしたか」
「き、切り捨てるだなんて、そんな」
「俺に、結婚の話も男が家に来ていることも知らせなかったな」
「っ……」
「どうしてだ?」
だからそれは、まだ正式に何も決まっていないから。
ルーファスに告げてしまえば、それが決定事項になってしまいそうで、迷っている最中には報告出来なかった。
でも、そんな風に言い訳する前に、エミリアは謝罪の言葉を口走っていた。
「ご、ごめんなさい、私、言いたく無くて、それで……」
「手紙を送らなくなったのも、男のせいか」
「ごめんなさい。彼に色々聞かれると出し辛くなってしまって。本当は、もっと手紙を送りたかったのだけれど……」
「だが、出さなかった」
「ごめんなさい、許して」
冷静に考えると、ルーファスにこんな風に謝ったり、ここまで言われる筋合いは無い。
しかし、笑みも浮かべず怖い顔で糾弾するルーファスが怖かった。
いつもの優しい笑みで穏やかに話してほしい。その一心で、エミリアはただ下手に出て謝罪をした。
その間にも、ルーファスの手はエミリアの腕を、肩を、頬を、髪を撫でていく。腿の間に彼の膝を差しいれられ、足を開かされてしまった。エミリアは震えながらも、何とか彼を止めようと口を開いた。
「あの、止めて。どうして、こんなことを……」
一体、彼はどうしてしまったのだろう。まさかいつもこんな事をしているのだろうか、とか私にはこんな事をしないでほしい、こんな事する人じゃないと思っていた、という思いが胸を渦巻く。
だが、彼は一笑に付した。
「まさか止める訳がない。今この時を、ずっと待ち望んでいたというのに」
「え……?」
ずっと待ち望んでいた。何を、どうして?
分からないことばかりで、彼の顔を見つめて答えを得られないか推し量る。
ルーファスの瞳は冗談や気まぐれでは無いような、真摯ながらも底知れない光が浮かんでいた。
(怖いっ)
思わず怯むエミリアに、ルーファスは囁いた。
「エミリア。君を俺の、俺だけの女にする事をずっと渇望していた。君はこれから一生、俺の物だ」
どうしようもなく、怖かった。ルーファスのことは好きだし、仲良しだと思っていたし、親切にされて嬉しかった。
でも、こんな風に無理矢理押し倒されると恐ろしい。それに、今ここで彼の愛人にされてしまったらこの先どうなるのかという不安もある。
エミリアは手を突っぱねて抵抗した。
「い、いやっ! やめてっ!」
だがすぐに手首を掴まれ、シーツに縫いとめられた。
「止めはしない。エミリア、もう逃げられないんだ。諦めろ」
そんな、嫌よ、そう言おうとした言葉は彼の唇に阻まれた。唇を奪われ、初めてのキスを無理矢理されている。
彼の唇の感触に身体は痺れたようになっていた。
唇を離すと、彼はルーファスは笑みを含んだ声で囁いた。
「可愛いな、本当に」
目を細めて此方を見ているルーファスは、壮絶な色気を醸し出していた。そんな彼に可愛い、などと言われると羞恥が襲ってきた。恥ずかしくて、どう抵抗すればいいのかも分からない。
でもこのまま身体を許してはいけない、という強い貞操観念がある。心を奮い立たせ、拒否の言葉を吐き出した。
「やっ、だめ、駄目なの」
「俺を受け入れるんだ、エミリア」
「ルーファス……」
どうしてこんなに美しく身分の高い人が、己に受け入れて欲しいと無理強いするのだろう。何とか話をして止めてもらおうと、必死に語り掛ける。
「どうしてこんなことをするの。私は嫌なのに止めてくれないの?」
「ああ、可愛いよエミリア。これ以上煽ったら歯止めが効かない」
会話が噛みあってないことに、エミリアは絶望した。首を横に振って何とか拒絶の意思を示そうとする。
「嫌、いやよ、こんなの」
「俺は君が欲しい。今すぐに」
「そんな……っ」
ほとんど抵抗出来ないまま、彼から愛を一方的にぶつけられる。
拒否は出来ず、ついには思いを遂げられてしまった。
目尻に快楽の涙を滲ませ、一つになった状態で彼をぼんやり見上げる。
ルーファスはエミリアの頬を撫で、顔を見つめながら囁いた。
「ああ、本当に可愛い。それに、やっと君が俺の物になった。はぁっ、どれだけこの日を夢見たことか」
「え……?」
ルーファスの言葉を聞くと、エミリアを渇望しやっと手に入れた、と言っているように思える。確かに手紙のやり取りはしたが、ルーファスにそんな思い詰めた物は感じなかった。
エミリアの回想はそこまでだった。
彼から激情をぶつけられ、翻弄されると何も考えられなくなったからだ。
目の前も、頭の中も真っ白になって快感が弾けていく。最後には、意識も白くなっていったのだった。




