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人助けをしたら、私にだけ優しい王子様にとんでもない執着をされてしまった  作者: 園内かな


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5.旅立ち


 エミリアとルーファスたち一行は予定通り、早朝に旅立った。

 見送りは父母とジェシカのみだった。テレンスはどうやら昨夜の宴席で撃沈してしまったらしい。珍しい事があるものだと父も言っていた。


 ジェシカも行きたがっていたが、数日とはいえ働き手を荘園から抜けさせるわけにはいかない。エミリアも普段は大した手伝いをしているわけではないが、その分の抜けがあったら心配だと、ルーファスは侍従の一人であるカデルを置いていくと申し出た。


「交換と言う訳では無いが、大事な娘であるエミリアを預かるからには此方も人を置いていくのが良いだろう。カデルは若いが有能だ。こき使ってやってくれ」

「いえいえ、貴族に仕える方を使うだなんてとんでもない」


 父は恐縮しきりだったが、カデルは屈託なく父母に挨拶をしていた。どうやら貴族の出自ではなく、庶民出身の従者であったらしい。

 こうして、エミリアはルーファスの祖国であるヴィレカイム王国に向かい出発した。



 四頭立ての馬車は飛ぶように走り、とても速い。それに乗り心地がとても良かった。乗車の前も、乗り込んでからも、ルーファスはエミリアの事を気遣ってくれてとても優しかった。こんなに親切にされて嬉しいと、エミリアは感激さえしていた。


 その雰囲気が一変したのは、馬車が発ってから数時間もした頃だった。既に荘園の姿は見えず、そろそろ国境を越えようかとする辺りだ。エミリアはルーファスと横並びに座り、外の景色を物珍しそうに眺めていた。馬車の駆ける物音しかしない車内で、ルーファスが切りだした。


「ところでエミリア、君の婚約者候補のことだが」

「えっ。ええ」


 ルーファスにその事を伝えた覚えは無いが、やはりそれとなく分かったのだろうか。そう考えるエミリアに彼は続けた。


「どうして俺に知らせなかった? 手紙では何も書いていなかった」

「それは、正式に決まった訳ではないし、結婚なんてまだ先だと思っていたから……」

「決定後に俺に知らせるつもりだったという訳か」

「そう、ね」

「そもそも、近況を報告する為のやり取りも間遠になっていた。それは、あの男が現れてからでは?」

「う……」

「君が奴に心を奪われ、俺との思い出を忘れていたというのなら分かる。俺たちは、八年前に一度会ったきりなのだから。しかし、様子を見ると君は奴と望んで結ばれるつもりも無いようだった」


 ルーファスは糾弾しているわけでも、声を荒げて怒っているわけでもない。ただ、事実を指摘して質問しているだけだ。

 しかし、いつものにこやかな笑みもなくじっとこちらを見つめ踏みこんでこられると、エミリアは目も合わせることが出来ない。俯いたまま、小さな声で謝る。


「ごめんなさい……」

「謝罪など要らない。ただ、聞きたいんだ。エミリア、君の気持ちを」

「私の、気持ち?」


 ルーファスがエミリアの顎を持ち上げ、俯いていた顔を彼に向き合わせた。

 真摯な水色の瞳がじっとこちらを見つめている。訳もなく身体が震え、エミリアはまた目を伏せそうになったがルーファスが囁く。


「こっちを向いて、エミリア」

「っ……」

「君は、あの男と結婚したかった? これから先の人生、共に過ごし共に眠り、彼を愛そうとしていた?」

「いいえ、違うわ。私は、家の為に、荘園を継ぐ為に……、結婚は仕方の無い事だもの……」

「では、彼を愛しては居ないと、そう言うんだ」


 何故ルーファスがそんな事を言わせたいと思うのかは分からない。けれど、彼にそう言われて、今まで悩んでいたのがバカらしく思えてきた。

 どうして好きでもない、性格的に合いそうにもない人と結婚しようとしていたのだろう。

 エミリアはこくりと頷いた。


「私、テレンスのことは……」


 その時、急に馬車がガタンと揺れて停まってしまった。周囲にざわつく声も聞こえる。

 エミリアがはっとすると、外から声が掛けられた。どうやら第一の騎士であるヒューゴーのようだ。


「ルーファスさま。馬車がぬかるみにはまり、出すのに少し時間がかかりそうです」

「すぐに出発出来るようにしろ」


 ルーファスは冷徹に命じた。しかしヒューゴーは彼を諌めた。


「良い機会ですので休憩にすべきです。走りっぱなしでは馬も疲れる」

「ならば乗り捨てて別の馬を用意しろ」


 荘園では馬を大切な財産として扱っていたので、その冷たな言い方にエミリアは驚いてルーファスを見つめた。

 ヒューゴーも更に言い募る。


「エミリア様もお疲れなのでは? 慣れない馬車旅の女性を気遣うべきです」

「……休憩にする。だが出発は急がせろ。なんとしても、今日中に戻る」

「はっ」


 ルーファスの祖国であるヴィレカイムまで、通常は馬車で行くと二日ほどかかる。乗合馬車だと三日はかかる程だ。それを一日で到着させるとは、確かに馬に無理をさせなければいけないだろう。

