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人助けをしたら、私にだけ優しい王子様にとんでもない執着をされてしまった  作者: 園内かな


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6.身の丈に合わない


「到着致しました!」


 やがて馬車が止まり、目的地へ到着したことが知らされた。

 既に夕刻で太陽は沈もうとしている。馬車の中でも窓を全て閉めないと夕日が眩しい。

 ルーファスと一緒に地上に降り立ったエミリアは、馬が汗みずくで息が荒く、よろよろとしているのに気付いた。


 馬だけではない。馬上の騎士たちも、やっとの思いで着いてきたようで土埃と汗にまみれ、疲労の色が濃い。早く休憩させてあげないと、こんなに疲れていると今後の体調にも関わるだろう。


「さあエミリア、着いたよ。一緒においで」


 しかし、ルーファスは彼らにねぎらう訳でもなく、すぐにエミリアを案内しようとしている。エミリアはおずおずと口を挟んだ。


「あの、皆さまにお礼を言わなければ。連れて来てくださって、ありがとうございましたって」

「お礼? そんな物は必要ない。それが彼らの仕事だ」


 ルーファスはにべもない。エミリアは一瞬怯んだが、少し食い下がった。


「例えお仕事でも伝えたいわ。それに、長い道中を急がせてお疲れの筈よ。しっかり休息を取ってもらわないと」

「それなら、なおのこと早く去った方がいい。俺たちがここに居ると、彼らはずっと姿勢を正したまま待機しなければいけないのだから」


 そうまで言われると、それ以上エミリアに紡ぐ言葉は無い。ぺこりと頭を下げ、態度でお世話になりましたと伝えておく。

 それから、ルーファスが導こうという方向を見て驚き言葉を絞り出した。。


「……ここは、お城?」


 お城が目の前に見えるわけではない。

 何故ならば、此処は既に城の敷地内のようで目の前には城の別塔のような、小ぶりといえど十分に広大な建物がある。その車寄せに馬車が停められていたのだ。

 大きなお城の壁面はすぐ脇にそびえたっていた。


「そうだ。これはヴィレカイム王城の離宮に当たる。俺の持ち物だ」

「離宮が、持ち物……?」


 エミリアは、言葉は聞こえたが理解が及ばず繰り返してしまう。

 ルーファスはそれには何も答えない。


「さあ、中に入ろう」


 急かすようにエミリアを伴い連れて行く。離宮の中に入ると広い玄関ホールがあり、かっちりとしたメイド服姿の若い女性が二人、待ち構えていた。


「殿下、長旅お疲れ様でした」

「俺はいい。彼女の面倒を見てやってくれ」

「はい、かしこまりました。先ずは入浴とお着替えでよろしいでしょうか」


 ルーファスたちの会話を聞いて、そんな、という気持ちでいっぱいだった。

 侍女たちは「殿下」と言ったのだ。

 離宮を所持している殿下、それは、彼がこの国の王子であるという事に他ならない。さすがのエミリアも余りの身分差に青ざめた。


「あの、わたし……っ、そんなの聞いていなくて。ごめんなさい、今まで何て口の利き方を……」

「それは俺が隠していたからだ。俺が王子であると知れば逃げ出すだろう、エミリア」


 それはその通りだった。今まさに、逃げたくてたまらない。

 大体、彼が貴族だとしても不相応なのだ。いくら彼の恩人とはいえ、馴れ馴れしく接して良い訳がない。じりじりと下がって退室、いや、帰国したいと思うエミリアに、ルーファスは侍女たちに顎で指した。


「彼女に入浴と着替えを。その後は夕食だ」

「畏まりました、ルーファス殿下」


 侍女たちは綺麗に声を揃え、そしてエミリアの両腕をがっちり掴んでしまった。それは存分に彼らの意思、『逃がさない』という声を伝えていた。


「あ、あのっ、でも私は」

「さあお嬢さま、どうぞ此方へ。旅の埃を落としましょう」

「私、お嬢さまなんかじゃないんです……!」


 エミリアの声は黙殺された。



 侍女たちがエミリアを連れて行った先は浴場だった。

 浴室ではない。大浴場だ。

 大きな丸い湯船にお湯が並々と溢れている。服を着たまま、脱衣場から茫然としているエミリアに、侍女たちが手を伸ばし口々に話す。


「さあ、お身体を洗わせてください」

「此方のドレスは洗濯の為にお預かりさせていただきます」

「あの、でも着替えが馬車の中のトランクにあって……」

「殿下より贈られたドレスが用意してありますよ」


 エミリアが着てきた物はドレス、という程の服ではない。それなりの、余所行きのこざっぱりした服を着てきたが、王城の中では庶民の古着のように見られているだろう。

 今さらながらに、着替えを何日分用意すれば良いのかと聞いた時のルーファスが曖昧な笑みを浮かべていた訳が分かった。そんなみすぼらしい服を着るまでもなく、別に用意しているという事だったのだろう。


