4.招待
「それではあの時、十二歳だったのですね」
応接室に入り、ヒューゴー以外の皆がソファに腰掛けて談笑を始めた。
ヒューゴーは座るわけにはいかないと言い張って、部屋の隅で起立している。気にしないで欲しいとの事だった。
エミリアたちは最初のうち、気になって立派な騎士の立ち姿をちらちらと見てしまったが、あの事件の話になるとルーファスの話に引き込まれていった。
父も頷き、しみじみと言う。
「あの時は怪我のせいか幼く見えて、エミリアより年下の子供だとばかり思っていました」
「いや、怪我のせいだけでは無かった。あの時の俺は身長も低く、痩せた子供だった。エミリアより幼く見えても不思議は無い。それで、この国境近くの別邸で療養していたのだ」
初めて聞く話に驚きつつ、皆は得心して頷く。
ルーファスは続けた。
「あの日は気分が良いからと、侍女に連れられ少し遠出をしたのだが、はぐれて森の中で迷ってしまったという訳だ」
「なるほど、それであの森に。確かに、この辺りはヴィレカイムとの国境も近い。よくご無事なうちに、エミリアが見つけたものです」
「ええ、本当に良かったわ」
父母が安堵して顔を見合わせ、エミリアも微笑む。
ルーファスもにこりとして言った。
「エミリアは命の恩人だ。本当に感謝している」
「まあ、そんな、でも、私は当然のことをしただけです。たまたま、助ける方法を知っていたので……」
「あの直前に、同じく蛇に噛まれた人の治療を見ていたと手紙に書いてあったな」
「はい、そうなんです」
ルーファスが文通の内容を覚えていてくれた事を嬉しく思う。
身分が高く、忙しい筈の人が手紙を書いて、こんな風に訪問して話をしてくれるなんて。エミリアは何だか感激していた。
そんなエミリアに、ルーファスはくすりと笑いかけた。
「堅苦しくない口調で話してほしい。あの手紙のように語り合えるのを楽しみにしていた」
「ルーファスさま……」
「さまは無しだと言っただろう? 以前のまま、友に語りかけるように話して欲しい」
「はい、ええ」
確かに、手紙では気安い言葉でやり取りしていた。
それはルーファスが年下の少年と思っていたからだし、彼の方からも改まった口調ではなくごく普通の言葉使いだったからだ。しかし今の彼からは普通の人とは違う、高貴な人しか持ち得ない独特のオーラのような物を纏っているように思う。エミリアのような一般人は知らず知らずのうちに威圧され、跪いてしまうような空気を漂わせているのだ。気安く親しい口を利いても良いのだろうかとは思う。けれど、彼にそう請われるのは素直に嬉しかった。
「それで、一番の恩人であり親しい友人のエミリアを、我が国に招待したい」
「えっ」
エミリアは驚いてルーファスを見上げた。彼は柔和な笑みを浮かべたまま続ける。
「此方の事情になるが、成人した事もありこれからは色々な儀式に追われ暇が無くなってしまう。君を案内出来るのは今だけだから、是非一緒に来てほしい」
「それは、とても光栄だけれど……」
自分は行きたくても、テレンスに反対されるのではないか。
それに、父母はどう思うのだろう。エミリアが心配そうに両親に視線を送ると、父は寛容に頷いた。
「自分で決めるといい。エミリアが行きたければ行っても良いし、気が乗らなければそれでも良い」
自分で決めても良い。そう言われると、エミリアはどきどきしながら口を開いた。
「だったら私、行きたいわ。行ってみたい……」
自国の王都にさえ出向いたことは無く、出掛けると言ってもせいぜい近くの大きめの集落くらいだった。勿論、この荘園が好きで自然に囲まれていたいとは思っていた。でも、ルーファスが案内してくれるというなら一度、外国に行ってみたい。色々な場所や風景を見てみたい。そんな希望に胸が躍った。
もし、此処にテレンスが居たら猛反対されるだろう。だが幸いにも彼は居らず、父母はエミリアの意思に任せてくれる。この状況が思った以上に有難くて、エミリアはホッとしていた。
結論が出た所で、それまでずっと黙って扉の脇で立って居たヒューゴーが口を開いた。
「それでは明日の早朝、出立いたします。旅程の都合で急な話になりますが、よろしくお願いします」
「ええ。えーっと、大体何日くらいの滞在になるかしら? 着替えはどれくらい持っていけば良いの?」
エミリアがルーファスに尋ねると、彼は変わらない笑みを浮かべたまま答える。
「そんなに多くなくても大丈夫だよ。向こうでも用意させよう」
「そんな訳にはいかないわ。それで、お邪魔するのはいつまでの予定なの?」
「それは、また様子を見ながら決めていけばいい」
「それもそうね」
そんなものかな、と納得してエミリアは頷いた。
ルーファスほどの人になると、突然予定が変わったりするかもしれず何日間の旅行、と決めたりしないのかもしれない。けれど、ルーファスの言葉はあまりにはっきりしない。彼の微笑みも、曖昧な物に感じられるように感じられる。
エミリアがルーファスの真意を汲み取ろうとするように顔を見つめると、彼はすっと立ち上がって言った。
「今日は酒と食品を持参している。これからささやかながらの酒宴を開き、皆と交流を深めたいのだが如何だろう。俺を助けてくれたもう一人の女性や、保護してくれたあなた方にせめてものお礼をしたい」
父は喜んで応じた。
「それは嬉しいお申し出です。今までもささやかとは言えない贈り物を多々頂いていましたが、今回も皆が喜びます」
宴はささやかではないほどたっぷりとした酒量とご馳走があって、荘園の人々は本当に楽しんでいるようだった。騎士や従者の人たちも、屈託なく荘園の使用人に混ざり盛り上がっている。
ちらりとテレンスを見ると、贈り物の受け取りで仲良くなったのか、カデルというルーファスの従者と飲みながら何やら話していた。
テレンスとは宴の準備や何かで忙しいのか、一度も話す機会がないままだった。正直、エミリアはそれにほっとしていた。今さらルーファスに招待された事に文句を言われ、水を差されたくはない。
エミリアは宴の参加を早めに切り上げて部屋に戻り、数日分の旅支度をして翌朝の出発に備えたのだった。