 エミリアのそんな視線に気付いたようで、ルーファスは優しい口調で説明した。


「都合があって、どうしても今日中に戻りたいんだ。窮屈な馬車の中で悪いが、暫く我慢して欲しい」

「大丈夫よ、私は。気にしないで。でも休憩なら、少し外の空気を吸いたいわ」

「俺も付いて行こう」


 彼はエミリアには優しい。

 けれど、他の人への冷たい態度と、先ほどの会話が気になって少し一人になりたかった。エミリアは言い訳がましく続けた。


「その、用足しもあるから……」

「ああ、そうだな。すまない、気が利かなくて」

「いいえ、そんなことないわ。少し、行ってくるわね」


 ルーファスと共に馬車を降りると、一人で脇の森の中に入っていく。彼はやはりついてきたそうにしながら、声をかけた。


「あまり遠くまで行かないように、気を付けて」

「ええ、勿論」


 頭が混乱していた。今さっきの、馬車の中での会話を思い返すと心臓が早鐘を打つ。

 エミリアは今まで、家を、家族を、荘園を何よりも大切だと思っていた。それは昔から染みついた物で、意思の根底とも言える。


 それなのに、ルーファスに見つめられ、少し話しただけで家を継いで結婚することをバカバカしいとさえ考えてしまったのだ。

 あり得なかった。一体どうして、そんな風に感じてしまったのだろう。


 いや、家を継ぐことを軽んじたわけではない。ただ、好きでも無いテレンスと結婚したくないと思っただけの筈だ。

 しかし、エミリアには他に好きな人もおらず、恋も知らなかった。だからそんなに強い気持ちでテレンスの事を拒否しようとは思っていなかった。


 テレンスだって悪い人ではないから、話せば分かってくれるし折り合いをつけていけばやっていけただろう。やり方は違えど、荘園を発展させようという気持ちは同じなのだから。

 混乱は収まらないが、いつまでも木に向き合ってぼうっとしている訳にもいかない。エミリアはそっとその場を後にし、馬車のある所へと向かった。

 馬車の近くでは、ヒューゴーがまたルーファスに訴えかけていた。


「このままでは馬の足に影響があります。御者や他の護衛にも無理をさせすぎです」


 それほどのスピードで走り続けていたという事だろう。この速度を維持させると馬にも人にも影響がある。

 しかし、ルーファスは笑みも浮かべず言い放った。


「馬は買い換えて乗り捨てても構わない。御者も代わりを雇えば良い。護衛は後から追いかけさせろ。あの者たちの回復を待って時間を浪費する方が危険になる」


 一体、危険とは何だろう。どうして、エミリアには優しく思えるのに、今はこんなに冷たい物言いなのだろう。

 考えがまとまらず、足が止まりじっと二人を見つめた。エミリアの視線にルーファスはすぐ気付いた。彼はエミリアを見つめると優しい笑みを浮かべる。そしてすぐ近付いてきて手を差しだした。


「もう大丈夫か? そろそろ休憩も終わりだ。馬車に乗ろう」

「ええ……」


 ヒューゴーは黙って頭を下げた。

 エミリアが手を取ると、ルーファスはエスコートして馬車まで連れて行ってくれる。気遣ってくれる視線といい、完璧な仕草だ。一体、彼はどんな人なのだろうか。

 手紙では気兼ねなくやり取り出来る仲だった。会ってみても、今こうやって隣に居ても、優しいし柔らかな雰囲気の持ち主だ。けれど先ほど目撃した彼は、冷酷な支配者のようだった。それも当然なのかもしれない。そもそも、実際に支配者階級の身分なのだ。


「………………」


 エミリアは何も言わず、不信感を胸にしまい込んだ。どうにかして彼を変えなければ、とか何かしなければ、いう考えには及ばない。

 ただ、一体彼はどういう人なのだろうという不安が初めて胸に生まれた。

 その後、馬車の中では当たり障りの無い会話に始終し、何も問題は無かった。

 けれど、こんなに急がせて他の人は大丈夫なのだろうか。馬車で座って楽をしているだけの自分は良いのだが、と心配をせずにはいられない。

 馬車は変わらず、早さを保ったまま走り続けていた。



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