 それならそれで、どうして教えてくれなかったのかと恨み事を言いたくなる。身分を教えてくれていたら、前もって心の準備も出来たしこんなに動揺することもなかったのだ。

 聞いていたら聞いていたで、動揺して逃げたくなるには違いないだろうけど。

 考えているうちにも、侍女たちはエミリアの服をてきぱき脱がそうとしていた。


「あっ、待ってください、自分で脱ぎますから」


 恥ずかしくて、一人で服を脱ごうとするが侍女たちの押しは強い。


「私どもにお任せくださいませ」


 二人がかりで脱がされ、浴場内に連れて行かれる。

 人に身体を見られたことなんて、大人になってからは勿論無い。裸を見せる羞恥から、腕で身体を隠そうとしても二人はものともしなかった。全身を洗われ、湯船に浸かった後は身体を拭かれ、その次は磨かれる。


 身体中に香油を塗りこめられ、やっとドレスを着ることが許された。それは、美しい水色のドレスだった。今まで来ていた綿の物とは違い、シルクのつやつやとした感触がエミリアのボディラインを綺麗に現している。

 胸元は大きめに開いていて、谷間がむっちりと覗いている。胸が大きめなことを気にしていたエミリアには少し恥ずかしい。そんなエミリアを見て、侍女たちは誉めそやした。


「とてもお似合いですわ。着心地は如何でしょう?」

「それは、ドレスはとても素晴らしいけれど少し、胸元が開きすぎじゃないかしら」

「そんなことはございません。これは殿下自ら見立てた物で、お嬢さまにぴったり似合うよう設えてあります」

「え……?」


 昨日再会したのは八年ぶりだというのに、いつこのドレスを用意する暇があったのだろう。もしドレスの用意はあったとしても、サイズが合わないかもしれないのに。この服は侍女の言うとおりぴったりで誂えたようだった。


「さあ、次はメイクとヘアセットです」


 ちらりと浮かんだ疑念は、ヘアメイクの為に追い立てられた鏡台の前で霧散した。

 鏡台には様々なメイク道具、小物たちが所せましと置かれている。興味はあるものの、ほとんど化粧をした事がなかったエミリアにはどれも新鮮だ。

 いつか可愛い小物入れが欲しいとぼんやり思っていたが、それ以上に豪奢で繊細な細工の物たちがたくさんあって、エミリアは目を奪われた。その間にも、エミリアの背後に立った侍女は髪をセットし、てきぱきとメイクを施していく。


「あまり濃くせず、整える程度のお化粧にしておきました。髪はゆるく結ってあります」


 合わせ鏡で後ろを見せてもらうと、優雅に結い上げてある。エミリアにはどうしてそうなっているのか、まるで分からなかった。

 それに、メイクも整える程度と言われたがまるで普段の自分では無いようだ。ぱちぱちと瞬きして、鏡の中の人を見つめるが別人の、オトナの女性が写っていた。

 現実味が無いが、これは一生の想い出として有難く受け取るのが良いだろう。そう思って礼を言おうとすると、ベルベットの細長い小物入れを手渡された。蝶番で蓋が閉じられている。


「殿下より、贈り物です」

「そんな、ドレスも頂いているのに」

「開けて頂けますか?」


 有無を言わさぬ調子の侍女に、少し気圧されながら蓋を開ける。中にはきらきらと光るネックレスとイヤリングがセットで収められていた。透明に光るそれは、どうやら高価な宝石のようだ。


「こんな物は受け取れないです……」


 値段を考えると恐ろしくなるようなアクセサリーなど、素直に貰える訳がない。エミリアが宝石箱を持って固まっていると、侍女がすっとネックレスを手に取った。


「これを身に着けてお支度するよう、言い付かりました」


 余計な事を言わずに黙って用意させろ、そう言っているように聞こえた。エミリアは抵抗を止めて黙った。

 ペンダントのトップである大きな宝石がちょうど大きく開いた胸元に飾られ輝いている。更にイヤリングも付けられ、アップにされた髪型はこのアクセサリーたちを引き立てるように成されていたのかと目を見張る思いだった。


「さあ、お待たせいたしました。それでは大広間にどうぞ」


 大広間に連れて行かれるなんて、たくさんの人が居たらどうしよう。

 離宮とはいえこの城内に誰かが居るのは当然だろう。その人たちに値踏みされるような事があれば、自分だけではなく父母やルーファスさえも評判を落とすのではないか。

 今さらながらにそんな事に考えが及び、エミリアは緊張し始めた。でも、もうここまで来てしまったら逃げようがない。せめて背筋を伸ばし、失敗して嘲られる事はないよう気をつけようと先導されるままについていく。


 廊下に面する大きな扉には揃いの衣装を着た侍従が両脇に控え、エミリアを見て恭しく頭を下げた後扉を開けてくれる。中に居る人々を見て、エミリアは茫然として足が止まった。

 確かに、たくさんの人がいる。しかし、それは全て楽団員であり、使用人たちであって、主として振る舞っているルーファスだけが席に着いていた。



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